[5] 講習
講習会に参加する。
資格の更新のために必須というわけではない。けれども警察のゾンビ対策課や同業者たちと交流できるのがありがたい。それからまだ新しく変化の激しい業界である。生き残るには常に情報をアップデートしつづける必要がある。あとはまあ講習会の後に飲み会があるというのも参加する理由の1つだ。
寄松署内の会議室、長机1つにパイプ椅子2つ、それが10セットでだいたい20人ほどが集まっている。
清掃業者のスズキくん発見。遠いのでその場で会釈だけ交わす。あとで飲み会の時にでも話すとしよう。
知ってる顔と知らない顔が半々ぐらい。やめる人も多ければ、入ってくる人も多いからそんなもんだろう。
なんというか割に合う仕事ではないのである。危険もそれなりにあるしなにより環境が悪い。決して楽な仕事ではないことは確かだ。
会議室の前方にタジマくんが登場する。対策課の若手でうちなんかの駆除業者に依頼をまわしてくるのはだいたい彼の役目だ。
緊張しているようで動きがぎくしゃくしている。講習を受ける側じゃなくてする側に回るのに慣れていないんだろう。
どうやら今日は課長は不在らしい。その分気が楽だろうがそれだけで緊張が解けないぐらいには思い詰めているのかもしれない。
多分僕だってそうだ。いきなり人前に立たされてなんかためになること話せなんて言われたら非常に困る。
講習が始まった。スクリーンにスライドを表示しつつ、タジマくんが説明を加えていく。
テーマはゾンビ駆除に関する失敗事例。
幸いなことに僕は今まで失敗というほどの失敗は犯していない。まあ失敗の種類によってはこの場にいられなかったわけだが。
ひやりと思ったことが何回があったぐらいだ。いずれも問題には至らずに対処できた。運がよかったのかもしれない。
そもそもゾンビとは何か。
彼らはもともと人間である。ウイルスに感染し発症することでゾンビになった。
その他の哺乳類がゾンビ化した事例もあるようだが、数が少ないのではっきりしたことはわかっていない。哺乳類以外の動物がゾンビ化するかどうかも現時点では不明。
ゾンビの肌は緑に変色していて、また腐臭を放つため区別はつけやすい。人間をエサと認識しているのか、見つけると襲いかかってくる。
彼らの運動能力は半分程度に低下している。脳機能も大半は失われているが、それでも全身に命令を出しているのはそこであるため、頭部を破壊できれば動きは止まる。
正面から一対一で戦ったとすればまずゾンビの側が負けるだろう。ただし接触による感染のリスクが考えられるため人間側は注意が必要だ。
政府の発表によれば今のところゾンビの侵攻は食い止められている。とはいうもののなんらかのきっかけで再拡大する恐れはあり油断はできない。
現在、実際にゾンビの駆除を行っている組織は3つ。
まず自衛隊はゾンビ占領地域の封じ込めにあたっているため、他には手が回っていない。
次に警察は主に市街地での発生や複数のゾンビの出現に対処している。要するに周囲に混乱が起きる可能性がある事例が彼らの領分。
最後に僕たち民間業者はゾンビの数が少なくて周囲に人間がいない場合に駆除の仕事が回ってくる。ニュースにはならないが事例の数だけで言えば一番多いはず。
それらの仕事はきっちり分かれているわけではなくて状況状況によって適当に変化する。警察の仕事に業者が呼ばれることも少なくない。
民間業者はゾンビを駆除することで金銭を得る許可を与えられているにすぎない。緊急の場合に限らずだれでもゾンビを駆除することに法律上は何の問題もない。
ネットで検索すれば『ゾンビを駆除してみた』みたいな動画は見つかるだろうし、『だれでも簡単にできるゾンビを駆除する方法』みたいなサイトも出てくるだろう。それらを見ていれば、ゾンビ駆除にわざわざ業者を頼む必要なんてないじゃないか、と考える人がたくさんでてきても不思議じゃない。
ただちょっと待って欲しい。ゾンビ駆除の成功談と同じくらいに失敗談もあるのだ。基本的にそれらは語られることはない。なぜならその当事者がゾンビになってしまったから。
警察に話が来るのは失敗した場合のみだからどのぐらいの割合で成功失敗しているのかはいまいちわからない。個人的な感覚で言えば5例のうち1例は失敗していると思う。そんなリスクを背負うより業者に任せた方がいいと考えるが、世の中には命より金を惜しむ人がいるのだろう。
素人の失敗事例には学ぶところが多い。
彼らのゾンビ駆除はユニークだ。警察や業者みたいに手順が確立されていないから、その場その場で思いついた方法で対処しようする。
もしかするとそうしたところからまったく新しい画期的な方法が生まれてくるかもしれない。
単純に失敗を避けるもよし、失敗から学んで工夫を取り入れるもよし。より安全でスマートなゾンビ駆除を目指して何か一つでも得られるものがあればいい。
そんなような前置きをしてから、タジマくんは具体的な失敗事例についての説明を始めた。
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