[8] 緊急

 今日はもう仕事はないだろうと夕方前、事務所で1人アイスをがりがりかじっていたら、固定電話が不穏な音をたてる。ゾンビ対策課からの連絡。

 嫌な予感がしつつもとりあげれば、いつものタジマくんで

「緊急出動を要請します。人数は多い方が助かります」

「残念ながら他はちょうど出払ってて動けるのは俺1人だけなんだけど」

「仕方ありません。ゾンビ駆除装備を整えた上、寄松駅前交差点まで来てください」


 緊急出動とは警察側からのゾンビ駆除業者への支援要請のうち緊急性の高いものだ。

 他の場合なら都合が悪ければ他所に仕事がまわるだけだが緊急出動は違ってくる。できる限り急いで来て欲しいという話。

 要請を断ることに罰則は設けられていないとはいうものの、なるべく従った方が警察の心証がよくて、心証がよければそれだけ仕事もまわしてもらいやすくなる。ので、こちらとしても断る理由はあんまりない。


 話した通りに俺1人しかいないけど、軽トラにゾンビ駆除装備一式を詰め込む。ゴーグル、マスク、軍手、さすまた、金属バット。それから単独での戦闘も考えて盾と警棒も用意しておいた。

 事務所のホワイトボードに『寄松駅前交差点緊急出動』と走り書きしてから出発。目的地まで車でだいたい20分といったところ。このあたりでは人通りの多い場所。

 詳しい話は聞いていないがそんなところでゾンビが発生したとすればちょっと危険な状況だろう。若干めんどいなと思うがそれが仕事というものだ。


 現場についたらパトカーが道を封鎖していて、それを遠巻きに通行人が眺めていた。立ち止まる人もいれば、そのままちらちら見つつ通り過ぎる人もいる。人だかりというほどのものはできていない。

 こちらを止めた警官とはお互い顔見知りだったが一応ライセンスを提示。しっかり確認の上、封鎖された内側の駐車スペースへと案内された。

 こういう際、基本的に警察が封鎖、ゾンビ駆除業者が駆除を担当することが多い。民間人に危ない方をやらせるのかという意見もあるかもだが、そっちの方が慣れているのだから自然な役割分担だ。


 軽トラを駐車した近くに屋根だけテントが張ってあって遠目に目立つ巨漢の男が座っていた。

 ゾンビ対策課課長。もとは警察内でどんな仕事をしていたかは知らないが、おそらく随分と荒っぽいことをやっていたものと思われる。

 部下には厳しいようだがこのあたりのゾンビ駆除の元締めといえる存在でとても頼りになる人だ。こわもて髭面おじさんに挨拶すれば、だいたいの状況を教えてくれた。

「よく来てくれたな」

「どういう状況っすか」

「数は3、それもいきがいいやつらだ」


 ゾンビの強さを決めるのはもとになった人間の身体能力とゾンビになってからの活動期間である。元が強ければ強いゾンビになるし、新鮮なゾンビはそれだけ能力の低下が小さい。

 駆除界隈において『いきがいい』とは、ゾンビになってから期間が短く、劣化がほとんど進行していないという意味だ。要するにまったくもってうれしい話ではない。

 一方ここは市街地だ。警察によって封鎖されているがどこからゾンビが出ていくものやらわからないし、長々と封鎖しているわけにもいかない。なるべく早く始末をつけたいところ。


「単独でも駆除できるよう準備はしてきてます」

「慌てるな。お前のとこだけじゃなくて方々に出動要請出してんだ。そろうまで待とうぜ」

「了解しました」

 自分で提案しておいてなんだが断られて助かった。

 ゾンビ駆除は2人1組が基本だ。1人が抑えて1人が潰す。その役割を1人で担うことも不可能ではない。盾で抑えて警棒で潰す。

 ただし駆除成功確率はどうしても落ちる。俺だって対戦経験はあるが決してすすんでやりたいものではない。


 共通の趣味の格闘技観戦の話をしてたら続々と駆除業者が集まってきて10分後には俺を含めて9人となった。

 ここらで一番大手の糸原さんところから3人、全国展開してるスピード駆除から2人、残りは俺みたいなちっちゃなところから1人ずつ。時間帯を考えればまあまあ集まった方だ。

 課長はこれで十分だと考えたのだろう、業者たちに現状と対策を告げた。

「関係者による証言では20前後の健康な男子3名がゾンビ肉を摂取しその場でゾンビ化した。彼らは元より運動能力に大きな問題はなく、またゾンビ化したばかりで能力の低下もほとんどないものと思われる。市街地のため長期封鎖は難しい、短期に決着をつけることが理想的だ。ゾンビが逃げることのないよう、また民間人が入ってこないようきっちり封鎖しておくから、駆除業者の面々には速やかな駆除の達成を願いたい。以上」


 ゾンビ肉はそのままゾンビの肉のことだ。それを摂取することで高確率でゾンビ化すると言われている。入手はそこまで難しいものでもない、ネット通販でも手に入るとかなんとか。

 若者の間で度胸試しにそれを食うやつらがいるという話は聞いたことがあった。まさかとは思っていたがそんなバカなことをほんとにやるやつがいるのだなと驚いた。

 元が20前後の新鮮ゾンビはいつも相手をしている独居老人ゾンビとは感覚がまったく異なる。場所についても大概屋内で動いているから屋外での活動というのは勝手が違ってくる。

 予想してたよりずっと面倒な仕事かもしれなかった。

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