第014話 大 樹(ツウィンズ)

 突然、大樹たいじゅの前に直径三〇センチほどの二つの光体が出現した。

 光体はしだいに形を変えて膨張し、人のような姿になっていく。光がおさまると、目前に二人の少女がたっていた。

 身体からだが微妙に透けている。立体映像ホログラムなのだろうか。

『『ようこそお越しくださいました。アーシェス・ファルターク・レーン様』』

 二人の少女が口をそろえて言う。青いイブニングドレスと赤いイブニングドレスをまとった少女だ。同じ顔をしている。おそらく双子だろう。どちらもくすんだ金色の髪を肩まで伸ばしている。身長は一四〇センチくらいだろうか。俺の胸あたりまでしかない。

 見た目の年齢は――地人族アーシアンを基準にすれば、一四、五歳くらいだ。だけど、見た目に誤魔化ごまかされてはいけない。例えば隣にいるマルガなんて見たところ二〇歳くらいだけど、俺より歳上だ。ずいぶんと歳上だ。製造されてから、すでに数千年が経過しているという。おばあさんだ。うん、とってもおばあ……おっと、マルガに睨まれてしまった。

『『このたびは、そこにいるE3イースリー―〇〇七がとんだご迷惑をおかけして、まことに申し訳ありませんでした』』

 二人揃って頭をさげる。わかった。それで君たちは?

『『私たちは《システム》が造りだしたAI立体映像ホログラフィです。実体はありません。このほうがお話がしやすいと思い、そうさせていただいてます。《システム》の本体は、さきほどE3イースリー―〇〇七がご説明したとおり、後ろにある大樹たいじゅです』』

 そこで、隣にいたマルガがわざとらしく咳払せきばらいした。

わたくしの名前はマルガレーテ。マルガレーテ・イースリーでございます。ご主人様からいただいた大切なお名前ですので、お取り扱いにはご注意ください」

『『そ、そうでしたね。気をつけます、E3イースリー―〇〇七』』

「マ、ル、ガ、です」

 二人の少女は、意地でもマルガの名前を口にしたくないようだった。

 変な名前だったのかな? それに二人もいるのは何故なぜだろう?

『『初めて造りだしたAI立体映像ホログラフィですので、片方は予備データバックアップです。もちろん、予備データバックアップなのは彼女のほうですが』』

 二人ともがお互いを指さした。いや、どちらが予備だろうと俺はいっこうにかまわないぞ。

 気を利かせたマルガが、全員を近くのパーゴラに案内した。白いパーゴラの下には、同じように白い丸テーブルと丸イスがあり、俺たちはそこに腰かけた。といってもAI立体映像ホログラフィだから、二人が坐っても、当然イスは透けて見えるけどな。

 俺は少女たちの顔をゆっくりと見やってから、この宇宙船――ラースガルトについてたずねた。

 少女たちの回答は、俺の想像のはるか斜め上をいっていた。


『『……昔、この宇宙船には、《光のたみ》と呼ばれる種族が住んでいました。ラースガルトは光のたみが造った移民船であり、私たち《システム》も、彼らによって生みだされました』』

 光のたみ。昔、図書館で読んだことがある。

 太古の昔に栄えたという、《パルヴァドール文明》だか《パールバディー文明》だかいう文明を築いた種族だ。神話の世界のお話だと思ったけど、どうやら違うようだ。

 彼女たちの話によれば、光のたみこそがすなわちパルヴァドールであり、彼らが築いた文明の名前がパールバディーだそうだ。今から数十万年も前のお話らしい。

 有機人形メイドールを生みだしたのも、彼ら光の民パルヴァドールだそうな。メイド・バイ・パルヴァドールだから、略してメイドール。安直な名前だな。

 では、その光の民パルヴァドールは今どうしている? ここにはもういないのか?

『『数千年前、有機人形メイドールの最後の二体を製造した後に、この宇宙船から、いえ、この宇宙から突然姿を消しました。どこに行かれたのかは私たちにもわかりません。そして最後にのこした有機人形メイドールのうちの一体が、E3イースリー―〇〇七……マルガレーテ・イースリーです』』

「もう一体は?」

『『レーン様のお母さまです』』

 …………?

『『《マーリア・レーンXY46聖母型有機人形メイドール》、個体識別名コード《ルナマリア》。光の民パルヴァドールが最後に造った一体が、レーン様のお母さまです』』

 母親が有機人形メイドールだって?

 だけど、有機人形メイドールに生殖能力はないとマルガは言ったはずだ。

「はい。わたくしもそう聞いております」

『『光の民パルヴァドールの残した記録を分析した結果、《マーリア・レーンXY46聖母型有機人形メイドール》は実験のためにただ一体だけ造られた有機人形メイドールだったと推測しています。有機人形メイドールに子供が作れるかどうかを試したかったのでしょう。けれども、個体識別名コード《ルナマリア》は、造られてから数千年間、稼働することはありませんでした。製造に失敗したのだと、私たちは理解していました。それが、三〇年ほど前に突如として稼働をはじめ、ここを離れて、単身、パルメット星系の第四惑星トランに降り立ちました。そのときにここから持ち出したのが、追跡装置トレーサー……現在、レーン様がなさってらっしゃるペンダントです』』

 ……よくわからなくなってきた。

 母親が人間じゃなくて有機人形メイドールで、たった一人でここから出ていって、そうしてトランで俺を生んだのか? では俺も人間じゃないのか? 父親は誰だ?

