第011話 失 敗(ミステイク)

「レーン様の御身おんみに起きたことを、順を追ってご説明させていただきます。ご質問がおありでしたら、そのあと一括いっかつしてお受けしたいと思いますが、いかがでしょうか?」

 メイド服の女性が提案してきた。

 わかった、それでいい。何かメモをとるものがあったら、ありがたいな。説明が長くなるなら、質問することを忘れてしまいそうだ。

 女性が中型の端末タブレットとタッチペンを持ってきた。

 試しに右手で文字を書いてみる。すらすら書ける。右手で文字を書くなんて、六か月ぶりだ。というか、俺はどのくらいここにいるんだ?

「『汎人類交流会議サミット』の標準時間でいえば、本日は星暦四七〇一年八ノ月はちのつき〇三日、レーン様をここにお運びしてから一四日めにあたります」

「……そうか」

 アイリーンⅣを出港してから、ちょうど二週間か。あ、だんだん思い出してきたぞ。俺はあのときモビィ・ディックに激突したんだった。

「その件に関しましては一〇〇パーセント、いいえ、一〇〇〇パーセントわたくし失敗ミスでございます。どうかおゆるしください」

 メイド服の女性は、またしても深々と頭を下げた。わかった。わかったから、状況を説明してくれる?

「では、おはなしをさせていただきます。あれは今からちょうど二七年と二七日前、深々と雪の積もった夜のことでございました。その日、レーン様はお生まれになられました」

 ……そこからなのか?

わたくしは、お生まれになられたあの日から、レーン様のことを存じあげております。レーン様のことをから見守るよう、《システム》からご下命かめいがあったためです。ところが、エネルギーの切れたわたくしがタンクベッドで充電していたたった一日の間に、レーン様はお母さまと共に惑星トランからいなくなってしまわれました。完璧なわたくしとしたことが何という失敗ミスを犯してしまったのでしょう。ほんの少し目を離したために、レーン様のこと見失ってしまったのです」

 さっきもミスしたって言わなかったっけ? まあ、いいか。続けて。

わたくしは、いなくなったレーン様を懸命におさがししました。けれども、現在稼働中の有機人形メイドールにはわたくしひとりしかおりませんので、から動けないわたくしには、さがすといっても手段がございません。ですので、追跡装置トレーサーから発せられているであろう微妙な電波をキャッチするべく、わたくしは独断での進路を変更して、いろんな星系を訪れました。加えて、TVテレビやネットの情報、ひいては無数に飛び交う端末タブレットの通信波をちょいとハッキングしながら、そこにレーン様のお名前があがってこないものか、網をはってずっとチェックをしておりました。そうしてついに、二六年と三二八日ぶりに、わたくしはレーン様の情報をつかんだのです」

 もしかして《炎竜えんりゅう》の一件か?

「その通りでございます。レーン様のことが、連日のようにニュースで報道されておりました。身の危険をかえりみず部下の命を救った英雄であると、TVテレビこぞって伝えておりました。わたくしといたしましても、とても鼻が高くなりました。そうしてわたくしは、そのことを嬉々ききとして《システム》に報告しました。こっぴどく叱られました。レーン様を見失っていたことを《システム》には内緒にしていたのです。わたくしはそのことを失念しておりました」

 これはツッコんだら負けなのか。

「はい。突っ込むのはのちほどということにしてください。何でしたら、別のところに突っ込んでいただいても結構でございます。そんなある日のこと、《システム》から別のご下命がわたくしにございました。何ということでしょう。レーン様をにお迎えするようにと、《システム》からご指示があったのです」

 さっきからここ、ここって鶏のように言っているけど、結局ここは何処どこなんだろう? 最初の疑問に戻ってしまった。

「こことは、都市宇宙船『ラースガルト』のことでございます。地人族アーシアンどもが《モビィ・ディック》などというヘンテコリンな暗号名なまえをつけた、この宇宙船のことでございます。まったくもって失礼な暗号名なまえです。この宇宙船の大きさに比べたら、マッコウクジラなんて蚊の卵のようなものです。つまり、レーン様は現在、モビィ・ディック……間違えました、ラースガルトの内部なかにいらっしゃいます」

