第012話 再登録(システムコール)

「――わたくしからのご説明は以上でございます。ご質問その他、お手伝いができることがございましたら、遠慮なくお申し付けください」

 わかった。でもその前に何か飲む物が欲しいな。驚くことが多かったんでのどがかわいた。コーヒーがいいけど……ここにあるかな?

「もちろんございます。レーン様をお迎えするために、先日から栽培しておりました。少々お待ちくださいませ」

 一礼して、メイド服の女性は部屋から出て行った。

 その間に部屋の中を見回してみる。一〇メートル四方くらいの、金属のような素材でできた部屋だ。白に近い灰色で、壁に窓はない。高さ三メートルほどの天井には埋め込みの照明器具がいくつかあるが、その他は壁と同じ素材でできているようだ。少し光沢があるのか、照明の光が鈍く反射している。ベッドの脇にはいくつかの医療器具のようなものが置かれているが、何をする器具なのかはわからない。正面の壁にはモニタースクリーンのようなものが埋め込まれている。

 アークウェット大尉には気をつけるよう言われたけど、まさかそのモビィ・ディックに捕まってしまうとはな。あ、ラースガルトだったっけ。都市宇宙船? 何のことだかわからない。

 メイド服の女性に渡された中型の端末タブレットには、いくつかの単語がならんでいる。走り書きなので字は汚い。まあ、もともときれいな字を書くほうじゃなかったけど。

「お待たせいたしました、レーン様」

 メイド服の女性がコーヒーをれて戻ってきた。

 まるでメイド喫茶みたいだな。「」と呼ばれないだけよしとしよう。香りを少しいだあと、コーヒーをひとくち飲んでみた。美味おいしい。

「ありがとうございます」

 メイド服の女性は、無表情のまま頭を下げた。

 さて、質問だ。どこからいこうかな。俺は端末タブレットに目を落とす。あ、そういえば俺の端末タブレットはどこにいった?

「こちらにございます。レーン様のお名前が入っておりましたので、大切に保管しておりました」

 女性のエプロンドレスから取り出された端末タブレットを、俺は左手で受け取った。これも復元されたものなんだろうな。データは……残っている。瞬間物質復元装置リバース・システム様々さまさまだな。

 それから俺は、メイド服の女性にいくつかの質問をしていった。思考が読取リードされているので、考えるだけで答えてくれる。便利と言えば便利だが、欠点もある。あまり変なことは考えないようにしないとな。

 まずは、彼女の正体から。

 ファティマE3イースリー文官型有機人形メイドール、通称『文官メイド』とは、この都市宇宙船を管理するために造られた人工生命体なんだそうな。つまり、人造人間アンドロイドということなんだけど、いわゆるロボットではなく、核酸や蛋白質たんぱくしつ、糖、脂質といった生体物質からなる有機生命体らしい。なので有機人形メイドール。寿命はなく、数百年に一度タンクベッドとやらを使って充電すれば、永遠に活動することができるという。

 人工生命体なので生殖能力はない。ただし、行為そのものはできるそうで、

「何でしたら……お試しになられますか?」

 言ったとたんにスカートをめくりあげた彼女を、俺はあわてて制止した。太腿ふとももまである白いストッキングの上方に、何か白いモノが見えた。

 文官メイドはこの宇宙船に七体いるらしいが、エネルギーの節約とかで稼働中なのは彼女だけだそうだ。現在のところ、補給用のエネルギーを確保することも難しいらしい。

 理由をいたら、

「現在稼働している有機人形メイドールわたくしひとりでございますので」

 人手不足ということか。

 有機人形メイドールには、文官型のほか、ファティスL5エルファイヴ戦闘型というタイプもあるらしい。通称は『戦闘メイド』。なんだかなあ。ちなみに戦闘メイドの数は全部で四〇体。すべて休止中とのこと。

 俺のことを知っていた理由については、

「《システム》から教わりました」

 それ以上は回答する権限を持っていないそうだ。

 では《システム》とは何か? とたずねると、この宇宙船を制御している有機AIコンピュータとのこと。俺とも話ができるそうだが、有機人形メイドールではない俺が話をするには《システム》の端末ターミナルがある地点まで俺が行かないとダメらしい。体力が回復して歩けるようになったら、足を運んでみるとしよう。

 この場所、つまりラースガルトと呼ばれる都市宇宙船についても、メイド服の女性には回答する権限がなかった。どうやらこれも《システム》に尋ねるしかないようだ。

 ラースガルトが所属している組織の名称をくと、

「どの国家、組織、団体、種族にも、わたくしどもは属しておりません。わたくしどもがわたくしどもより下等な生物に属することなどありえません。ぎゃくに、それらを従属させることをレーン様がお望みとあれば、わたくしどもは喜んで協力させていただきます」

 なんか物騒ぶっそうだな、おい。俺もその下等生物の一員なんだけど。まあいい、話題を変えよう。

 惑星トランで俺と母親を見失ったと言ったとき、追跡装置トレーサーがどうとか話していたよな?

「レーン様のお母さまが持っていらした追跡装置トレーサーのことですね」

 俺の母親が持っていた?

「はい。いまレーン様がなさっておられるペンダントがそれでございます」

 青玉サファイアが埋め込まれた銀色のペンダントを、思わず握りしめてしまった。

 母親の形見がどうして追跡装置トレーサーで、なぜそんなものを母親が持っていたのかという質問に対しての回答は、予想どおり「お答えする権限がございません」だった。

 ある程度のことはメイド服の女性に管理させているようだが、《システム》とやらは結構な秘密主義でもあるらしかった。

 メイド服の女性の表情をそっとうかがう。うん、あまり気にはしていないようだ。そういえば、彼女の名前は聞いたっけ?

「個体名、ということでしたら、わたくしには《E3イースリー―〇〇七》という識別名コードがございます」

 なんとなく呼びにくい名前だ。

「変更していただくことも可能です。というか、できれば変更してください」

 俺が変更するのもおかしいだろう。俺はここの住人じゃないんだし。

「そこをなんとか……」

 え?

「よろしくお願いいたします」

 E3イースリー―〇〇七という識別名コードが気に入らないらしい。そこまで言うなら考えよう。だけど俺、名前をつけるのは得意じゃないぞ。

「ポチとかタマとかハナコじゃなければ大丈夫です。受け入れます」

 お、おう。

 あごに手をあてて考えてみる。メイド服だけあって、白いエプロンドレスが印象的なんだよな。

 ――白か。

 昔、教会で母親が育てていた花も、たしか白だったよな。なんという名前だったかな。ああ、そうだ、マーガレットだ。彼女を見る。うーん、マーガレットという感じではないな。どちらかと言えば、もう少し落ち着いた響きのほうが……

「……『マルガレーテ』というのはどうだ? マルガレーテ・イースリー。愛称は『マルガ』だ」

「ありがとうございます。少々お待ちください」

 彼女は目を閉じると、

「――システム呼出コール。個体識別名コードE3イースリー―〇〇七』の名称変更を要請リクエスト。変更後の個体名は『マルガレーテ・イースリー』……了承を確認。所有権は……はい、それで結構です」

「どうなった?」

「《システム》への再登録リレジストが完了しました。所有者を登録レジストする必要がございましたので、レーン様とさせていただきました。これでわたくしはレーン様のものでございます、

 ちょっ。いったい、何をやっちゃってくれちゃってるのよ。

「俺が所有してどうするんだ⁉」

「どうか、お好きなようになさってくださいまし、ご主人様」

 なんだか疲れたな。少し休憩しようか。

 マルガがベッドを倒してくれた。


 ……翌朝まで眠ってしまった。

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