『『レーン様は、間違いなく人間です。E3イースリー―〇〇七……いえ、マルガがやらかした失敗によって、そのことはすでに確認ずみです。お父さまの件については私たちにもわかりません。レーン様の遺伝子情報から全人類を対象としてさがし当てることも不可能ではないですが、かなり時間がかかります。数年か、数百年か……』』

「いや、それはいい。やるだけ無駄だ。だけど、母親は一五年前に死んだんだぞ?」

「おそらくはかと思います。充電すれば、再稼働が可能です」

『『お母さまの身体は今どこにあるのですか?』』

「……ケルンの墓の下だ。棺桶に入って埋まっている」

「では、掘り――」

「それ以上言うな!」

 思わず声が大きくなってしまった。母親が有機人形メイドールなら、充電すれば生き返るかもしれない。だけど……今は何も考えたくない。

「……申し訳ございません」

「いや、こっちも大声を出して悪かった。この件についてはしばらく時間をくれ」

「わかりました」


 マルガがすっと席をはずした。

 居づらくなったのかと思ったが、どこからかコーヒーを運んできた。どこかに自動販売機でもあるのか? まあ、そんなことはどうでもいいか。

『『あ、あの……レーン様』』

「なんだ?」

『『その……今後のことについてなんですが、レーン様にお願いがございます』』

「エネルギー不足の件か?」

 俺の言葉を聞いて、少女たちは驚いたような顔をした。

『『は、はい。どうしてわかったんですか?』』

「なんとなくだ。マルガの話じゃ、人手不足のせいで入手不可能らしいからな。エネルギーは補給したいけど、マルガはここから離れられない。他に稼働している有機人形メイドールはいない。人手となる有機人形メイドールを稼働させるにはエネルギーがない。どう考えてもんでいる。どうしてそうなるまで放っておいたんだ?」

『『マルガのせいです!』』

「は? お前、まだ何かやらかしていたのか?」

 俺は呆れてマルガを見た。

「いいえ、違います。そうではありません。ご主人様をお捜しするために、その……ラースガルトを乗り回してしまったのが原因です」

 やらかしているじゃないか。

「ですが、その結果、ご主人様をここにお迎えできたのです。不可抗力です。怪我けがの功名です」

 思わずため息が出た。

「で、どうすればエネルギーが補給できるんだ? 人手不足で動ける人間がいないから、俺をこの宇宙船に連れてきたんだろう?」

『『はい。ですが、動ける人間なら誰でもよかったわけじゃありません。ここに所縁ゆかりがあったからこそ、レーン様をお迎えしたんです』』

 わかった。わかったから、はやく説明しろ。

『『ラースガルトを動かすためのエネルギーは、宇宙空間に無限に存在します。余剰よじょうな重力エネルギーを異次元からみだして使っていますので、どこからでも抽出ちゅうしゅつすることができるんです。ただ、抽出した異次元エネルギーをこの次元のエネルギーに変換する際に用いる触媒しょくばいが、もはやラースガルトにはほとんど残っていません。あと三〇日もすれば完全に無くなります』』

触媒しょくばいとは?」

青玉サファイア鉱石――ご主人様のペンダントにも使われている鉱石でございます。隣りの星系にある小惑星で採掘することが可能です」

 よし、じゃあ、そこに行こう。掘削機とか小型宇宙船とかの用意もできているんだろう?

「もちろんでございます、ご主人様。わたくしのすることにかりはございません」

 お前が言うなと思ったが、ツッコんだら負けだ。

 その星系までラースガルトで行って、そこからは小型宇宙船を使う。作業は俺ひとりでしなくてはいけないが、まあ、なんとかなるだろう。

『『あ、あの……レーン様』』

「なんだ?」

 ん? さっきも同じようなやりとりとしたような気もするけど、まだ何かあるのか?

『『私たちにも、名前をつけていただけませんか? マルガだけなんて不公平です!』』

 マルガの名前を呼びたくなさそうにしていた原因はそれか。だけど、君たちの所有権まではらないぞ?

『『だ、大丈夫です。大丈夫ですから、お願いします!』』

 何度もしつこく強請ねだるので、こん負けした俺は、双子の少女に名前をつけた。

 青いドレスを着ている子が《ユグド》、赤いドレスを着ている子が《ラシル》。二人あわせて《ユグド=ラシル》。

 彼女らの実体が大樹だから、大昔の地球テラの神話に出てくる「世界樹ユグドラシル」にちなんでみた。安直な名前だ。俺も他人の悪口ことは言えないな。



 ……この日、ラースガルトの所有権が俺に書き換えられた。

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