第018話 対 価(ヘビィドール)

「おい、マルガ。これ、本当に使えるんだろうな?」

「大丈夫です。二〇〇〇年前には使えましたし、ここにある機械はすべて瞬間物質復元装置リバース・システムに通されています。ある意味、ラースガルドの生命線となる機械ですから」

 老朽化の心配はないわけか。納得。

 俺は、全高四メートルほどの人型重機アームドスーツの前にたって、その姿を見上げていた。

 都市宇宙船にある格納庫のひとつで、俺たちは数日前から小惑星に降下するための準備を進めている。あと四日ほどで、小惑星リューデニアに到着する予定だ。

 最初ここに来たときには、他の場所と同じように真っ暗だった。マルガは夜目よめかない俺の作業用に蓄電式のランタンを用意してくれたが、そのあかりだけでは作業機械全体を俯瞰ふかんして点検チェックすることができない。なので、リューデニアまでの航行に必要なエネルギーと作業にかかる日数分+αアルファのエネルギーを逆算させて、残りのエネルギーをすべてこの格納庫にまわすようマルガに指示した。念のためにいておくが、マルガ。もちろん、俺の食生活に必要なエネルギーもちゃんと計算に入れているよな? 大丈夫? 信じたからな。

 照明がついて格納庫の全体像が見えたとき、あんまり広くない場所だと俺は思った。ちょっとした宇宙港ドッキングベイを想像していたからだ。けれど、マルガの話によるとここはエネルギー資源採掘機械専用の格納庫で、この宇宙船には他にいろんな規模の格納庫や港が無数にあるらしかった。まあ、全長二〇キロもある宇宙船だものな。

 幅三〇メートル、長さ五〇メートル、高さ二〇メートルほどの格納庫の中には、削岩作業用の宇宙船が二隻と、八機の汎用人型重機アームドスーツが置かれていた。格納庫の奥の壁の一部には大きなハッチがあって、その先は触媒しょくばい投入用のダクトになっているらしい。採ってきた青玉サファイア鉱石は、ハッチを開けてそのままダクトに放り込めばいいそうだ。反対側の壁は、全体がエアロックのハッチになっている。つまり、そこから先は宇宙というわけだ。天井には三本のホイストクレーンがあるほか、いくつかのチェーンブロックがぶらさがっている。床の一部はエレベーターになっていて、整備工場なんかにつながっているらしい。

 削岩作業用の宇宙船は、長さが二五メートル、幅が一〇メートルほど。削岩用というだけあって、両サイドには大型のチェーンソーやら、円盤型のノコギリ、ドリルやマジックハンドやらが装備されている。操縦席は前方にあり、後方は採掘した鉱石を収容するためのスペースになっている。最大で二〇〇〇トンほどの鉱石が積めるそうだ。ラースガルドの最大補給量は五〇〇〇トンで、それだけの鉱石があれば一万年は稼働できるらしい。年間五〇〇キロ、一日約一キロを消費するという燃費は、はたしていいのか悪いのか。比較できるものがないから、まったくわからない。まあ、単なる触媒だからな。

 収容スペースの下部には、人型重機アームドスーツ用の格納庫ハンガーが二機分、むきだしで設置されている。

 八機ある汎用の人型重機アームドスーツは、地人族アーシアンが使っているものとほぼ変わらない。全高四メートル、幅二メートルほどの、いわゆる人型のロボットだ。人間が乗り込むから「スーツ」と言われている。もっとも、光の民パルヴァドールたちはこのタイプのロボットを《重機人形ヘヴィドール》と呼んでいたそうだ。

 有機人形メイドール重機人形ヘヴィドール

「なあ、マルガ。『なんとかドール』みたいな名前の機械が、ラースガルドには他にもあるのか?」

 なんとなく気になって、作業宇宙船のマジックハンドを上下に動かしているマルガにいてみた。それって、動作チェックをしてくれているんだよな。遊んでるわけじゃないよな。

「ございます」

 あるのか。

「工作用の《造機人形ワークドール》、戦闘用の《戦機人形キルドール》、汎用の《臨機人形ジェネドール》がございます。自我を有しているのは、わたくしども有機人形メイドールだけですが」

「ぜんぶ人の形をしているのか」

「人型なのは有機人形メイドール重機人形ヘヴィドールに限られます。その他は、用途に適した形になっております。ラースガルドの機能が回復すれば、すべてご覧いただけます」

 なんだかいろいろと勉強する必要がありそうだ。

 勉強といえば、この格納庫に置かれた作業宇宙船と重機人形ヘヴィドールについては、特に操縦方法を勉強する必要がなかった。格納庫に用意された宇宙服スーツを身に着け、操縦席から伸びているケーブルをヘルメットに接続すれば、あとはイメージするだけで思いどおりに動かすことができるという。宇宙服スーツを着ない場合に備えて、専用のヘッドセットも用意されているらしい。まさに至れり尽くせりだ。応用すれば遠隔操作リモートもできるらしいけど……誤作動や事故が怖いので、今はやめておこう。

 今回、小惑星リューデニアに降りるのは俺ひとりで、マルガの乗ったラースガルドは小惑星から五〇キロほどの上空で待機する。いっそのこと着陸させてはどうかとマルガは言ったが、小さいといっても重力があるので許可しなかった。離脱するにもエネルギーが必要だし、レゴラスの警備隊に見つからないという保証はない。何かあったときにはすぐに逃げだせる体勢を整えておかないと、控えめにいっても俺たちは「泥棒」なのだ。

「では、対価となるものを置いていきましょう。対価を支払えば、相手も泥棒とは思わないでしょうし、わたくしどもの後ろめたさも少しはやわらぎます」

 マルガがそう提案してきた。

「支払えるものがあるのか?」

「同質量の金塊でよろしいでしょうか?」

 ラースガルドには、二〇万トンほどの金塊が積まれているらしい。二〇万トン……金額に直せば、いったいいくらになるんだ?

「現在の相場ですと一キログラムで約一〇〇〇万ディナールですから――全部で二〇〇〇兆ディナールくらいにはなります」

 イシュタール共和国全体の、だった。

 俺は重機人形ヘヴィドールを駆使して、五〇〇〇トンの金塊を倉庫から別の格納庫に運び込んだ。

 三日かかった。

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