第10話 僕は誇らしく思う

 夜も更け参列者が去り、佐野家ゆかりの親族だけになると、彩子さんの周囲はザワザワとした雰囲気になった。主に、彩子さんの思い出話で満ち満ちている。葬式とは、もっと静かに故人を悼むのかと思っていたが、どうやらこういう物らしい。

 僕は独りで線香番をしながら、彩子さんが子供の頃にやった悪戯や、産まれた時のエピソードなどに耳を傾けていた。

 しかし、それ等の話題は数時間で尽きてしまい、線香番の僕に声が掛かる。

「金子市に行ってからの事を一番知ってるのは、彩子の恋人だろう」

「そうだそうだ、彩子の話を聞かせてくれよ」

 誰だか判らないけれど、親族の人からの要望だ。なので話してみる事にした。

「僕は高校生の頃、アルバイト先で彩子さんと出逢いました。彩子さんは大人の女性だから憧れたし、格好が良い探偵で、そのうえ僕の試験勉強まで見てくれる――とても優しかったんです。僕はそんな彩子さんに好意を抱き、押して押して押しまくっての同居が始まって今に至るという感じでしょうか。今も彩子さんは僕のパートナーであり、掛け替えの無い存在で、感謝してもし切れない。恩返しは、まだまだ出来ていないんです」

 そこから先は「どんな風に暮らしてたの?」とか「楽しかった思い出は?」など質問責めになる。僕が困っていると、彩子さんのお父さんが助けてくれた。なので、また線香番に戻る。もくもくと上がる線香の煙をじっと見ていると、彩子さんが亡くなった時の魂に見えてきた。

(もしかして本当に彩子さん……!?)

 近づき過ぎて肺の奥まで吸い込んだら、見事にむせてしまった。

(彩子さんが生きてたら、『バカだねー、翔!』って笑うだろうなぁ)

 僕は棺桶の中の彩子さんを見る。安らかな表情は、当然動くことなくそのままだ。寂しいので再び肩に触れる。そんな事を一晩中繰り返した。


 翌日は告別式。

 式自体はお通夜とあまり変わらないが、決定的に違うのは棺桶に蓋が打ち付けられる事と、火葬場に行く事だ。

(蓋をしたら触れない。火葬の後は彩子さんが骨だけになってしまう)

 我侭と判っていても、あと少し、もう少しだけ彩子さんの姿をこの目で認識していたい。だから、棺桶の蓋の時も、火葬炉の扉が閉まる時も、自分の感情を抑えるのに必死だった。

 火葬の間、親族は待合所に居るのが普通だ。でも僕はそこを抜け出し、火葬場の脇に佇む。彩子さんが出す煙の一部が、僕に貰えたら嬉しいと思って。

 僕は時間を見計らい親族の元へ戻る。そうしたら丁度火葬が終わっていて、彩子さんのお骨が火葬炉から出てくる所だった。

 そこで見た彩子さんのお骨は、あまり原型を留めていなかった。太い筈である大腿骨が酷くスカスカで、頭蓋骨は紙のようにペラペラ、咽喉仏も変形している。モルヒネを多用していたせいだと誰かが言った。こんな風になるまで頑張っていた彩子さんを、僕は誇らしく思う。

 そこに、「あ」という声が聞こえてきた。お骨を拾うにも脆過ぎて取り落としてしまったのだ。僕も隣の人と一緒に箸で持つが、確かに崩れそうになる。でも僕が落としてはならないと非常に緊張した。

 お骨を拾い終ると、目の前には白い遺灰だけが残った。火葬場の担当者は小さな箒で遺灰を掻き集め、骨壷の中に掃いていく。

 その骨壷は布で包まれ、箱に入れられ、更に白いカバーを被される。彩子さんのお父さんは、僕にお骨を持つよう言ってくれた。なので、ご実家まで彩子さんを抱きしめて戻る。僕の腕の中に居る彩子さんは、何よりも大切な存在と思えた。

(お骨になっても、彩子さんと一緒に居たいという気持ちは変わらないな……お骨を祭壇に安置したくない、このまま連れて帰りたい……)

 僕は移動用のマイクロバスの中で、ぼうっと考えていた。無理矢理やろうと思えば可能な事だ。

 でも彩子さんは僕だけのものでは無い。ご両親とご姉弟、その他の親族も居る。みんな死を悼んでいるのに、僕が勝手な事をしたら悲しみが増えるのみだ。

(じゃあ僕がこの街に越してくればいいのか……? いや、それも厳しい……)

 金子市には彩子さんと出逢ってからの、ほとんど全てが詰まっている。二人で暮らしていた部屋だって絶対に手放したくない。それには僕が金子市に戻り、今まで通り働く必要があった。なので衝動に耐えて、お骨を祭壇へと安置する。

 それから僕は、彩子さんのご両親のもとへ行き、挨拶と謝罪をした。

「……では、そろそろ戻ります。この度は本当に申し訳ありませんでした。僕が病気に気づいてさえいれば――」

「翔くんが一番悲しいんだから、そんな風に言わないでいいのよ……!」

「どうせうちのバカ娘の事だ、翔くんの事も騙してたんだろうよ」

「はい、すっかり騙されてました。優しさしか無い嘘でしたけれど」

 ぺこりと頭を下げた僕は、ご両親から今後の日程を聞かされる。四十九日まで、週末ごとに法要をするらしい。是非とも参加をと頼まれ「もちろんです」と返答した。

 それから彩子さんに挨拶して、お骨の入れ物に触れ、金子市へ帰る。

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