第017話 休 日(ハンカチーフ)

 ここは、スペースコロニー《アイリーンⅣ》にある隊長のご実家。

 お金持ちだとは聞いてたけど……かなりスゴイおウチだ。TVテレビドラマに出てくる貴族のお屋敷にも負けてない。なんというか、かんと言うか――ああ、語彙ごい力がない。

 そのお屋敷の離れにある応接室で、私は執事らしいダンディなオジサマが持ってきてくれた紅茶を、豪華なソファに身を沈めて優雅に飲んでいる。あつっ。

 隊長が私をここに招いてくれたのは、考えてみたら初めてのことよね。せっかくの休日ひばんなんで、ホントは気分転換にアイリーンⅤの高級デパートでウィンドウ・ショッピングをする予定だったんだけど、昨日、大事な話があると急に隊長に言われて、ついさっき、ふたりそろってここにやってきたところ。話なら勤務地にある、そうアイリーンⅢにあるいつもの喫茶店でもよかったんじゃないかと思うけど、そう言ったら「他人に聞かれては困る話だ」とすごみのある低い声で返されちゃった。まあ、民間宇宙連絡艇シャトルでの船旅も、それなりには気分転換になったけどね。

 ちなみに隊長もきょうは休日ひばん。中隊長と副官がそろって休日ひばんだなんて、他の国じゃ考えられないかもだけど、第三飛翔ひしょう中隊のメンバー全員が休日ひばんだからそこは問題なし。軍の上層部おえらがたもそこまでおバカさんじゃない。

 レーン中尉、じゃなかったレーン先輩がいなくなってから、きょうでちょうど一か月がすぎた。あ、ダメだ。考えるとまた落ち込んじゃう。私を《炎竜えんりゅう》から救ってくれた大事な先輩。私を助けたせいで大ケガをして、軍にいられなくなっちゃった大事な先輩……。

 そんなことを考えていると、応接室のドアが開いて、部屋着ルームウェアに着替えたらしい隊長が入ってきた。綿コットン一〇〇パーセントといった高級感まるだしの、セパレートタイプの真紅の部屋着ルームウェア。さっき着ていたスーツも真紅だった。隊長の好みは赤系統の色だってことを知らない隊員はいない。だって、乗ってる戦闘艇ファイターからして特注で赤く塗ってるもの。

 ゆったりとした部屋着ルームウェアだけど、それでも身体からだのラインは隠せてない。出るトコは出てて、ひっこむトコはひっこんでる。いかにも大人の女性って感じ。年齢としは私のほうが上なんだけどね。

 対する私の格好は、白いTシャツと濃紺のジーンズ。うーん、ちょっと悲しい。

 隊長が、反対側のソファにすわってあしを組む。なんですか、それ。私に見せつけてるんですか。森人族エルフには両性愛者バイセクシャルも多いですけど、私は違いますからね。

 それでも隊長を前にすると、反射的に姿勢がパキンとしてしまう。腰を少し浮かして坐り直すと、

「いや、エレオノーラ。楽にしてくれていい」

 少しハスキーな声で、ミランダ・アークウェット大尉が微笑んだ。

 そう、私の名前はエレオノーラ。エレオノーラ・ヴィルタ。こう見えても、イシュタール共和国宇宙軍第一八航空戦闘連隊・第三飛翔ひしょう中隊の副官をやってるの。就任してまだ四か月なんだけどね。

「せっかくの休みをつぶすようなことをして、本当にすまなかったな、エレオノーラ」

 アークウェット隊長が頭を下げる。その所作しょさも、なんともいえない大人の女性だ。

「いえいえ大丈夫です。どうせ、他にやることもないですし」

「他の者には聞かせられない話なんだ。ここなら伯父おじとセバスしかいないし、盗聴されることもない」

 セバスというのは、さっき紅茶を運んできてくれたダンディなオジサマかな?

