第017話 休 日(ハンカチーフ)
ここは、スペースコロニー《アイリーンⅣ》にある隊長のご実家。
お金持ちだとは聞いてたけど……かなりスゴイお
そのお屋敷の離れにある応接室で、私は執事らしいダンディなオジサマが持ってきてくれた紅茶を、豪華なソファに身を沈めて優雅に飲んでいる。
隊長が私をここに招いてくれたのは、考えてみたら初めてのことよね。せっかくの
ちなみに隊長もきょうは
レーン中尉、じゃなかったレーン先輩がいなくなってから、きょうでちょうど一か月がすぎた。あ、ダメだ。考えるとまた落ち込んじゃう。私を《
そんなことを考えていると、応接室のドアが開いて、
ゆったりとした
対する私の格好は、白いTシャツと濃紺のジーンズ。うーん、ちょっと悲しい。
隊長が、反対側のソファに
それでも隊長を前にすると、反射的に姿勢がパキンとしてしまう。腰を少し浮かして坐り直すと、
「いや、エレオノーラ。楽にしてくれていい」
少しハスキーな声で、ミランダ・アークウェット大尉が微笑んだ。
そう、私の名前はエレオノーラ。エレオノーラ・ヴィルタ。こう見えても、イシュタール共和国宇宙軍第一八航空戦闘連隊・第三
「せっかくの休みを
アークウェット隊長が頭を下げる。その
「いえいえ大丈夫です。どうせ、他にやることもないですし」
「他の者には聞かせられない話なんだ。ここなら
セバスというのは、さっき紅茶を運んできてくれたダンディなオジサマかな?
「そういえば、その伯父さまはもうお元気になられたんですか?」
「どういうことだ? 伯父はいつでも元気だぞ」
「あれ? 先月の
「ああ、それか……。それは、その……」
「なんです?」
隊長が言いにくそうにしている。
「……見合いだったんだ。あのクソ
ああ、察し。隊長もいい
「相手の方は、どうでした? イケメンでした?」
ふふっと笑って意地悪な質問をしてみる。隊長はちょっとだけ
「会っていない。見合いだと分かった時点で、そのまま官舎に帰ろうとした。そうしたら……」
アークウェット隊長はひと呼吸すると、
「
隊長は、レーン先輩のことをなぜかミドルネームで呼ぶ。私も
「で、きょうの話というのはそのファルタークについてなんだが……その前に、エレオノーラ」
「はい」
「持っているカップをテーブルの上に置いてくれないか。びっくりして落とされても困る。死んだ母親が使っていたものなのでな」
私は素直にカップを戻した。話の中身がちょっと怖い。
「レーン先輩が……どうかされたんですか?」
自分の声がちょっと震える。遺体が見つかったなんて話は……聞いてない。
「先日、ファルタークから連絡があった。あいつは今、モビィ・ディックにいる」
「はあああぁーーーっ⁉」
思わずヘンな声が出てしまった。と、同時に目の前の景色が急にぼやけはじめた。涙が、
隊長は、私が落ち着くのをずっと待ってくれていた。
その間に、セバスさんが隊長用の紅茶を持ってきた。戻り際に、私にそっとハンカチを差しだす。そつない動き方も、やっぱりダンディ。
渡されたハンカチで涙をふいた。ぐすぐす、ごしごし、ちーんっ。あ、ごめんなさい、洗ってお返しします。
レーン先輩はモビィ・ディックで生きてるという。でもそうなると、あの無人で帰ってきた貨物船は、先輩がやったのかな? なんのために? それに、貨物船が新品だったことの説明がつかない。先輩の荷物も仮眠室にあったと聞いてるし。それにあの、新品の義手も。
「それで、先輩はお元気なんですか?」
私は
「ああ。
「何があったんでしょう?」
「わからん。ただ、自分のことはまだ秘密にしておいてくれと言われた」
隊長は、紅茶をひとくちだけ飲むと、
「だから、お前に話すかどうかも迷ったんだが、ふだんの落ち込んだ様子を見ているとな……」
「ありがとうございます」
私は素直に感謝した。厳しいとこもあるけど、本質は優しい隊長だ。
「だが……いいか、エレオノーラ。この話はくれぐれも秘密だ。軍機よりも秘密だ。あのファルタークのことだ、何か特別な事情があるのだろう」
「わかりました」
「それでな、エレオノーラ――」
隊長が、右手で持ったカップを反対側の手のひらに置きつつ続ける。
「――私は軍を辞めようと思う」
え、え? 辞めてどうするんですか?
なんとなく遠い目をしている隊長の思考を、私はこっそり読んでみた。
そう、
ダメだった。
軍人に
「ファルタークに会いに行く」
「え?」
「どのくらいの日数が必要になるかわからんから、長期休暇をとって会いに行くことも考えたのだが……いい機会なので、辞めることにした。
そうして、隊長は自身のことを話してくれた。
隊長のご両親は、隊長がまだ幼いときに、交通事故で亡くなったらしい。それから隊長は、お父さまの兄、つまりここに住んでらっしゃる伯父さまに育てられたんだとか。ただ、伯父さまはこの国の三大商会のひとつにも数えられてる《ロンデニオン商会》の会長だったんで、
ザ
でもまあ、ちょくちょくここに帰ってるってことは、伯父さまとは和解したんだよね。で、後継者教育もあるから、軍を辞めろと。
「でも隊長がお辞めになったら、第三
「お前にまかせる」
「
あとさき考えずに私は叫んでいた。
それから三日後、隊長と私は軍を辞めた。
私はともかく、アークウェット隊長は第一八航空戦闘連隊長からさんざん
『それを考えるのが連隊長のお仕事です。考えられないなら、
さすがは隊長。あ、もう隊長じゃないや。ミランダと呼べと叱られたんだったわ。
その日のウチに官舎を引きはらって、ミランダ……さん(ああ、呼びにくい)と私は、アイリーンⅤにあるホテルの一室に泊まって、レーン先輩からの連絡を待ってる。
ホントに呼びにくいので、一度だけ「ミランダ姐さん」と呼んだら、頭上に
「
あちゃー。オバチャンはやめてほしい。
私たちの表向きの除隊理由は、ミランダさんがロンデニオン商会への就職で、私は花嫁修行。何? なんか文句ある? 私だってまだ若いのよ。
ミランダさんは、
暇な私はホテルのベッドに寝そべりながら、今もこうして
クーデターを起こしたレゴラス首長国連合の、なんとかという暫定
前の
そう考えるとレゴラス首長国連合って野蛮な国よね。
世が世なら、私もりっぱなヴィルタ首長家のお姫さまよ。
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