第010話 混 濁(エプロンドレス)

 ……ここはいったい何処どこだ?

 目を開けると、明るい天井が飛び込んできた。

 照明やら換気口やらが、規則正しく並んでいる。背中の感覚からすると、俺はベッドか何かの上に横たわっているらしい。前方に目をやると、白くて薄い毛布が自分の身体からだに掛かっている。寒くはない。左手を動かすと、チューブのようなものがつけられていたのか、近くで何かが倒れる音がした。あまり大きくはない。


「――お目覚めざめになられましたか、レーン様」


 誰かの声がした。

 そちらに視線をむけると、若い女性が近づいてきた。

 襟と袖口カフスだけが白く、それ以外は真っ黒なワンピースを着ている。重ね着しているヒラヒラしたフリルがついている白いそれは、もしかしてエプロンドレスか? よく見ると女性の紫色の頭髪の上にも、同じくフリルのついた白いものがある。

 ヘアバンド? この場合はカチューシャというべきか。いわゆるひとつのメイド服なのか?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 君はいったい誰なんだ? どうして俺の名前を知っている?

「失礼いたしました。わたくしはファティマE3イースリー文官型有機人形メイドール――通称『文官メイド』でございます」

 メイドール? 文官メイド? 

 ここは誰? 俺は何処どこ

 ……どうやら俺は混乱しているらしい。

「まだ少し意識が混濁こんだくされていらっしゃるようですね。何かお飲みになられますか?」

 俺がうなずくと、メイド服の女性は、キャスターのついたサイドテーブルのような物をどこからか持ってきて俺の前にセットした。同時に、リクライニング式だったらしいベッドがわずかな振動とともに稼働して、俺の身体からだを起こしてくれる。掛けられていた毛布がするっと落ちて、俺の裸の上半身が見えた。少しだけ違和感がある。何だろう?

 何も着ていないのかと毛布の下で自分の下半身に触れると、やっぱり何も身に着けていないようだった。

 ほどなくして、テーブルの上に透明な液体の入ったコップが置かれた。

「これは?」

です」

 俺は右手を伸ばしてコップをつかみ、しばらくその液体をながめた後、目を閉じてひと息で飲みした。水だった。というか、純水だな。何の臭いも味もしない。

 俺はからになったコップを右手でテーブルの上に戻そうとして……うん? 

 そこで俺は、さきほどの違和感の正体に気がついた。胸にあるはずの《炎竜えんりゅう》の傷痕きずあとがない。俺は……死んだのか?

「ご心配は無用でございます。ここは現世げんせ。死後の世界でも、異世界に転移したわけでもございません」

 メイド服の女性が表情を変えずにこたえる。いま俺は、口に出して質問したのか?

「レーン様の思考を読取リードしました。お声に出されなくても、わたくしには手に取るようにわかります」

 精神感応者テレパス――魔人族フェリアルか? いや、違う。軍人だった俺には、魔人族フェリアル森人族エルフ精神感応波テレパシーには耐性がある。そういう訓練を受けている。でなければ、軍事機密がだだ漏れになってしまうからだ。その防壁を軽々とくぐり抜けてしまうとは。

 気持ちを落ち着けようとして、そばに立っている女性を少し観察する。

 少しだけ赤みを帯びた白い肌と紫色の瞳。すっきりとした顔だちをしているが、どことなく無機質な感じをうけた。可愛いというより、キレイというべきか。

 頭の中が、なんとなく晴れてきたような気がする。

「はい。さきほどのお水に、精神安定のための薬剤を少しだけ混入しておきました」

 ……って言ったじゃん。

だますようなことをして、まことに申し訳ございません」

 メイド服の女性が、深々と頭を下げた。

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