第016話 手 記(アヴェンジャー)

 私の名前はセラ。セラフィーナ・エリザベート・ラトゥーリ。

 ラトゥーリ首長家の末娘です。先日から逃避行を続けています。もう二〇日以上になります。

 七ノ月ななのつき一六日の夜、何者かによって父と長兄が殺されました。悲しむ時間も、とむらう時間も与えられず、私は近侍の者に両脇を抱えられて屋敷を出ました。追手おっての目をかいくぐって首都星オーランドを脱した私たちは、現在、ラトゥーリ家が所有していた宇宙船で宇宙そら彷徨さまよっています。幸い、次兄とは一緒に逃げることができました。

 父、オリヴェル・ユリウス・ラトゥーリの命を奪ったのは、叔父おじさまの手の者だと聞きました。おそらくは長兄あにもそうなのでしょう。なぜ親族をあやめるようなことができるのでしょうか。それほどまでに代表首長エデュスターの地位が欲しかったのでしょうか。涙以上に、怒りと憎しみがこみあげてきます。

 優しい父でした。優しい長兄あにでした。早くに母をくした私が寂しがらないよう、父も長兄あにもいつも一緒にいてくれました。その父と長兄を殺めた叔父おじさまを、私はどうしてもゆるすことはできません。私が逃げおおせることができたら、いつかきっとかたきを討ちたいと思います。森人族エルフにとって、敵討かたきうちは神聖な行為です。神もお赦しになられている正当な行為です。だからこそ、私と次兄は叔父おじさまに追われているのでしょう。

 私が一〇〇歳の子供だったころに、父は代表首長エデュスターになりました。その地位に就いてから、まだ一二〇年ほどしかたっていません。順調なら、あと四〇〇年くらいは続けることができたはずです。私たち森人族エルフは長命です。なのに、その四〇〇年を叔父おじさまは待つことができなかったのでしょうか。四〇〇年なんてあっという間です。それでも、叔父おじさまにとっては長すぎたのでしょうか。

 宇宙船に用意された一室で、私はいまこの手記を書いています。この胸に燃えさかる怒りと憎しみを忘れないよう、文字としてしたためています。いつかペンを剣にかえ、いつかペンを銃にかえて、叔父おじさまと対峙たいじしたときにひるまぬよう……。


 何かを叩くような音がして、私は目が覚めました。

 どうやら少し眠ってしまったようです。それがノックの音だと気づいた私は、書きかけの手記を閉じて、ドアに近づきます。

 ドアを開けると、次兄のリクハルドお兄さまがあわてたご様子でそこに立っていました。

「セラ、敵に見つかってしまった。お前だけでも逃げてくれないか」

「そ、そんなこと……いったいどうしたと言うのですか?」

 私はお兄さまにきました。

「私がこの宇宙船で敵を引きつける。その前に宇宙連絡艇シャトルでここを脱出してくれ」

亜空間跳躍ワープは使えないのですか」

「ダメだ。エネルギーの充填が間に合わない」

「でしたらお兄さまもご一緒に。私だけ逃げるなんてことはできません」

「父と兄が亡くなったいま、ラトゥーリ家の当主は私だ。当主がここを離れるわけにはいかない」

「なら、私も一緒に戦います。私もラトゥーリ家の人間です」

「お前まで死んでしまったら、ラトゥーリ家の血が失われてしまう」

「ですが、お兄さ――」

「すまないセラ、時間がない。ゆるしてくれ」

 リクハルドお兄さまのその声と、どちらが先だったのでしょうか。お腹のあたりに何かを押しつけられたかと思うと、パシュッという音がして……

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