第020話 機 能(ラースガルド)

 俺たちは、ヴァンタム星系に戻るべく旅を続けている。


 十分な量の青玉サファイア鉱石が確保できたことによって、ラースガルドの全機能は数日前に回復していた。廊下や各施設の照明も点灯され、自動通路オートワォークもスムーズに動いている。

 マルガの案内で、俺はあちこちの施設を二日かけて見て回ったが、その規模には驚かされるばかりだった。だんだんと馬鹿らしくなって、三日目には見学するのをやめた。全長二〇キロもの巨大な宇宙船だ。全部の施設を見て回ろうと思えば、何か月かかるかわからない。代案として、いくつもある会議室の一つで、パネルスクリーンを使った施設の説明会が開かれることになった。

 進行役を務めたのは、エネルギーの補給によってラースガルド内のどこにでも出現することが可能となった《システム》のAI立体映像ホログラフィ、ユグド=ラシルだ。

 青と赤のイブニングドレスをまとった双子の少女の説明によると、ラースガルドの全長は二〇・五キロ、全幅は一五・二キロ、全高は八・〇二キロという数字だった。あのときトランスキャットⅩⅩⅦにじゅうななが割り出した数値とほぼ同じだ。

 パネルスクリーンには、上空から俯瞰ふかんしたときのラースガルドの形状が映し出されている。

 それは、すべての角を切り落とした二等辺三角形と大小五つの長方形を組み合わせたような形をしていた。中央にある大きな長方形の幅は約五キロ、長さは約一三キロといったところだ。その両サイドにある小さな長方形の長さは約七キロ、幅は一キロほどだ。あと二つの長方形は二等辺三角形の両側に一つずつあって、大きさは小さな長方形と同じくらいだった。

 角を切り落とした二等辺三角形の中心には、半径約二キロの巨大な半球型のドームがあり、システムの本体である大樹たいじゅはここで枝を伸ばしている。

 大きな長方形の天井はガラス張りになっていて、かつて内部には光の民パルヴァドールの居住区があったそうだ。現在はほとんど建物がなく、表面が森と緑に覆われた丘陵地のようになっている。天井のガラスはパネルスクリーンになっていて、日中は青空を投影していたらしい。

『『定期的に雨も降らせていたんですよ。時には悪戯いたずらして、予定表に載っていない雨も降らせたりしました』』

 ユグド=ラシルは楽しそうに言った。

 その両側にある小さな長方形もガラス張りの天井になっていたが、ここは居住区ではなく、農業プラントや牧場があったそうだ。現在は、低い木々が点在する草原になっている。

 ラースガルドの下部にあるごつごつとした岩肌は、宇宙空間を漂う隕石や小惑星が長い年月によって装甲に付着、堆積たいせきしたものだそうだ。取り除く必要もないのでそのまま放置されているらしい。


 ラースガルドの内部は、細分すると一二〇〇もの階層に分かれていて、医療、生産、通信、整備、娯楽、居住、交通、防衛といった生活に必要な機能がすべて網羅されているという。交通、つまり移動の手段としては、自動通路オートワォーク、エレベーター、電気自動車エレカーのほか、リニアモーターで駆動する磁気浮上式のレールウェイまで動いているらしい。もっとも、現在は対象となる乗客が俺と文官メイドたちしかいないので、必要に応じて不定期に運航することになるだろう。

 宇宙港ドッキングベイもさまざまな場所に配置され、最大のものは全長一〇〇〇メートル級の恒星間巨大宇宙船が常時一〇隻ほど停泊できるとのこと。多い時には一〇万人ほどの光の民パルヴァドールが生活していたというユグド=ラシルの話も、あながち誇大な表現ではなさそうだ。

 軍事的な装備もあちこちに配備されているらしく、その戦力的規模は、

『『レーン様がお望みなら、一国を滅ぼせますよ』』

 だそうだ。大丈夫、望んでいない。

 ただし、《主神の槍グングニル》と呼ばれる主砲だけは、部品パーツの不足から使用することができないらしい。いったい、どのくらいの威力があったんだろう?

