[9] 市街
課長は9人を3人ずつの3チームに分けた。俺は寄せ集めグループに入る。
グループリーダーはハラグチさん。俺より年上で発生当初から駆除をやっていて経験を積んでいる。ゾンビを感知するのが抜群にうまい人だ。
ハラグチさんが先頭でさすまたを構える。俺がそのすぐ後ろで同じくさすまた担当。初対面のまだ経験が浅いというトダくんには最後尾でバールを装備させた。
さす2、鈍1の3人体制ゾンビ駆除の標準的な隊列というやつだ。
若者らは最初ドラッグストアの裏口付近でゾンビ肉を摂取したそうだ。その腐った肉を飲み込むなり彼らはみるみるうちに変貌していったらしい。
それを見ていた仲間たちはすぐに逃げた。実にかしこい選択だ。ただし真にかしこいものはそんなバカげた遊びに関わらないだろうが。
ゾンビがいまだにその場所にとどまっている可能性は低い。発生地点を中心に警察は市街地の封鎖を行っている。俺グループは封鎖区域のおおよそ東側の探索を担当することになった。
ハラグチさんの探索はまさしく職人技で余人には少々理解できないところがある。すくなくとも俺は何度か彼の探索に付き合ったことがあるがどうしてそれで見つけられるのかよくわかっていない。
前にも言ったがゾンビを遠距離から察知するには嗅覚と聴覚の利用が必須である。嗅覚で腐臭を、聴覚でうめき声を受けとって、それらを総合してだいたいの位置を探っていく。
多分だけれどハラグチさんは特別に耳がいい。自分自身うーうー低くうめきながらゾンビの存在を探索する。あるいはそれでもってゾンビを誘い出しているのかもしれない。
噂によればハラグチさんはゾンビ言語を理解しているらしい、がさすがにそれは眉唾だと俺は思っている。
閑散とした商店街からすいすいと細い路地に入る。周囲に気を配りながらそのあとをついていく。唐突に先頭を歩くハラグチさんは立ち止まると、こちらにも手で制止を呼び掛けてきた。
確かにいるとその時点で俺にもわかった。
ビルとビルの間の狭い路地、夕日が差し込んでその顔がはっきり認識できる。肌の色に変化はほとんど見られない。けれどもその目は虚ろで何も映してはいなかった。
ハラグチさんが走り出す。ここで交戦するのはまずいと判断したのだろう。2人ならんで歩くには狭い路地、同時に動けばつっかえる可能性がある。
こちらから来ると思っていなかったのかもしれない。ゾンビは不意をつかれて硬直した。ハラグチさんは路地から飛び出ると腐りかけた肉体へ斜めにさすまたを叩きつけた。
ゾンビは反抗する、さすまたから逃れようともがく。次いで路地から飛び出した俺が左足のふももの付け根を押さえつけた。地面にぬいつけられてゾンビの動きが止まる。
トダくんの名前を叫んだ。
抑えつけたが油断してはいけない。ゾンビは瞬間的なバカ力を発揮することがある。最後の瞬間まで気を抜いてはいけない。
遅い。いつまでたってもトダくんがやってこない。振りかえる。路地の途中で彼は呆然と立ち尽くしていた。もう一度名前を叫ぶ。びくりと肩を震わせる。ようやく彼は動き出した。
最後にちょっとしたトラブルはあったものの問題なく頭を叩き潰してゾンビは無力化された。終わったんだと伝えるようにトダくんの肩をぽんと叩けば、彼はバールをその場に落として脱力した。
ぎりぎり及第点といったところだろう。
俺とハラグチさんできっちり死亡を確認してから本部に連絡。後処理班が来るまでその場で待機の指示。一応周囲に気を配りつつベンチに腰を下ろして休むことにする。
トダくんはゾンビの傍で呆然とそれを見下ろしていた。が、しばらくしてからいきなり、俺とハラグチさんに向かって勢いよく頭を下げてきた。
「すみません! 自分、今日みたいなゾンビと戦うの初めてで、いつももっとゾンビみたいなゾンビで、それでなんかためらってしまって、ほんとすみませんでした!」
「気にすんな。何事もなくすんだんだからよ。この仕事つづけてりゃいやでもなれるさ。いろんなことに」
「はい! ありがとうございます!」
言いながら俺は自分の新人の頃を思い出していた。
彼なんかよりずっとひどくてばりばり怒られたなあ。俺のせいで先輩がゾンビ化しかけたこともあった。実際にゾンビにはならなかったのでよかったが。
トダくんのところだとサハラとか厳しいんだろう。命かけてる仕事だからある程度きちんとやんないとヤバいことになるし、それでいいとは思う。
まあ他所の新人のことだ。そこまで気にかけることじゃあない。
後処理班が来たので交代で本部に戻る。
戻ったらちょうど他の班から駆除の報告が来る。もう1つの班もゾンビ追跡中、袋小路に追い込んだので駆除は時間の問題とのことだった。
無事に暗くなる前に3体のゾンビを駆除完了、その場で解散となった。警察からの緊急要請だからといって直で料金が支払われる、なんてことはない。普通に後で振込の形。
とにかく風呂に入りてえな、風呂から上がったら酒飲みてえなと考えながら俺は軽トラを走らせた。
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