第4章 訪問者たち

第022話 居住区(サンドウィッチ)

「――なんとも壮大な風景ですね!」


 セラフィーナが、展望ロビーの大きな窓にへばりつくようにして、目前に拡がる光景を眺めている。

 その後ろで、俺はロビーに設置された長いベンチに腰をおろしていた。いつものメイド服を着たマルガが俺の横にすわり、セラフィーナの横には、同じくメイド服姿のマルヴィナが、ラタン製のバスケットを持って控えている。

 俺たちの前には、ガラスを一枚隔てて、幅五キロメートル、長さ一三キロメートルという、かつて光の民パルヴァドールたちが暮らしていた広大な丘陵地が拡がっていた。この日、俺とセラフィーナは、マルガたちに案内されて、眼下に居住区が一望できる展望ロビーに足を運んでいた。

「伝説の種族たちが住んでいた場所を観てみたいです」

 というセラフィーナの希望によるものだった。

 はしゃいでる森人族エルフのお姫さまの姿からは、ひと月半ほど前に父親と二人の兄をくしたとは想像できないけど、たぶん、無理して心配をかけないようにしてるんだろうな。

 そう思いつつ、視線を居住区に戻す。

 森と緑に囲まれた、なだらかな丘陵地。かつてここには一〇万人ほどの光の民パルヴァドールが住んでいたらしいが、今はその痕跡こんせきすら残っていない。背の低い平べったい建物がいくつか点在しているだけだ。マルガにくと、水質浄化システムだという。遠くてここからは見えないが、この地には直径二キロほどの人工の湖もあるらしい。居住区の地表から三キロのほど上空にあるガラス張りの天井には、ゆっくり流れていく薄い雲と、青い空の映像が映し出されていた。

「動物や鳥がいても、おかしくはないな」

 そんな自然な光景が、目の前にあった。

『『光の民パルヴァドールが住んでいたころには、もちろんいましたよ』』

 ふいにユグド=ラシルが近くに現れて、思わず身体からだがびくっと動いた。おどかすな、心臓に悪いだろ。

「どうして今はいないんだ? それに、一〇万人がここに住んでいたというのに、それらしい形跡がまるでない」

 建物も、道路も、何もかも。

「私も、それが不思議です」

 セラフィーナがこちらに顔をむけ、やがてゆっくりとした動作で近づいてくる。薄い水色のワンピースを身に着けた彼女は、どうみても二〇歳前後にしか見えないが、俺より二〇〇歳近く歳上だ。

『『私たちにもわかりません。光の民パルヴァドールがいなくなったとき、それらも同時に消滅してしまいました』』

 立つ鳥あとをにごさず、か。彼らはいったい何処どこにいってしまったんだろう?

「謎は深まるばかりですね」

 セラフィーナが隣にすわって、遠い目をした。

「何処かにのこされているという光の民パルヴァドールの遺跡を、探してみたい気もします」

「落ち着いたら、それもいいかもしれないな」

 俺は頭の後ろで手を組んだ。不死ではないが不老になってしまった俺には、時間だけは十分にある。セラフィーナにしてみても、あと八〇〇年くらいは大丈夫だろう。有機人形メイドールたちには……そもそも寿命がない。

 そんなことを考えていたら、誰かのおなかが鳴った。

 俺ではない。

 ということは、犯人は一人しかいない。

「……ご、ごめんなさい」

「そろそろ昼食にいたしましょう」

 鮮やかなオレンジ色の髪をもつマルヴィナが、ラタン製のバスケットをテーブルの上に置いて用意をはじめた。食欲があるのはずかしいことじゃないぞ、セラフィーナ。

 用意されたのは、数種類のサンドウィッチだ。それが俺の好物だということは、すでに文官メイドたちの間で共有されているのだろう。ハムサンド、ポテトサラダサンド、ミックスサンドに野菜サンド……。

「そういえば、動物性蛋白質たんぱくしつの確保という問題もあったな」

 いつかマルガが話してくれたように、野菜は水耕プラントで栽培することができる。けれども、動物性の蛋白質は全自動工場ファクトリーでの合成だ。新鮮な肉やミルクを食べたいと思っても、現状では無理がある。栄養の補給だけを考えれば工場で作られるサプリメントでも生きていけるが、それだけでは寂しすぎるものな。

「やはり家畜をお飼いになられますか、ご主人様」

 無表情のまま、マルガがこたえる。

「あ、それ、いいですね!」

「ん? セラには飼った経験があるのか?」

「ありませんが、いちど飼ってみたいとは思っていました」

 セラフィーナの瞳が、なんとなくキラキラしているように見える。

「子供のころに牛とにわとりを飼っていたことがあるけど、大変だぞ」

「そうなのですか……」

 とたんに、くしゅんとなってしまう。

「それに、重要な問題がある」

「どこから家畜を連れてくるか、ですね?」

 そう、俺たちには現状、そういったものを調達する手段がない。倉庫に金塊があるから資金は豊富だけど、買うアテがない。俺もセラフィーナも、ふらっと買い物に行ける立場じゃないからな。さて、どうするか。

 やっぱり、もうすぐここにやってくる大尉に頼るしかなさそうだな。「ちょっとに行ってきてくれ」なんて言うと、なんとなく殴られそうな気もするけど。

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