 なるほど、ここはモビィ・ディックの中なのか。

「ひとつのご質問にお答えするのに、六ページも費やしてしまいました。とんだ無駄遣いです。いいえ、何でもございません。こちらのお話です。さて、ここにお迎えするよう《システム》からご下命があったとはいえ、さきほども申し上げましたように現在稼働中の有機人形メイドールわたくしひとりしかおりません。お迎えするといっても、お迎えに参上する手段がございません。このラースガルトを地人族アーシアンどものコロニーに乗りつけるわけにも参りません。そこで、レーン様の情報を収集し、レーン様がお通りになるでありましょうあの日あの場所に先回りして、重力波を使ってレーン様を宇宙船ごととっ捕まえ――もとい、この場所におまねきする方法を考えつきました。われながら、なんと妙案なのだと思いました。ところがです。ところが、なのです……」

 メイド服の女性が口ごもる。うん、それに失敗したんだね。いいよ、怒らないから続けて。それとも、ちょっと休憩しようか?

「いいえ、わたくしは《文官メイド》でございますので、休憩など滅相めっそうもないことでございます。お話を続けさせていただきます。わたくしの思惑どおり、レーン様はあの場所に颯爽さっそうとやって来られました。それより手前のポイントでレーン様が亜空間跳躍ワープなさる可能性など、微塵みじんも考慮いたしませんでした。これまでのパターンから、レーン様は小惑星帯アステロイドベルトえないと亜空間跳躍ワープできないだとわかっておりましたので当然です。そうしてわたくしは、重力波を駆使してレーン様の船をここに誘導いたしました。エネルギー切れで港のハッチが開かなくなっていたなんて、いったい誰が想像できたでしょうか?」

 エネルギー切れか。ハッチを開けるのを忘れていたのかと思った。

「忘れるなど、とんでもないことでございます。ハッチが開かないなどという報告はわたくしは……あ」

 受けていたのね。というか事前に点検しようよ。

「申し訳ございません、三〇〇年ほど前に報告を受けておりました。わたくしは、起きてしまった不幸な事故に対応する必要にせまられました。瞬間物質復元装置リバース・システムにかけるため、わたくしは、ハッチにぶつかって飛散してしまったレーン様とレーン様の船の破片を、全力で回収いたしました。吸引機を使って全力で回収いたしました。さいわい防御空間フィールドの中でしたので、肉片も破片もすべて回収することができました。いいえ、回収できたと思っていました」

 ちょっと待ってくれ、俺の肉片って……。

「ご安心ください。この宇宙船にある瞬間物質復元装置リバース・システムを使えば、たとえどんなに壊れている物体であっても、破片がそろっていれば元々あった形に復元することが可能です。現にバラバラになられたレーン様のお身体からだも、こうして無事に復元することができました。ただ、どこをどう探しても、右手の肉片だけは発見することができませんでした。ですので……申し訳ございません。レーン様の右手だけは、人工多能性幹iPS細胞を一から培養して再生したものになります。そのため、復元までに少々、いいえ、一三日ほどお時間がかかりました」


 俺はいちど死んだのか。なんかショックだな。


「そうではございません、レーン様。死んだという解釈は間違いです。細胞レベルではちゃんとご存命でした。そうでなければ、右手を再生することも不可能でした」

 なんとなくなぐめられているような気がする。

 そうか。俺の右手が義手じゃなくなったのも、胸の傷痕きずあとが消えたのも、復元されたからなんだな。

「あの……いま、なんとおおせられましたか?」

 それまで無表情だったメイド服の女性の顔が、軽くひきつっているようにも見える。

「ん? 胸の傷痕のことか?」

「いいえ、そこではありません」

「ああ、右手ね。俺、もとから右手はなかったんだ」

 呆然ぼうぜんとして突っ立っている女性の姿がそこにあった。

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