「そういえば、その伯父さまはもうお元気になられたんですか?」

「どういうことだ? 伯父はいつでも元気だぞ」

「あれ? 先月の休日ひばんのとき、お見舞いにいらっしゃるとかおっしゃってませんでした?」

「ああ、それか……。それは、その……」

「なんです?」

 隊長が言いにくそうにしている。

「……見合いだったんだ。あのクソ伯父オヤジだまされた」

 ああ、察し。隊長もいい年齢としですもんね。

「相手の方は、どうでした? イケメンでした?」

 ふふっと笑って意地悪な質問をしてみる。隊長はちょっとだけまゆをよせて私を見ると、

「会っていない。見合いだと分かった時点で、そのまま官舎に帰ろうとした。そうしたら……」

 アークウェット隊長はひと呼吸すると、

宇宙港ドッキングベイのエレベーターホールで、偶然ファルタークに会った」

 隊長は、レーン先輩のことをなぜかミドルネームで呼ぶ。私も以前まえに一度だけそう呼ぼうとしたけど、隊長の無言の圧に怖気づいちゃった。

「で、きょうの話というのはそのファルタークについてなんだが……その前に、エレオノーラ」

「はい」

「持っているカップをテーブルの上に置いてくれないか。びっくりして落とされても困る。死んだ母親が使っていたものなのでな」

 私は素直にカップを戻した。話の中身がちょっと怖い。

「レーン先輩が……どうかされたんですか?」

 自分の声がちょっと震える。遺体が見つかったなんて話は……聞いてない。

「先日、ファルタークから連絡があった。あいつは今、モビィ・ディックにいる」

「はあああぁーーーっ⁉」

 思わずヘンな声が出てしまった。と、同時に目の前の景色が急にぼやけはじめた。涙が、せきを切ったようにあふれてくる。私は両手で顔をおおった。生きてた。生きてた。生きてた!

 隊長は、私が落ち着くのをずっと待ってくれていた。

 その間に、セバスさんが隊長用の紅茶を持ってきた。戻り際に、私にそっとハンカチを差しだす。そつない動き方も、やっぱりダンディ。

 渡されたハンカチで涙をふいた。ぐすぐす、ごしごし、ちーんっ。あ、ごめんなさい、洗ってお返しします。

 レーン先輩はモビィ・ディックで生きてるという。でもそうなると、あの無人で帰ってきた貨物船は、先輩がやったのかな? なんのために? それに、貨物船が新品だったことの説明がつかない。先輩の荷物も仮眠室にあったと聞いてるし。それにあの、新品の義手も。

「それで、先輩はお元気なんですか?」

 私はいた。

「ああ。音声こえだけだったが、元気そうだった。何か解決しないといけない問題があるとかで、あまり詳しくは聞けなかったがな。落ち着いたらもう一度連絡をくれるらしい」

「何があったんでしょう?」

「わからん。ただ、自分のことはまだ秘密にしておいてくれと言われた」

 隊長は、紅茶をひとくちだけ飲むと、

「だから、お前に話すかどうかも迷ったんだが、ふだんの落ち込んだ様子を見ているとな……」

「ありがとうございます」

 私は素直に感謝した。厳しいとこもあるけど、本質は優しい隊長だ。

「だが……いいか、エレオノーラ。この話はくれぐれも秘密だ。軍機よりも秘密だ。あのファルタークのことだ、何か特別な事情があるのだろう」

「わかりました」

「それでな、エレオノーラ――」

 隊長が、右手で持ったカップを反対側の手のひらに置きつつ続ける。

「――私は軍を辞めようと思う」

 え、え? 辞めてどうするんですか?

