第3章 森人族の乙女

第015話 連 絡(クリミナル)

「――なあ、マルガ。俺を訪ねて余所よその人間がラースガルドここに来る、というのは規則ルール違反か?」

 れてくれた紅茶を飲みつつ、俺は対面にすわるメイド服の女性にいた。

「いいえ。そもそもそのような規則はございませんから、ご主人様に仇名あだなす不届き者でなければ、何の問題もございません」

 鏡面仕上の丸い金属トレイを胸の前で抱えているマルガがこたえる。思考が読取リードされているので口に出さなくても俺の意思は伝わるのだけど、極力声に出して会話するようにしている。俺にとってはそのほうが普通だからだ。

 それをマルガも尊重してくれているようで、先回りしてこたえることはあまりなくなった。

わたくしを含めて、ここにあるものはすべてご主人様の所有物モノですから、ご主人様の御心みこころのままになさってください」

「そうか。わかった」

 ユグドとラシルに名前をつけたせいで、この宇宙船の所有者オーナーは俺ということになってしまった。あの小娘うそつきどもには、ちゃんとしたしつけが必要だな。

「……それで――」

「ん?」

 マルガが、半分目を閉じたような表情で俺を見つめてくる。

「その人間というのは、女性おんなの方ですか?」

 俺の思考を読んでいるなら、わかるだろう?

女性おんなの方ですか?」

「……ああ」

 どうやら俺の口から言わせたかったらしい。

 答えた瞬間、マルガの胸元でぺこっという音がした。金属トレイがくの字に曲がっていた。どうしたマルガ? いくら瞬間物質復元装置リバース・システムがあるといっても、物は大切にしないとダメだぞ。

 マルガは曲がったトレイを両手の親指でくっと直し、

「ご主人様に敵対する者でなければ、何方どなたをここに連れ込んでご主人様が何をなさろうが、わたくしが反対することではございません」

 俺がテーブルの上に置いたカップをトレイに載せ、マルガはそそくさと部屋から出ていった。まだ少し、残っていたんだけどな。

 《システム》が造りだしたAI立体映像ホログラフィ――ユグド=ラシルと話し終えた俺は、もとの部屋に戻って日々を過ごしていた。双子の少女と出会ってから、すでに四日ほどが過ぎている。

 部屋の中央にあったベッドは、入口とは反対側の壁際に移動され、いたスペースにはソファやテーブルが配置されている。俺の思考を読んだマルガが、どこからか運び込んでくれたものだ。女性に力仕事をさせるのはどうかとも思うけど、俺よりずっと力があるのだからしかたがない。二人掛けのソファを二本、両肩に乗せて持ってきたときには、思わず目が点になってしまった。細い見た目からは想像もつかない怪力の持ち主だった。有機人形メイドールはみんなそうなのかな。

 医療用の器具は片づけられたが、ルームランナーやレッグプレスといった身体の慣らし運転のために使った器具は、今もそのまま置かれている。いつの間にやらフィットネスバイクやベンチプレスまで用意され、いまではちょっとしたスポーツジムのようになっていた。

 それらは遥か昔に光のたみ――パルヴァドールたちが使っていたものだそうだけど、サイズからして地人族アーシアンと変わらない大きさの種族だったようだ。多い時で、このラースガルドには一〇万人ほどの光の民パルヴァドールが暮らしていたらしい。彼らはいったいどこにいったのか? この宇宙にはラースガルドと同じような都市宇宙船が、他にもまだあるのだろうか?

 ユグド=ラシルとの会話を終え、「とりあえずは宇宙船のエネルギー補給」という今後の方針を決めた俺は、自分の端末タブレットを使ってアークウェット大尉と連絡をとった。音声だけの通話だったけど、ものすごい剣幕で怒鳴られてしまった。マルガが無断で無人のトランスキャットⅩⅩⅦを返してしまったせいで、俺ははからずも「行方不明」ということになってしまっている。それから二〇日以上が過ぎてから、のほほんとした連絡が本人からあったのだから、おそらく俺でもそうなるだろうとは思う。だけど、俺のせいばかりでもないから少し不満だ。

「……生きていてよかった」

 とも言われた。

 声が震えていたのは、たぶんこみあげる怒りのせいなのだろう。

 居場所を伝えると、かなり驚愕きょうがくした様子だった。拘束されているなら軍を出すぞ、と鋭い口調で返されたが、安全が確保されているからと断った。あんまり騒がれると困るので、少しの間、俺から連絡があったことを秘密にしてくれるよう頼んだ。詳細はまだ話せないことを伝えると、少しの沈黙のあと「会えないか」と小声でかれた。エネルギーの補給作業にかかる日数が不透明なせいもあって、都合がつき次第また連絡しますと言って通話を切った。納得はしていないようだったが、まあ、立場をぎゃくにして考えると無理もない話だ。

 大尉と会うにしても、いったい何処どこで会えばいいのか。考えあぐねた末の結論が、さきほどのマルガへの質問になった。

 自身の目で確かめてもらったほうが早い。百聞ひゃくぶんは一見にかず。昔の人はいい言葉をのこしてくれたものだ。といっても、ほとんどの機能が停止しているので、俺自身も、まだラースガルドにどんな施設や能力があるのかについては把握していないに等しい。夜目よめ有機人形メイドールと違って、何処に何があるのか暗くてわからないのだ。エネルギーの補給が急がれる。

 俺があの日歩いた長い廊下も、本当なら歩く必要のない自動通路オートワォークになっているそうだ。


 ラースガルドに必要な青玉サファイア鉱石は、ヴルーム星系のいちばん外側の軌道を公転している小惑星、リューデニアで採れるらしい。森人族エルフの大国、レゴラス首長国連合の領域だ。

「他国の領土に勝手に侵入はいって盗掘するのは違法だよな。これで俺も犯罪者の一員か……」

 ユグド=ラシルを前にして愚痴ぐちったら、双子の少女たちは口をそろえて、

『『背に腹は変えられません!』』

 と胸をはった。自信満々の顔をして言わないでくれ。

 もっとも小惑星リューデニアには大気がない。くわえて、短径一万五千光秒、長径七万五千光秒という長楕円軌道を描く惑星であり、恒星ヴルームを一周するだけで八〇〇年以上かかることから、資源惑星としても利用されていないらしい。さいわいなことに、現在、リューデニアはほぼ遠日点にあるらしく、レゴラス国の警備隊に見つかるのは、地上を散歩していて隕石にあたるくらいの確率だという。

 あまりフラグはたてないでほしい。

 こっちには失敗続きのマルガがいるんだぞ。マルガ、そんなに睨むんじゃない。

 三日前にヴァンタム星系を離れ、現在位置から小惑星リューデニアまでの距離は約二〇〇光年。通常航行中にエネルギーを充填しての亜空間跳躍ワープだから、到着までにはあと一〇日ほどかかる。

 レゴラス……何か大事なことを忘れているような気もするが、きっと気のせいだろう。

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