第023話 再 会(サプライズ)

 アークウェット大尉は、その二日後にやってきた。

 彼女への連絡は、ヴァンタム星系に到着してからすぐにおこなっていた。

 待ち合わせ場所ランデブーポイントに指定したのは、ヴァンタム星系のはずれにある小惑星帯アステロイドベルトのさらに外側の地点ポイントだ。炎竜えんりゅうとは遭遇したくはないからな。

 アークウェット大尉、いやミランダ先輩は、小惑星帯アステロイドベルトの公転軌道に沿って何度か亜空間跳躍ワープをくり返したのちに、待ち合わせ場所ランデブーポイントに来ることになっている。イシュタールの警備隊に追尾されることを警戒しての措置だ。

 ミランダ先輩が軍を除隊したことは、連絡をとったときに聞いた。二〇代で大尉という、あまり例のない出世コースに乗っていたのに勿体もったいない気もしたが、彼女なりに思うところがあったんだろう。あれだけ俺に復帰を勧めていたのにいったいどういう心変わりなのかは気になったけど、詳しいことは詮索しなかった。

 時間よりはやく待ち合わせ場所ランデブーポイントに到着した俺たちは、光学迷彩を展開させたままのラースガルドの中央管理室コントロールルームに集まって、ミランダ先輩がやってくるのを待っていた。俺の他にはマルガとセラフィーナ、そしてマルヴィナとモニカという面々だ。

 藍色の髪を持つ文官メイド――モニカ・イースリーが、操作卓コンソール前のシートにすわってモニターでラースガルドの周囲を監視している。俺を含めた残りのメンバーは、後方のソファに坐ってその時を待った。やがて、

「ご主人様、前方に時空震じくうしんを感知しました。距離約七〇光秒。接触までの推定時間は六〇分です」

 その三〇分後には、船影が確認できる距離にまで接近した。スクリーンに拡大投影された真紅の宇宙船には、《ロンデニオン商会》のロゴが白抜きされている。なんとも派手な宇宙船だな。

 全長は約二〇〇メートルだという。一人で来るには大きすぎる宇宙船だ。

「あの船体クラスでしたら、左舷さげんの第〇〇四宇宙港がいいかと思います。ここからも近いですし」

 マルガがそう判断する。

 俺は操作卓コンソールに近づいて、光学迷彩を解除するようモニカに指示すると、操作卓コンソール脇の無線機インカムを取り上げて真紅の宇宙船を呼出コールした。

「こちら、アーシェス・レーン。聞こえますか?」

 初めて耳にする船名より暗号名コードネームを使ったほうが、相手にはわかりやすいはずだ。少し間があって、聞きなれた声が返ってきた。

『――こ、こちらルージュコメットⅡ、ミランダ・アークウェットだ。突然出てきたな、ファルターク。いったいどうなっている?』

 いきなり出現したラースガルドに驚いているのだろう。先輩の声が少しうわついている。

「詳しい説明はあとでします。ここから先は他の者に誘導させますので、その指示にしたがってください」

『……りょ、了解した。指示をう』

 俺は無線機インカムをモニカに渡してあとを任せると、マルガをともなって宇宙港にむかった。セラフィーナとマルヴィナもついてこようとしたが、話がややこしくなりそうなので、中央管理室コントロールルームで待機してもらった。

 第〇〇四宇宙港の管制塔コントロールに着くと、牽引トラクタービームに引かれて入港してくる宇宙船がモニターに映っていた。真空に面したがわの港のハッチはすでに開いていて、真紅の宇宙船ルージュコメットⅡの薄い影が宇宙港の床に伸びている。ルージュコメット? どこかで聞いたような名前だけど、ちょっと思い出せない。

「なかなか手際てぎわがいいな、モニカは」

 俺が藍色の髪をした文官メイドに感心していると、

「あの程度のことでしたらわたくしにでも容易にこなせます」

「俺は最近、誰かのせいでようになってしまったけどな」

「ご主人様がうそいていらっしゃるのはわかります。あまりいじめないでくださいませ」

 マルガが落ち込んだ様子でうつむく。あれ? なんだかちょっと可愛いな。

 隣にいた文官メイドの身体が、なぜかふらついた。


 目前で真紅の宇宙船ルージュコメットⅡ左舷さげんにある搭乗ハッチが開き、展開された内蔵タラップを使って宇宙船ふねから降りてきたのは、ミランダ先輩ひとりではなかった。後ろから、エレオノーラも降りてくる。なんでお前がここにいるんだ?

 赤いフライトジャケットと黒いデニムパンツというお揃いの服を身に着けた二人が、つかつかとした動作で俺たちに近づいてきた。ミランダ先輩のジャケットの胸ポケットには、見慣れたサングラスがつきささっている。

 目の前にたった先輩の表情がなぜかけわしい。なんだかひどく怒っているようだ。うん、そうだよな。けっこうな心配をかけていたわけだし、ここは素直に謝っておくべきだろう。

「ご心労をおかけしてすみませんでした、ミラン――」

 ぱーん、という音とともに、左頬に激痛が走った。

 え、なんで? どうしていきなり殴られた? 俺まだ頼んでないぞ。

「なんだファルターク、この女は! 誘導した女もだ! お前はここで何をしている⁉」

 あ、そこ。

 俺は、前に出ようとしたマルガを制すると、

「説明しますから、まずは落ち着いてください」

「説明⁉ メイド服の女を何人もはべらせておいて、いったい何の説明だ⁉」

 眉間にしわをよせたミランダ先輩が、涙をめたみたいにうっすらと光る鋭い眼差まなざしで俺をにらんでいる。なんともスゴい剣幕だ。絶対これ、ヘンな方向に誤解してるよな。

「ですから、それを説明しますから――」

「そうですよ、ミランダさん。落ち着いてください。殴るのは、先輩の言い訳を聞いたあとでバキバキッといきましょう!」

 喰い気味にかぶせてくるエレオノーラの言葉も強烈だ。かつての部下のほうに顔をむけると、エレオノーラは、泣き笑いのような表情を浮かべて小さくつぶやいた。



「さぷらーいず……」

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