第4話 本気の浮気

「兄さん、それ絶対浮気だよ!」

 僕が事情を話したところ、開口一番で空太が言った台詞はコレである。

「いや、彩子さんに限って浮気なんか……」

「だっておかしいと思わない? 出張が多かったし、長期の一人旅もあったし、身体の関係も無いし、些細な喧嘩でそこまで怒るのも変だ。絶対に他の理由がある」

「……そうかなぁ」

「そうだよ!」

 空太は料理そっちの気で、いかに彩子さんの行動がおかしいかを指摘している。でも僕は過去の彩子さんの行動を全部納得していたし、最後の喧嘩ですら自分が至らないという感想しか持てなかった。

「兄さん、興信所を使って佐野さんの浮気の証拠を掴もう。それで慰謝料を請求して別れればいいよ」

「いや、彩子さんを疑う事は、したくない……」

「甘過ぎるよ!」

「……もしも彩子さんが浮気していたとしたら、きっと僕が色々と足りなかったせいだろうな。一回り以上年下だしね……でも、もしも別れるのなら、相手の人には会ってみたいな。彩子さんが幸せになれそうかどうか、安心したいから……」

 空太は深い溜息をつき、自分の携帯を取り出す。そして、どこかへ通話を始めた。

「あ、横島さんですか。佐野さんは居ます?」

「えっ!? ちょっと、空太!」

「あー……今は接客中ですか。ちなみに昨日は出勤してました? 一昨日は? ……なるほど。あ、いえいえ、ちょっと気になったもので。では」

 ピ、と空太が通話を切る。そして携帯をじっと睨んでから僕を見つめた。

「佐野さん、少なくともここ数日は事務所に行ってないね」

「えっ!? 横島さんがそう言ってたの?」

「いや、来てるって言ってたけど。あの人、嘘つくの下手だよ。すぐ判る」

 確かに横島さんは実直というか、空太が言うような雰囲気を持っている。

「……じゃあ彩子さんは、毎日どこへ行ってるのかな……」

「だからそこで浮気相手が出て来るんだよ。兄さん、興信所が嫌なら、これから家捜ししよう。いくら佐野さんが探偵事務所の所長とはいえ、何か証拠が出て来るかも」

「あー……空太、ごめん。探すのは自分でやってみるよ。それでも解決しなかったら、また相談していいかな?」

「……まぁ、兄さんがそう言うならいいけど」

 この状態の空太と彩子さんが家で鉢合わせしたら大変な事になりそうだ。僕は空太に言い訳して、その場を収める。

 それから僕は、あまり味のしない料理を食べて、空太と別れ――酷い気分で家まで帰った。


「ただいまです……」

 玄関のドアを開けると、珍しく居間に灯りが点っていた。彩子さんが帰っているのだ。僕は廊下を走り、居間に向かう。

 そこでは険しい表情をした彩子さんがソファに座っていた。腕組みもしているので余計に怖い。

「あの……彩子さん」

「翔、話がある」

「はい」

 僕は彩子さんの向かいに腰掛けた。心臓がどきどきしている。何を言われるのか、何を言えばいいのかも解らない。ただ空太の「浮気だよ」というフレーズだけが脳内に残っていた。

 僕が彩子さんの言葉を待っていたら、絶対に聞きたくなかった台詞が聞こえてくる。

「もう翔が嫌になった。別れる」

「ま、待ってください! 僕が悪い所は全部直します、だから――」

「遅すぎ。実は次に身を寄せる場所も決めてあるし」

「……もしかして浮気ですか?」

「違うね、本気だよ」

 彩子さんは、ハッ、と僕を見下すように鼻で笑う。僕は怒りと悲しみで一杯だったが、ふと空太に語った事を思い出した。

「彩子さん、お相手の方と少し話をさせてください」

「何か危害でも加える気?」

「違います。僕が言える立場じゃ無いのは重々承知、その上で……彩子さんのお相手を見て安心したいんです。彩子さんが幸せになれると確信したいんです」

 僕が必死で訴えると、彩子さんは一瞬だけ悲しそうな表情をした。だが、すぐ元の険しさに戻る。僕は彩子さんに頭を下げた。

「僕からの最後のお願いです! どうか叶えてください……!」

「……ダメ。万が一、翔が暴走しないとも限らないし、相手だって元彼の顔なんか見たくないに決まってるでしょ?」

「そ、そうですよね……すみません」

 そこから気まずい沈黙が流れた。それを破ったのは僕だ。

「彩子さん、いつまでここに居てくれるんですか?」

「気分次第だね。すぐ出てけと言うのなら、そうするけど」

「いえ、いつまでも居てくれていいんです、出来ればその方向でお願いします……!」

 僕は馬鹿だ。浮気しても堂々としている彩子さんに対し、まだ縋ってしまう。

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