 なんとなく遠い目をしている隊長の思考を、私はこっそり読んでみた。

 そう、森人族エルフ精神感応テレパシーが使えるの。私も伊達だてに二〇〇年以上、森人族エルフをやってない。ほら、どう? 森人族エルフめないで。

 ダメだった。

 軍人に精神感応テレパシー耐性があるのを忘れてた。だから仕方なく声に出して隊長にいてみた。答は簡潔、

「ファルタークに会いに行く」

「え?」

「どのくらいの日数が必要になるかわからんから、長期休暇をとって会いに行くことも考えたのだが……いい機会なので、辞めることにした。炎竜えんりゅうを退治できなかったことが唯一の心残りではあるが、伯父も辞めろ、辞めろとうるさいからな」

 そうして、隊長は自身のことを話してくれた。

 隊長のご両親は、隊長がまだ幼いときに、交通事故で亡くなったらしい。それから隊長は、お父さまの兄、つまりここに住んでらっしゃる伯父さまに育てられたんだとか。ただ、伯父さまはこの国の三大商会のひとつにも数えられてる《ロンデニオン商会》の会長だったんで、しつけもそれなりに厳しかったらしい。ま、そうよね。ゆくゆくは後継者あとつぎになるお嬢さまですもん。でもって、それに反発した隊長が、家出して軍に入ったんだって。

 ザ反抗期ハンコーキよね。

 でもまあ、ちょくちょくここに帰ってるってことは、伯父さまとは和解したんだよね。で、後継者教育もあるから、軍を辞めろと。

「でも隊長がお辞めになったら、第三飛翔ひしょう中隊はどうなるんですか?」

「お前にまかせる」

りませんよ、そんなもの。私も辞めて隊長についていきます!」

 あとさき考えずに私は叫んでいた。


 それから三日後、隊長と私は軍を辞めた。

 私はともかく、アークウェット隊長は第一八航空戦闘連隊長からさんざん慰留いりゅうされたけど、隊長はガンとしてくびを縦には振らなかった。少しは私も慰留してよ。

 炎竜えんりゅうやモビィ・ディックの件はどうするのか? と連隊長からかれた隊長の返事はこうだった。

『それを考えるのが連隊長のお仕事です。考えられないなら、連隊長あなたも軍をお辞めなさい』

 さすがは隊長。あ、もう隊長じゃないや。ミランダと呼べと叱られたんだったわ。

 その日のウチに官舎を引きはらって、ミランダ……さん(ああ、呼びにくい)と私は、アイリーンⅤにあるホテルの一室に泊まって、レーン先輩からの連絡を待ってる。

 ホントに呼びにくいので、一度だけ「ミランダ」と呼んだら、頭上にこぶしが落ちてきた。

貴女あなたのほうが歳上なのよ、エレオノーラ小母おばちゃん」

 あちゃー。オバチャンはやめてほしい。

 私たちの表向きの除隊理由は、ミランダさんがロンデニオン商会への就職で、私は花嫁修行。何? なんか文句ある? 私だってまだ若いのよ。森人族エルフの二〇〇歳は、見た目で言えば地人族アーシアンの二〇歳と同じ。だって、寿命が一〇倍違うんだから。

 ミランダさんは、宇宙船ふねの手配やら何やらで忙しいみたい。ロンデニオン商会所有の、二人でも操縦ができる小型宇宙船を用意すると言ってたわ。うん、やっぱりお金持ち。

 暇な私はホテルのベッドに寝そべりながら、今もこうしてTVテレビのニュースを観てる。

 クーデターを起こしたレゴラス首長国連合の、なんとかという暫定代表首長エデュスターが拘束されたみたい。どうやらレフトサーリ首長家が動いたようね。悪いことはできないものよ。殺されちゃったラトゥーリ首長家の人たちは、そりゃあ可哀そうだとは思うけど。

 前の代表首長エデュスターも、その三人の子供たちも、みんな殺されちゃったみたい。

 そう考えるとレゴラス首長国連合って野蛮な国よね。地人族アーシアンの国に生まれてよかったわ。もっとも、私の祖父母も、政争に負けてレゴラスからこの国に亡命して来たらしいけどね。

 世が世なら、私もりっぱなヴィルタ首長家のお姫さまよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る