『『リューデニアくらいの小惑星なら、一撃で消去できますね』』

 ……使えなくてよかった。

 防衛装置としては、ラースガルド全体を包み込む直径二五キロの球形防御空間フィールドが備わっている。いわゆる障壁バリアだ。この障壁バリアに光学的な迷彩を展開すれば、まず外敵に見つかることはないという。モビィ・ディックとしてちょくちょく発見されていたのは、エネルギー不足によってこの光学迷彩が機能していなかったからだそうだ。

 戦力のみを抽出して考えると、宇宙船というよりは移動要塞に近い。運用を間違えると全人類の敵になってしまいそうだ。もし悪事を考えるやからの手にこの宇宙船が渡ってしまったら……というより、もし俺が将来そんな考えを持ってしまったら、この宇宙はどうなるのだろう? いちどゆっくりと考えてみる必要がありそうな気がする。

 休止中だった六体のファティマE3イースリー文官型有機人形メイドール、通称『文官メイド』も、現在はすべてが稼働中だ。みんなマルガと同じように黒いメイド服を着ている。顔だちも似ているが、髪の色は、赤、オレンジ、黃色、緑、青、あい色と全員がバラバラだった。これにマルガの紫色をあわせると、うん、ちょうどにじ色だな。

 マルガに連れてこられた六体の文官メイドは、全員がマルガと同じように個体名の変更を希望した。でも、あれだろ? 名前をつけちゃうと、また俺が所有者オーナーになるんだろ?

 俺がそう思っていると、

『『ご安心ください。ラースガルドの所有者オーナーがレーン様となった時点で、彼女たちも全員、レーン様の所有物モノです』』

 よかったな、ユグド=ラシル。実体があったら三時間ほど正座させていたところだ。

 俺は、もはや事務的に、六体の文官メイドに名前をつけた。

 赤い髪の「ミーア」、オレンジ色の髪の「マルヴィナ」、黄色い髪の「マライア」、緑の髪の「マチルダ」、青い髪の「メーベル」、そして藍色の髪を持つ「モニカ」だ。

 ファミリーネームは、全員「イースリー」にした。

 マルガのイニシャルが「M」だったので、端末タブレットで調べた「M」からはじまる女性名を適当につけたのは秘密にしておこう。思考が読取リードできるから、どうせバレてるだろうけどな。

 つけた当人である俺が一度に名前を憶えられないので、みんなには胸にネームカードをつけてもらった。

わたくしも、でございますか?」

 とマルガは不服そうだったが、ほら、特別扱いすると喧嘩けんかになるだろう?

 双子の少女のAI立体映像ホログラフィにも、いつの間にかネームカードの映像が追加されていた。

 当面、俺の世話はこれまでどおりマルガにやってもらい、残り六体のうち五体の文官メイドはいまのところ無役となっている。もっとも、設備の点検とか清掃とか、休止前から任された仕事はそれなりにあるようだった。

 四〇体いるファティスL5エルファイヴ戦闘型有機人形メイドール、通称『戦闘メイド』は、現在も休止中だ。必要になったら起こしてもらおう。四〇体の名前を一度に考える自信は、俺にはないからな。必要になるときが来ないことを祈るしかない。

 ラースガルドの全機能が回復したことにより、俺が生活する部屋も違う場所に変更された。そのままでもよかったのだけど、ユグド=ラシルと七体の文官メイドたちに押し切られた。

 新しく用意された部屋は、位置的には大樹たいじゅのある半球型ドームの真下あたりになる。ラースガルドの中央管理室コントロールルームに隣接しているので、

『『レーン様にとっても、近いほうが便利でしょう?』』

 とは、嬉々として引っ越し作業を取り仕切ったユグド=ラシルの弁だ。

 中央管理室コントロールルームといっても、だだっ広い空間に二〇人ほどがすわれる会議用のテーブルと各種の管理用スクリーンが設置されているだけで、ラースガルドの操舵に必要な設備があるわけではない。ラースガルドの操舵は、文官メイドを通して、システムが自動でおこなっている。

 用意された部屋に案内されて、俺は開いた口がふさがらなかった。高額マンションのペントハウスや高級リゾートホテルのスイートルームが尻尾をまいて裸足で夜逃げしそうな間取まどりだったからだ。八〇平方メートルほどのリビングダイニングLDが二つに応接室が四つ、寝室が六つ、シャワー付きの浴室が二つ、トイレが四つ、一〇人ほどが集まれる会議室が二つ、ウォーキングクローゼットが四つ、それに書斎とキッチンと室内プールとオーディオ・シアタールームが二つずつある。どう考えても、俺一人が住むには広すぎる。いったい何を考えているんだ?

 現在は、なぜかマルガも同じ部屋に住んでいる。

 ……言っておくけど、ヘンな関係ではないからな。

『――ご主人様、例の女性の意識が回復いたしました。お会いになられますか?』

 ふいに、医務室にいるマルヴィナ・イースリーから連絡が入った。小惑星リューデニアで回収した非常用小型宇宙艇ライフ・ポッドの中にいた女性の世話を頼んでいる文官メイドだ。

「わかった。行こう」



 そう、あの日回収した宇宙艇ポッドの中で俺が見つけたのは、昏睡しているひとりの森人族エルフの女性だった。

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