[4] 季節

 あまり言われてないことだが、駆除業者の間ではよく話題になることで、夏のゾンビと冬のゾンビ、どちらがマシかという話がある。ゾンビなんていつでも同じだろうと思うかもしれないが、ほとんど毎日ゾンビと接してるとその微細な違いがわかるようになるのだ。


 夏のゾンビは動きが活発だ。春秋と比較して平均10%ほど移動速度が上がっている、ような気がする。それでも人並みには程遠いから、油断してない限り問題はない。ただし夏の初めごろ、うっかりそのあたりを計算に入れ忘れると足をすくわれることになるので要注意だ。

 かわりに夏のゾンビは活動期間が短くなっている。湿度の高い日本の夏では単純に腐敗の速度が高まる。いくらゾンビが腐っているといっても完全に腐ってしまってはおしまいだ。活動停止に至らなくてもそれに近づくほど身体能力は落ちる。故に場合によっては持久戦も選択肢に入る。


 対して冬のゾンビは動きが鈍い。関節がかたまっているのかいつも以上に動作がぎくしゃくしている。さすまたでもって簡単に拘束できるし、鈍器を頭にぶつけるのも楽ちんだ。障害物を乗り越える力も落ちるので行動範囲が狭まってるのも助かる。

 厄介なのは夏と違って活動期間が延びることだ。冬のゾンビが腐りきって活動を停止するのはほとんど期待できない。放っておけば平気で冬を越えて春まで動き回っていると思う、駆除してしまうので詳しくは知らないことだが。時間経過による能力の低下もほぼほぼ見られない。


 このような書き方をしていると夏冬どちらがマシか人によって意見が分かれるみたいに聞こえるかもしれないがそんなことはない。駆除業者の間では冬ゾンビの方がマシで夏ゾンビは面倒だという意見が圧倒的多数を占めている。ちなみにかく言う僕も冬が楽派である。


 夏は暑いし臭い。

 ゾンビ駆除業者の基本装備はつなぎ上下に手には軍手、目にはゴーグル、口と鼻にはマスク、足元はもちろん靴下とほとんど肌を出さないようになっている。安全上の問題で暑いからといってそれらを脱ぐのも難しい。

 もちろんそうした装備をきちんとそろえていれば絶対に安全だ、ということはない。けれども話に聞く事故の事例の大半は気のゆるみからくる装備不足に原因がある。できる範囲でリスクは減らしておきたい。

 腐敗が進行するということはその分だけ匂いも強烈になることを意味する。マスクは一応匂い対策も兼ねているわけだが、夏のゾンビはそんなもの余裕で突き抜けてくる。

 普段使っているマスクは市販の使い捨てのやつだから、それのグレードをあげてやればいくらか問題は解消するかもしれない。けれど現状用は足りてるわけで民間で高性能なマスクを使ってるとこはない。


 屋内でゾンビが発見された場合は移動範囲を狭めるためにしめきっていることも多い。夏の暑い最中そんな状況でゾンビと格闘戦を繰り広げるのはまったく地獄というほかない。

 ゾンビの放つ腐敗臭にまみれながら、その匂いを無視することはできず逆にもっとも強く匂いを放っている場所を追い求め、ゾンビを発見すればその匂いの発生源と正面から向き合い、そして頭をつぶしたらつぶしたで最大限に濃縮された腐敗臭が肉片と体液とともに飛びかかってくる。

 思い出しただけで若干吐き気が込み上げてきた。よくこんな仕事つづけられてるなと我ながら思う。


 新人を研修するなら冬から始めるべきだ。

 先も言ったように冬の方がゾンビを捕獲しやすい。そこから暖かくなるにつれてゾンビの活動は徐々に活発化していく。半年もやってれば夏ゾンビにも対処できるようになっているだろう。

 まあ採用、講習、即現場の業界でそんな甘いことは言ってられんわけだが。

 もしも自分からゾンビ駆除業に携わりたいというような奇特な人がいるなら、思い立ったが吉日ではなしに、参入のタイミングを少し考えてみるのもいいかもしれない。


 日本の話ばかりしてきたが世界のほかの地域ではどうなのか。

 熱帯はさらに腐敗が進行しやすい。匂いも強烈で発見は容易だという。また活動期間が非常に短いから、封じ込め策も有効らしい。監禁しておけばそのうち勝手に死滅するというわけだ。

 ただウイルスの感染力も上がってるらしくてそもそもゾンビ自体が発生しやすい。つまりは日々たくさんのゾンビが生まれては死んでいく、おおよそそんな状況なんだそうだ。


 乾燥帯はゾンビにとって天国だ。腐敗の心配は少ない一方、関節が固まって動きづらくなることもない。砂漠には常に一定数のゾンビがさ迷い歩いているという話。

 けれどもゾンビにとっても食料を見つけるのは大変な環境だから、さまよい歩いてそのまま死に絶えるゾンビは決して少なくない。人間にとって嬉しいのはゾンビが死んでも腐敗臭がほとんどしないことで、そのまま放置されているそうだ。いつかは砂に還るのかもしれない。


 日本より寒い地域ではどうかというと、ゾンビの活動は総じて鈍い。匂いの問題も多くないそうで、じゃあゾンビなんてまったく危険でないかと言えばそんなことはない。

 ゾンビは保持エネルギーが減少していて、かつ周辺の温度が0度を下回る場合、冬眠状態に入ることがある(詳しい条件は不明)。そしてその眠ったゾンビは食料が十分に接近すると目覚めて活動を再開するという。

 寒帯では「こんなところにゾンビなんておらんやろ」と思っていたところにゾンビが眠っていて、出会い頭に噛みつかれて感染するという事例が多いようだ。おちおち外も出歩けない。


 ざっと触れていったがだいたいネットかテレビか同業者との世間話が元ネタだから、間違ってるところや取りこぼしているところもあるはずだ。まあ世界中どこでもゾンビは進出しているし、それで困っていない地域はないというのは、そんなに外れた言説ではないだろう。

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