第019話 信 号(ライフ・ポッド)

 掘削した二〇〇〇トンの青玉サファイア鉱石を積んでラースガルドに運ぶのは、一日一往復が限度だった。想像してみてほしい。青玉サファイアなら、一立方メートルの体積で約四トンだ。二〇〇〇トンはそれの五〇〇倍。掘削と積み込みは作業船が自動でやってくれるけど、それでも時間はかかる。作業船の収容スペースをいっぱいにするには、約一五時間が必要だった。

 俺もその時間、着陸した作業船の下部にあるキャタピラを微妙に調整しながら、切り崩す鉱山とにらめっこしている。鉱山がすぐに見つかって、しかも露天掘りができる場所だったことは、幸運と言うしかないだろう。これが地中深く掘らないとダメな場所だったら、所要時間は数倍にね上がる。

 二日目の作業が終わってマルガにそう言ったら、

「前回もここで採掘していますから、そういう場所であることは存じておりました」

 知っていたなら何故なぜ言わない?

「お尋ねくださいませんでしたので……」

 ん? なんか俺に対して不満がありそうだな。

「そのようなことはございません。ただ、作業が終わられたらすぐにご主人様はお休みになってしまわれるので、その……少々暇を持てあましております」

「そう言われてもなあ……」

 ここと小惑星リューデニアを往復する時間、それに採掘した鉱石をダクトに放り込む時間を加えると、一日の作業に最低でも一八時間はかかるんだ。あとは食べてシャワーを浴びて寝るだけの時間しか、俺には残っていない。一五時間の労働で体力も消耗しているから、ベッドに入ったとたん、朝までぐっすりだ。マルガの相手をしている余裕はない。

「ですから、これはわたくし我儘わがままでございます。そんなわたくしに、一緒にシャワーを浴びてくださいですとか添寝そいねをしてくださいですとかと申し上げる資格はございません」

 いやいや、言っているだろう。というか、いままでにもそんなコトをしたおぼえはない。

 まさかマルガ、俺が寝ている間にヘンなコトしてないよな?

「…………」

 おい、頼むからそこは否定しろ。

 話が別の方向にいってしまったので、俺は意識的に話題を変えた。

「それにしても、これだけの規模の青玉サファイア鉱山が、なぜ放置されたままなんだろうな」

費用対効果コストパフォーマンスの問題でしょう。稀少きしょう性のある鉱石ではございませんから、レゴラス国にしてみれば、ここよりも近い場所でいくらでも採掘ができます。人工的に製造することも可能ですから、あえてここで採掘する利点がございません」

「ラースガルドでは造れないのか?」

「もちろん可能でございます。ただし――」

 造るにはエネルギー源となる青玉サファイア鉱石が必要、というわけか。うん、まあ、そうなるよな。


 そうして迎えた作業最終日。

 残る採掘量は一〇〇〇トンだったので、作業自体は八時間で完了した。よし、あとは帰還するだけだと、操縦していた重機人形ヘヴィドール格納庫ハンガーに戻そうとしたとき、上空に待機していたラースガルドのマルガから連絡が入った。

『ご主人様、警戒用に飛行させていた無人航宙機ドローンが、微弱な生命反応を捕捉ほそくいたしました』

「生命反応? 人間のものか?」

『その可能性が高いと思われます。ただし微弱なので、人間であれば意識不明の状態ではないかと推測されます。個数は一体。場所は、ご主人様の現在位置から一〇時の方向に約四〇〇〇キロメートルでございます』

 無人のこの小惑星に人間がいて、しかも意識不明。考えられるのは、事故か遭難か。四〇〇〇キロなら、重機人形ヘヴィドールで一時間半ほどの距離だ。燃料は? 大丈夫、行ける。

「調べてみる。作業船を遠隔操作リモートで回収することはできるか?」

『可能です』

「なら、回収後にラースガルドを捕捉ポイントの上空まで移動させてくれ。調査後、重機人形ヘヴィドールで格納庫までジャンプする」

『了解いたしました。ポイント上空、高度一万五〇〇〇メートルで待機します。お気をつけください』

「わかった。ポイントの座標を転送してくれ」

 そう言って通信を切る。操縦席の前方にある小型パネルに座標が光点として写し出されると、俺は重機人形ヘヴィドールのバーニアをかして高度をあげ、そのまま現場に直行した。

 地表から一〇〇メートルほどの高さを、音速の三倍のスピードで飛ぶ。恐怖はない。戦闘艇ファイターのスピードに比べたら可愛いものだ。

 一時間半後、俺はそのポイントで一台の非常用小型宇宙艇ライフ・ポッドを発見した。

 少し壊れているが、生命維持装置は問題なく機能していた。無人航宙機ドローン捕捉キャッチした生命反応の持ち主は、どうやらこの中にいるようだ。ラースガルドのレーダーに引っかからなかったことを思えば、俺たちがこの小惑星に到着する前に不時着したものらしい。

 全長六メートル、幅四メートル、高さ三メートルほどの、角のとれた直方体をした宇宙艇ポッド。どの船のものだったのだろう?

 窓がないので、内部なかにいる人間の安否は確かめようがない。宇宙服スーツを着ているかどうか不明なので、うっかりハッチを開けるわけにもいかないからだ。となると、このまま持ち帰るしかないよな。内部なかからヘンな生き物とか出てこないよな。人間のお腹を突き破って出てくるのは、フィクションの世界のお話だよな……。

 磁石のついた牽引ロープを宇宙艇ポッドの四か所にセットして、重機人形ヘヴィドールで持ち上げる。重力が小さいので何とかなりそうだが、ラースガルドまで運ぶには少し出力が足らない気もする。そう思っていたらラースガルドが上空にやってきて、重力波で俺たちを捕まえてくれた。

 マルガ、グッジョブ。あとで頭をでておこう。

『ご主人様、さきほど三〇〇光秒ほど先で時空震じくうしんの発生を感知いたしました。個数は三つ。質量から、レゴラス国の巡航宇宙艦と思われます』

 俺たちを見つけたのか、それともこの宇宙艇ポッドを探しにきたのか。どちらにしても、宇宙艇ポッドをもとの位置に戻している時間はもう残っていない。

「マルガ。レゴラス国の巡航艦と仮定して、主砲の射程圏内にラースガルドが入るまでの時間は?」

『一二〇分です』

亜空間跳躍ワープの準備は?」

『完了しております』

「よし。俺たちが格納庫に入った時点で亜空間跳躍ワープしよう。無駄なトラブルは起こしたくない」

『了解いたしました』

「代金の支払いは?」

『そちらも完了しております。ここに移動する間に、格納庫から投下しておきました』



 ……小惑星リューデニアで大量の金塊が発見されたというニュースが全宇宙に流れたのは、それから二日後のことだった。

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