第2章 大樹の願い

第009話 消 息(ミステリアス)

 部下の声は、確実に私の耳に届いていた。

 届いていたからこその動揺だろうし、一瞬でも視界も暗くなったのだ。だが、そのときはそんなことを考える余裕すらなく、私は部下にき返してしまった。

「すまんが、もう一度言ってくれ」

 私の言葉に、目前のエレオノーラ・ヴィルタ中尉が反応する。

「アーシェス・レーンの乗った貨物宇宙船が、昨日、消息をちました」

「……中尉だ。報告は正確にしろ」

 くだらない言葉が私の口から飛び出してしまう。なにをいらだっているのだ、私は。

「す、すみません」

 エレオノーラが身体からだをこわばらせる。森人族エルフの若い女だ。若いといってもそう見えるだけで、実際の年齢は私よりもかなり上なのだが、そんなことは今はどうでもいい。

「詳細を聞かせてくれ」

「はい。アーシェス・レーン中尉の操縦するトランスキャット社所属の小型宇宙貨物船コンパクト・カーゴ、通称『トランスキャットⅩⅩⅦにじゅうなな』は、昨日〇九三〇時、アイリーンⅣの第三宇宙港ドッキングベイから出港。一四時間後の同日どうじつ二三三七時、管制塔コントロールのレーダーから突然消えました」

「レーダーの故障という可能性は?」

「ありません。ここアイリーンⅢにあるわが軍のレーダーでも、同じ時刻に同船の……同船の消失を確認しているそうです」

 エレオノーラの顔面からは血の気がひいている。おそらく私も同じような顔をしていることだろう。

「そのポイントで亜空間跳躍ワープした可能性は?」

 無駄なことをいた。亜空間跳躍ワープすればその痕跡こんせきは必ず残る。そうでなければ、すべての船が行方不明扱いになってしまうではないか。

「ありません」

 即答だった。エレオノーラもすでに同じようなことを考え、同じように否定していたのだろう。自分の頭が上手うまく回っていないことを、自覚せざるをえない。

「捜索のほうはどうなっている? むろん、出ているのだろう?」

「はい。航空保安庁の第一〇四宇宙警備隊が、現在、消失ポイントを中心に捜索しています。トランスキャット社の依頼を受けて、民間の捜索船団も協力しているそうです」

「消失してからの経過時間は?」

「二二時間です」

「……そうか」

 宇宙服スーツの生命維持システムが作り出す酸素は二四時間でなくなる。ファルタークがもし船外に放り出されているとすれば、猶予ゆうよはほとんどない。

「ど、どうしましょう、隊長!」

 我慢できなくなったのだろう。エレオノーラが悲鳴に似た声をあげる。

「あわてるな。まだ何もわかってはいないんだろう?」

 私――ミランダ・アークウェットは、そう自分に言い聞かせた。


 三日後。

 私は、アイリーンⅢにある自身の執務室で、ふだんと変わりなく軍務を続けていた。

 いや違う。意識して、変わらないように見せているだけだ。許されるものなら、私自身も捜索に行きたい。第三飛翔ひしょう中隊を動員して、それがかなわぬなら私ひとりででも捜索に行きたい。だが、私は軍人だ。個人の都合を優先させることがあってはならない。

 机上に置かれたノート型のパソコンを使って、あがってきたいくつかの報告書を再度確認してみる。ファルタークが消えたあの日、同じポイントで同じ時間に時空震が発生していたことが判明していた。その規模から、最低でも全長一五キロを超える物体が亜空間跳躍ワープアウトしたと軍の技術情報部では推測している。

 おそらくは《モビィ・ディック》だろう。そうなると、《モビィ・ディック》が起こした時空震にファルタークが巻き込まれた可能性も出てきた。最悪のケースは衝突だ。

 しかし、もしそうであると仮定するなら、ファルタークが操縦していた貨物船の残骸が見つかってもいいはずだ。何かが発見されたという報告は、現場からはまだあがってきていない。

 私は深いため息をつくと、無意識に胸のポケットから自身の端末タブレットを取り出して操作していた。これを見るのはもう何度目だろうか。


昨夜ゆうべはご馳走ちそうさまでした。ミハイル星系から戻ったら、また連絡します』


 ファルタークが、あの日の翌日に送ってくれた文字通信メッセージだ。すぐにでも返信したかった。だが、入港手順シーケンスに入った宇宙連絡艇シャトルの規則が、それをさせてはくれなかった。

 ファルターク、お前はいま何処どこにいるのか?


 それからさらに四日後。

 急変があった。トランスキャットⅩⅩⅦが、アイリーンⅣに戻ってきたというのだ。

 第一報を受けて私は心底安堵あんどした。だが、第二報を持って執務室に飛び込んできたエレオノーラ・ヴィルタの表情は、混乱と困惑に満ちているようだった。

「トランスキャットⅩⅩⅦは無事に宇宙港ドッキングベイに入りました。ですが、隊長。ですが――」

「落ち着け、エレオノーラ」

 私は副官をたしなめた。

「す、すみません。トランスキャット社所属の小型宇宙貨物船コンパクト・カーゴ、通称『トランスキャットⅩⅩⅦ』は、本日一八〇三時、アイリーンⅣの第三宇宙港ドッキングベイに無事に入港しました。しかしながら、乗員の姿は確認できていません。船には誰も乗っていなかったそうです」

「誰も乗っていない? 自動操縦オート・パイロットで戻ってきたというのか?」

「はい。アーシェス・レーン中尉の姿は何処どこにもなかったそうです。船体、輸送コンテナ、コンテナ内の積荷つみにを含むその他のものについての異常は見つかっていません。レーン中尉だけがいなかったそうです」

「なぜだ?」

「わかりません。ただ、いくつか不可思議ふかしぎな点も報告されています」

「不可思議な点?」

「はい。トランスキャット社の従業員が確認したところ、トランスキャットⅩⅩⅦの船体が綺麗きれいすぎるというんです」

綺麗きれいすぎる? どういうことだ? もっとわかりやすく言えないのか」

 私はもう一度エレオノーラを叱った。

「だって……他に言いようがないんですよ、隊長。オンボロだったトランスキャットⅩⅩⅦが、ピカピカになって戻ってきたそうなんです。機体番号も何もかも同じなのに、あったはずのキズやへこみとかがまったくないらしいんです。『いやいや、これは新品だろう』って、その従業員も騒いでいました。そんなことってありますか、隊長?」

 エレオノーラが早口にまくしたてる。そうして、私をさらに驚かせる報告を、森人族エルフの若い女はするのだった。


「トランスキャットⅩⅩⅦの操縦席コクピットに、が置かれていたそうです」

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