第005話 酔 態(ミランダ)

「――おい、ファルターク。ちゃんとんでるか?」

 はいはい、ちゃんと呑んでいますよ。

 すでにらしいアークウェット大尉が、ほんのり赤く色づいた顔でにらんでくる。

 からみ酒だ。うん、だからイヤなんだよ、この女性ひとと呑むのは。素面しらふのときはとても美人だし、できれば一晩お願いしたいくらいなんだけどな。

 アークウェット大尉が、半分目を閉じた状態でこちらを睨んでいる。

「……お前、今、失礼なことを考えていなかったか?」

 ――滅相めっそうもない。

 待ち合わせ場所のレストランで軽い食事を済ませたあと、俺たちは薄暗いバーの片隅で、向かいあって酒を呑んでいた。軽い食事といっても、アークウェット大尉はそこでもワインを一本けているんだけどな。まったく、どこまで底なしなんだよ。

 アイリーンⅣはスペースコロニーとしては古くて、五本のリングドーナツの中に合わせて七万人ほどの人が住んでいる。地上のひとつのシティに匹敵する人口だ。だから必要な施設は何でもある。生活に衣食住は欠かせないから、デパートやレストランの数も多い。もちろん、お酒を出す店もだ。

 この店もそうしたもののひとつなんだけど、あまり流行はやってはいないのか、客の数は少ない。一〇人ほどがすわれるカウンター席と、奥に大小ひとつずつのボックス席。俺たちがいるのは、店のいちばんすみにある小さなボックスだ。ガラステーブルをはさんで、一人掛けの洒落しゃれたソファが置かれている。スローテンポなBGMの音量ボリュームも、低く抑えられていた。

 レディーファーストで店にはいると、俺は彼女を連れてすぐにカウンター席に行こうとしたのだけど、ここが空いていることを見つけたアークウェット大尉に腕を引っぱられる形でぎゃくに連れてこられた。それなりにかっこよくエスコートしたかったんだけどな。まあ、いいか。

「――なあ、ファルターク。さっきも話したが、お前、本当に軍に戻ってくる気はないのか?」

 アークウェット大尉は、グラスに残っていたウイスキーをぐぐっと呑みほすと、レストランで終わった話を蒸し返してくる。本当にからみ酒だ。

「ええ。どう考えてもダメでしょ、この腕じゃ」

 俺は右手を軽くあげてみせた。コンテナを運ぶ小型宇宙貨物船コンパクト・カーゴと違って、戦闘艇ファイター操縦桿そうじゅうかんには指先にあたる部分にもいろんなスイッチがついている。義手だと、それが上手く扱えない。

 手をあげたついでにウエイターを呼んで、新しいグラスを二つ頼む。大尉も同じものでいいですよね? え、チーズを追加? じゃ、それもあわせてよろしく。 

「だが、それ専用の義手だってあるんだぞ?」

 背中をソファに預けながら、アークウェット大尉が続けた。

「試してはみましたよ。だけど、頭の中で考えているタイミングと実際の動きとじゃ、どうしても遅延ラグができてしまうんです」

「そうか……なら、内勤でもいいぞ。なんなら私のひ――いや、なんでもない」

 彼女が何を言うつもりだったのか少しだけ気になったけど、とりあえず無視することにした。秘書とでも言おうとしたのかな。

「大尉の下でずっとパイロットばかりしてましたから、書類仕事なんかムリですよ」

「私のせいだと言うのか?」

「いや、そういうつもりでは……」

 あるんだけどな。

「それとファルターク。その『大尉』という呼び方はそろそろ何とかならんのか。私はもうお前の上司じゃないし、私にだって名前くらいはあるんだぞ」

でここまで俺を引っぱってきたのは、いったいどなたですか?」

「それはそれ、これはこれだ」

 そんな理不尽りふじんな……。

「じゃあ、どうお呼びすればいいんですか?」

「…………ダだ」

「だだ?」

「ミランダだ!」

 いきなり呼び捨てになんてできるかよ、恋人でもあるまいし。誰だ、に酒を呑ませたのは。

「……ふん、まあいい。それでお前は、これからどうするんだ?」

「どうするとは?」

「いつまでも小型宇宙貨物船コンパクト・カーゴの一人船長をやっているわけにもいくまい。ずっと飛び回っているから住む家もないんだろう?」

「まあ、そうですね。会社の宿舎にまるか、貨物船カーゴの中で寝るかですから……」

 あらためて考えてみると、おぼえているかぎりじゃ、生まれてこのかた自分の家ってものに住んだことがないな。赤子だった頃は知らないけど、母親が図書館に務めていた頃から教会の一室に住んでいたし、入隊してからはずっと官舎だったし。

「結婚したり、子供ができたりしたらどうするんだ?」

「どちらも予定はないですね。大尉こそどうなんです? もういいとし――」

「誰がいい老齢としだ? それに大尉と呼ぶなと言っただろう。ミランダと呼べ、ミランダと!」

 早口でまくしたてたあと、ちょうどウエイターが運んできた新しいグラスを強引に奪いとる。それをまたぐぐっと呑んでから、

「まあ、家がなくても、貨物船カーゴの中で二人で暮らすというのも、案外いいかもしれないな。子供ができたら――そのときに考えればいいか。だが、せまい空間でずっと顔を突き合わせている状態というのはどうなんだろうか。息苦しくはならないだろうか。喧嘩なんかしたときには……なあファルターク、どう思う?」



 あの……話が見えないんですけど、大尉。だから俺の話を聞いてください。

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