[6] 事例
50代男性P氏の事例。A区郊外、4月中旬、天気は晴れ。
ここまで聞いた時点で思い出す。去年そんなような事件があった、多分あれだ。地方ニュースで取り上げられてた、詳細は知らないが。
P氏は所有する空き家の清掃に訪れたところゾンビと遭遇した(住み着いた浮浪者がゾンビ化したものと推測される)。その時確認できたゾンビは2体。
即座に屋内から脱出し入り口を施錠した。幸いなことにそれ以外の部分は開けていなかったのでゾンビを空き家の中に封じ込めることに成功する。
この時、P氏が駆除業者に連絡すれば話は無事に終わったのだろうがそうはいかなかった。
彼は自らの手でゾンビを処理することを選択した。理由は定かではないが、自分でもできることをわざわざ金を払って他人に頼むのに抵抗がある人は一定数存在するものだ。
またゾンビに出くわした時の反応は大きく2種類に分けられる。恐怖するか案外大した事なさそうだなと思うか。彼の場合は後者だったのだろう、ゾンビを侮った。
状況を再確認しよう。P氏所有の空き家内に推定2体のゾンビが生存している。きちんと施錠はされており逃げ出す心配はない。
一旦現場を離れ約2時間後、彼は再び戻ってきた。
後に近親者に聞いたところによると空き家は特に使い道はなく時機を見て取り壊す予定であった。ゾンビを駆除したとしてもその後の清掃が面倒だと彼は考えたのだろう、家ごとゾンビを処分する方法を思いついた。
P氏は家ごとゾンビを燃やすことにした。
ちなみに自身の所有する、だれも住んでいない家に放火するのは、場合によっては罪に問われるが、これはゾンビ駆除に関する事例の検討なので、法律的部分には深くは立ち入らない。
実行の前にP氏は100Mほど離れてたっている隣家の住人に事情を説明した。こうして彼の行動について記録が残っているのは隣人の証言によるところが大きい。
P氏はまず家の外周に沿って灯油をまいていった。それからマッチでもって新聞紙に火をつけるとまき散らされた灯油に向かって放り投げた(新聞は購読しておらずこのために買ってきたという話)。炎は最初ゆっくりと広がっていったが、次第にその速度を増していき、最後の3分の1は一瞬にして空き家を包み込んだ。
火をつけた直後P氏は持ってきていた消火器を構えていたものの、しばらくすると緊張を解いて消火器をその場に置くと、あとはぼんやり燃えていく家を眺めていた。消火器1本ではどうにもならなかったと思うが、その場合は消防車を呼ぶつもりだったのかもしれない。
これは完全に推測になるがP氏は先に家の中のゾンビが焼け死んでしまってその後で家が燃え尽きると考えていたのだろう。確かに普通の人間が閉じ込められてたとすれば多分そうなる。
けれどもゾンビは違った。
彼らはいくつかの機能を失っているだけに人間よりも単純にできていて生存力が上昇している。常人だったらとっくにくたばっているだろうというような状況でも案外生き残ることができる。
実際このケースでは外壁の崩れたところから瓦礫を乗り越え燃えさかるゾンビが現れた。炎にまみれながらも彼はその歩みを止めることなくP氏へと襲いかかった。
近接戦の準備を全くしていなかったP氏はそのままゾンビに組みつかれて燃えながら食い殺された。消火器を上手く使えば時間は稼げたかもしれないが突発的な事態に対応するのは難しい。
ちなみに隣人は炎の中で何かが揺らめいたように見えた時点で距離をとっていて、無事に逃げおおせることができた。その後は彼の通報により警察と消防がかけつけ事態は収拾した。
以上がゾンビに火攻めを仕掛けて失敗した事例である。
ゾンビに火攻めが有効かというと燃やし尽くせば活動を停止することは確認されている。けれどもしっかり焼き尽くさないとこの事例みたいにまだ動くし、頭をつぶした方が手っ取り早いからあんまりおすすめできる方法ではない。
というか家を処分するにも燃やしてしまうのは面倒で、それできれいさっぱり消えてしまうわけではないし、延焼の危険性を考えればとても現実的とは言えない。ちゃんとした準備を考慮するとゾンビ駆除、清掃、解体の手順を踏んだ方が多分安上がりだ。
ではこうした依頼が回ってきたら駆除業者はどう対応するのか。
屋内に複数のゾンビが発見された場合(この事例では後で警察が確認したところ3体のゾンビが潜んでいた)、できる限り中に踏み込むのは避けたいところだ。ごちゃごちゃした戦いになって接近を許す可能性がある。
ひとまず入口だけ開けておいて待機策をとることになるだろう。
ゾンビは生者の匂いに誘われるから、出てきたところを1体ずつ丁寧に処理していく。基本的にゾンビは仲間がやられたからといって警戒するようなことはない。運がよければその出待ち作戦で殲滅することができる。
残り1体もしくは0体の状況になったらあとは通常通りに2人1組で侵入してゾンビの撃退を行えばいい。
待機策がとれない、またはいくら待ってもゾンビが出てこない場合はどうするか。
僕だったら無理はしない、警察に連絡する。報酬はなしになるができない仕事で無理して失敗すりよりそっちの方が余程ましだろう。
適材適所。
なんでもかんでも他所に放り投げればいいというものではないが、自分の領分を超えるようならあっさり投げ捨ててしまえばいい。そのあたりを上手に見極めるのもゾンビ駆除業を長くつづけるコツなのかもしれない。
そんなようなことを感想欄に書いて提出する。講習会は終了した。
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