第013話 不 老(エターナル・ユース)

 翌朝は、食事をりながらマルガから話をくことになった。

 と言っても、食事のために手と口を動かしているのは俺だけで、E3イースリー―〇〇七あらためマルガレーテ・イースリーには、口から栄養を摂取せっしゅする必要がないらしい。食べられないことはないが、無駄なことはしないという。

 彼女は最初、ベッドの横に立っていたのだけど、俺が落ち着かないと言うと、どこからか金属製のパイプ椅子を持ってきた。背筋を伸ばして椅子にすわり、両手を両膝ひざの上に置いている。

 マルガが用意してくれたのは、シャキシャキしたレタスたっぷりのサンドウィッチだった。一緒に挟まれたハムとチーズで蛋白質たんぱくしつも摂れるので、栄養のバランスがいい。昨日と同じコーヒーもついている。どうやって食材を入手しているのだろうか?

「ご主人様をお迎えすることが決まっていましたので、野菜は水耕プラントで育てておりました。動物性の蛋白質は全自動工場ファクトリーでの合成です。現在稼働している有機人形メイドールわたくしひとりでございますので、家畜を育てるというわけにもいきません」

 うん、昨日から何度となく聞いた台詞せりふだ。暗に何かを要求されているような気がするんだけど、気のせいかな。

「気のせいです」

 絶対、要求しているよな。

 ここに連れてこられた理由がなんとなく推測できたけど、それは口にしないでおいた。考えただけでも、マルガには伝わっているだろうから。

 さて、これからどうするか。とりあえず、復元されたというこの身体からだが自由に動けるまでの体力をつけて、《システム》と話をしよう。そのあとは……解放してくれるのかな。解放してくれなくても貨物船カーゴで逃げるという手もあるな。

 ……貨物船カーゴも、ちゃんと復元してくれたんだよな?

「もちろん復元いたしました。ですが、この先は不要となるモノですし、ここに放置しておいても邪魔になるだけですので、持ち主の元に返却いたしました」

「返した⁉」

「はい。自動操縦オート・パイロットシステムがついておりましたので、アイリーンⅣの第三宇宙港ドッキングベイにセットして発進させました。いまごろは持ち主も喜んでいるはずです。なにせ、オンボロだったものが新品によみがえったのですから」

 何を勝手なことを。というか、新品ってどういうことだ?

わたくしどもの瞬間物質復元装置リバース・システムは、復元する際に傷やへこみを自動的に修復いたします。さらに言えば、瞬間物質復元装置リバース・システムによって復元された部品パーツは、時間経過や連続使用にともなう化学的、物理的な変化が発生いたしません。つまり、老朽化しないので外的要因がなければ半永久的に使用することが可能です。この点を含めましても、持ち主はさぞかし喜ぶことでしょう」

 なにか、重大な宣告をされた気がする。

 俺も、瞬間物質復元装置リバース・システムで復元されたんだよな?

「はい。ですから、時間経過や連続使用にともなう化学的および物理的な変化は、

 それってつまり……

「不死ではございません。老朽化はいたしませんが、外的要因による変化は避けられません。殺されれば死にますし、重い病気にかかれば命を落とすこともございます。そうしたことがなければ半永久的に稼働できるというだけですので、くれぐれもお気をつけください」

 不老だが、不死ではない。うん、気をつける……って、不老というだけでも問題だろう? 他の人が年老いていくのに、俺だけ二七歳のままなんだぞ。寿命だってあってないようなものなんだぞ。そんな身体からだで、どうやって社会に溶け込んでいけばいいんだ?

森人族エルフは長命ですし、老朽化の速度も遅緩ちかんです。それと似たようなものとお考えいただければ、何も問題はございません」

 俺、森人族エルフじゃないから。地人族アーシアンだから。

 どうするんだ、俺? 泣いてもいい?

「あ、ご主人様に謝罪しなくてはならないことが一つございます。あのマジックハンドがご主人様のものだとは思いもよらなかったので……一緒に船に乗せてしまいました。勝手なことをして申し訳ございません」

 もういい、好きにして。


 体力が回復して自由に歩けるようになるまで、それから三日が必要だった。

 軍で鍛えていたから体力には自信があったのだけど、二七歳とはいえ、この身体からだは五日前にできあがったばかりの新品だから、思いどおりに動かすには、それなりのが必要だった。

 運動に必要な器具は、どこからかマルガが運んできた。シャワー室やトイレはこの部屋から直接行けたので、そんな身体でもあまり不自由はなかった。どちらもマルガが付き添ってくれたしな。人間、食べるものを食べれば、出るものも出るわけで……ベッドから動けないときのあれやこれやの処理についてはあまり話したくない。いくら人造人間アンドロイドとはいえ相手は女性だし、俺は男なのだから察してほしい。ああ、思い出すだけでも赤面しそうになる。

 いま着ている服は、ベッドから起き上がれるようになった二日前にマルガが持ってきたくれたものだ。インナーと、トレーニングウェアのような上着と、運動靴。色はすべて黒だった。縁まわりだけがなぜか白い。

わたくしとお揃いの色にいたしました」

 一緒に持ってきたエプロンドレスをつけるのは遠慮しておいた。

 ちなみに、トランスキャットⅩⅩⅦの仮眠室に置いておいた俺のバックパックは、名前を書いていなかったので、マルガが一緒にアイリーンⅣに送ってしまっていた。記名が大事だということを痛感した。

 いまごろ、向こうでは大騒ぎになっているだろうな。タイミングを見計らって、アークウェット大尉にも連絡する必要がありそうだ。

 服は二着ずつ用意され、着替えも毎日おこなっている。この宇宙船のなかには繊維全自動工場ファクトリーもあるようで、そこで製作されたモノらしい。エネルギー不足の問題から、作るのはこの二着が限度だったそうだ。

 エネルギー不足。

 俺がこの先どうしていくにせよ、解決しなくてはならない問題であるらしかった。

 この三日間、俺はこの部屋から出ていない。一度だけドアから外を覗いてみたが……暗くて何も見えなかった。照明がつけられていないのも、エネルギー不足のせいだろう。


「――《システム》のところに案内してくれないか?」

 俺はマルガに頼んだ。

 マルガは俺の左側に立ち、右手を俺の腰にまわしてきた。大丈夫だ、自分で歩ける。

「いいえ、廊下は暗いですから」

 そうして二人ならんで、長くて暗い廊下を歩いた。どのくらい歩いただろう、マルガがとある壁に触れると、その壁がすっと開いた。エレベーターであるらしかった。

「これで最上階まで登ります。そこに《システム》の端末ターミナルがございます」

 目的地に着いたエレベーターの扉が開くと、そこには夜の森林公園ともいうべき景色が広がっていた。

 街灯がいくつかあって、その下には木製のベンチが置かれていた。

 高い木々に囲まれた小道を、マルガと一緒に歩いていく。ここは本当に宇宙船の中なんだろうか。見上げてみても……暗いので何も見えない。一〇〇メートルほど歩いたところで森を抜けると、そこには陸上競技場くらいの広場があった。

「あれが《システム》です」

 マルガの指さした方向には、巨大な樹木があった。

 シルエットには見覚えがある。トランスキャットⅩⅩⅦのスクリーンに映っていたものだ。

「あれって……木、だよな?」

「はい。何かヘンですか?」

 まあいい。深く考えないことにしよう。

 大木たいぼくの前までやってくると、マルガが口を開いた。

「ご主人――いえ、レーン様をご案内いたしました」

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