第021話 乙 女(ディザイア)

「――私の名前はセラ。セラフィーナ・エリザベート・ラトゥーリと申します」

 ベッドの上で半身を起こした女性は、少しおびえた様子だった。

 小惑星リューデニアまでの航行中に何度かTVテレビニュースを見ていた俺には、その名前に聞き覚えがあった。なるほど、この女性が消息不明になっていたレゴラス首長国連合のお姫さまか。

 かつての部下だったエレオノーラと同じような、薄桜色の長い髪をもった森人族エルフの女性。整った顔だちをしているが、顔色はあまりよいとは言えず、少しやつれてもいる。数日間、意識不明だったものな。

 俺は自分の名前を告げ、ここが宇宙船の内部であること、リューデニアで非常用小型宇宙艇ライフ・ポッドを回収したこと、敵対する意思のないことなどを伝えると、

「……そうですか。あなた方が、私をお救いくださったのですね」

「君の宇宙艇ポッドを回収したとき、ちょうど三隻の巡航宇宙艦が亜空間跳躍ワープアウトしてきた。もしかしたら、余計なことをしたかもしれない。状況が分からず、勝手なことをした」

 俺は森人族エルフの女にむかって頭を下げた。

「いいえ、そんなことはありません。どうか、頭をお上げください。レゴラスに帰ったとしても、おそらくはもう誰もおりませんから……」

 セラフィーナさんが、少しだけ経緯いきさつを話してくれた。

 セラフィーナさんを乗せたラトゥーリ家の宇宙船は、惑星オーランドを脱出して逃避行を続けていたらしい。だけどそのうちに追手に見つかり、リクハルドという名のセラフィーナさんの次兄が、セラフィーナさんだけを非常用小型宇宙艇ライフ・ポッドに乗せたようだ。乗せられたときは麻酔で眠らされており、気がついたときには、宇宙船から射出されたあとだったという。遠ざかる宇宙船はやがて光点となり、一瞬だけきらめいて消失したらしい。

「……もしも、もしもご存じでしたらお教えください。兄の……リクハルドお兄さまの乗った宇宙船のその後を」

「詳しいことはわからないが……TVテレビのニュースでは、撃沈しずめられたと報道されている」

「やはり、そうですか……」

 森人族エルフの女性は、何かを我慢しているかのようにくちびるをかんだ。

「……レゴラスの情勢は、何か伝わっておりますか?」

「一時的に暫定代表首長エデュスターとなったマティアスという人物は、国家反逆罪で逮捕、拘禁されたようだ。つい先日、レフトサーリ家のおさが新しい代表首長エデュスターに選出された」

 俺の言葉を聞き終えた瞬間、森人族エルフのお姫さまは泣きくずれた。

 俺とマルガは、オレンジ色の髪をもつマルヴィナにあとを任せて、そっと医務室を出た。


 それから数日がすぎて。

 ヴァンタム星系に到着するまでは何もすることがなく、連日、暇を持てあまして部屋でマルガとボードゲームをしている俺のところに、マルヴィナに連れられてセラフィーナさんがやってきた。

 俺は二人を応接室に通すと、マルガに紅茶を頼んだ。

「先日は、お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ございません」

 開口一番、森人族エルフのお姫さまは謝罪してきた。

「いや、それはかまわないけど、身体からだのほうはもう大丈夫なのかな?」

「はい。マルヴィナさんのおかげですっかり元気になりました。体力も回復して、少しずつ運動をはじめています」

「それはよかった」

 俺は彼女にソファにすわるよう促した。三人掛けソファのいちばん奥まった位置にセラフィーナさんが坐り、その対面に俺が坐った。マルヴィナはセラフィーナさんの後ろにたったままだ。

「きょうは……ご相談といいますか、お願いがあっておうかがいしました」

「相談?」

「はい。実はオーランドを出立したあと、ひとつの誓いをたてました。もしも、叔父おじさま……いいえ、マティアス・オリヴェル・ラトゥーリから逃げおおせることができたら、いつか必ず父と兄たちの敵討かたきうちをすると……」

 彼女の表情は暗い。おそらく俺の表情も険しいものになっていることだろう。イシュタール共和国の法律では敵討かたきうちは犯罪だが、レゴラスの法律では認められている。それは俺も知っている。だけど、女性の口から「敵討かたきうち」という言葉を聞くのはあまりいい気分ではない。

「……ですが、そのマティアスはすでに逮捕されました。国家反逆罪ということであれば、いずれ処刑されることでしょう。つまり――」

敵討かたきうちの相手を失った」

「はい。先日私が泣いてしまったのは、自分の手で敵討かたきうちができなくなってしまったことに対するくやしさと、マティアスが処刑されるであろう安堵あんど感からでした。と同時に、私は今後の目標を見失ってしまいました」

 マルガが紅茶を運んできた。慣れた手つきで俺とセラフィーナさんの前にカップを置いてから、マルガは胸元に金属製のトレイを抱えて入口の脇にたった。

 俺は右手でセラフィーナさんに紅茶をすすめると、

「相談というのは、その今後に関してなのかな?」

「はい」

「セラフィーナさんが国に帰りたいということなら、俺自身では無理だけど、軍にいる知人に頼んで、イシュタールにあるレゴラスの大使館にお送りすることはできると思うよ」

「いえ、そうではなく、できればこの宇宙船ふねさせてもらえないでしょうか? レーン様はこの宇宙船ふねに住んでいらっしゃるのですよね?」

「まあ、そういうことになるのかな」

 なりゆきだけどな。

「でしたら、私もここにいて、レーン様のお手伝いをさせていただければと思います」

「手伝いといっても、まだ何をするとも決まってないんだけどね。勝手にこの宇宙船ふねを押しつけられただけだから……」

 思わず本音が出てしまった。

 セラフィーナさんは驚いたような顔をすると、

「それはいったいどういうことなんでしょう?」

 俺は、この一か月あまりの出来事を、かいつまんで彼女に話した。ここにいるというなら、ある程度は知っておいてもいいだろう。というより、話さないとマルガやマルヴィナの正体、この宇宙船の存在についても説明がつかない。もっとも、さしあたって必要のないこと――ユグド=ラシルから聞かされたこの宇宙船の戦力と、母親が有機人形メイドールだったという件については話していない。

「なるほど、光のたみですか……」

 セラフィーナさんは興味深くうなずくと、顎の下に左手を添えて何やら考え込むような表情を見せた。

「かなり前に父から聞いた話ですが、実は森人族エルフの首長家にも昔から言い伝えられていることがあります。神話というよりおとぎ話に近い内容なのですけれど」

「どんな内容か聞いてもいいのかな?」

「はい」

 いわく、


 ――この宇宙の大地は竜が創造つくり、この宇宙の生命は光の民パルヴァドール創造つくった。


「……なんともスケールの大きな話だな」

「ですよね」

 セラフィーナさんはこの日、初めて笑顔をみせた。

「まあ、今後どうなるかはわからないけど、セラフィーナさんがここに住むのはまったくかまわない。だけど……さっきも言ったけど、まだ何をするとも決まっていないんだ」

「ありがとうございます。それではさしあたって、レーン様が何をなさるのかお決めになるためのお手伝いをさせていただきます。それと……」

「ん?」

「私のことは、今後はセラとお呼びくださいませ」

 ぺこっ。

 入口の近くで、金属トレイの曲がる音がした。

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