[3] 消毒

 依頼が入ってないので道具の整備。

 いざという時になって使える道具がないと困るし、洗い物をあんまりためすぎると面倒だ。なにより匂いがひどいから道具は定期的に消毒してやる必要がある。

 きちんとゴム手袋をつけてバケツたっぷりに塩素系洗剤をだいたい100倍ほどに希釈する。いらない布にしみこませたらゾンビの血液が付着したであろう部分を拭いていく。


 まずは昨日仕事が終わって軽トラの荷台に放り込んだままのさすまたと金属バットから。ゾンビに直接触れてるわけだから一番危険性が高い。

 それから順次、汚染されてそうなところを消毒していく。可能性を考えればトラック丸ごと洗浄する必要があるがさすがにそれは面倒くさい。年1の大掃除の時にでもする予定。

 政府が出してるガイドラインではさすまたなどの装備品は使用後の消毒を徹底するよう呼びかけている。他については方法を提示しているが具体的な頻度は記述されていない。


 ゾンビ化にはウイルスが関係しており、感染者つまりはゾンビの体液が外傷や粘膜などを通じて体内に取り込まれることで、感染すると考えられている。

 もちろん感染したからといって必ず発症するわけではない。

 当人の免疫状態に左右され、健康な成人であればゾンビ化ウイルスが少量体内に侵入したところで、ゾンビ化を免れるらしい。専門家ではないので詳しいところは知らない。

 発症を抑えられてもウイルスがそのまま消失することはなくて、体内の奥底で特に何をするわけでもなく眠りにつく。そして宿主の弱ったところで活発になりついにはゾンビへと変貌させるそうだ。

 独居老人が気づかないうちにゾンビになってるのはこのパターン。何もない所から自然にゾンビが発生してくることなんてことはありえない。


 感染が疑われる場合どうするか? 我らゾンビ駆除業者には常につきまとう問題である

 発症前にできる限り速やかに処分する、なんてことはない。さすがに非人道的にすぎる。そんなことはどこの国もやってない。まあほとんど情報の出てこない独裁国家ではどうかわからないが。

 流行初期はわざわざ隔離施設に閉じ込めてた。確か30日ほど隔離されてたと思う。その頃はまだ僕は駆除業者をやってなかったし、運のいいことに感染が疑われるようなこともなかった。

 現在では感染が疑われるものは10日の自宅待機というところに落ち着いている。それで症状が出てなければよし、出てれば残念ながら駆除の対象となる。

 ゾンビ化は素人が見てもひと目でわかる。肌は緑に変色するし、進行によっては肉が腐って落ちている。甘さの混じった腐敗臭も特徴的だし、知能も低下するのでそれらを誤魔化すこともできない。


 そう言えば過去にゾンビの仮装をした少年が誤って駆除された事件があった。

 あれも流行初期の話で、さんざん追い詰められたのに彼はゾンビのふりをやめなかったという。なんでそんなことをしたのかわからない。

 この時勢にそんな馬鹿なことをするやつが悪いという意見がほとんどで、実際に駆除を行った人には同情が集まっていた。その後の裁判でも無罪になったような覚えがある。


 汚れたつなぎをまとめて洗濯屋に持っていく。昔は使い捨ての防護服だったが、今はつなぎでいいし家庭で洗濯することも許されている。

 このあたりも民間参入前のテレビで見ただけの話で曖昧だが、まあ広く門戸が開かれるようになってからこの業界に入った口だから適当なのは仕方がない。それでもやっていけているので問題ないだろう。

 なじみの洗濯屋のカウンターにどさっとつなぎを載せたら、シマダのおばちゃんは見るからにいやそうな顔をした。実際臭いし当然の反応だと思う。割増料金を払ってるので許してほしい。

 代わりに洗濯済みのつなぎを数着受けとって帰る。長年洗濯屋をやってるだけあってプロの仕事。染みひとつない新品同様に仕上げている。ひきつづき仕事を頼んでいきたい。


 初期の混乱が収まって法律やらガイドラインやらもそれなりにでそろってきた。細かい部分は現場で考えることもあるけどそんなには多くない。

 駆除に使う道具だって何も特別なものはなくてそのあたりのホームセンターにでも行けばだいたいそろえることができる(ゾンビ駆除コーナーを設けているところもある)。多数のゾンビに対応すべく普通は所持できない特殊な武器も用意してあるが、そんなものなかなか使う機会はない。

 技術に関してはどうか。何か特筆するような訓練を受けた覚えはないし、資格を取るための講習は1日で済んだ。その辺は今は人手不足だから甘くなってるのかもしれない。とにかくわりとだれにでもできなくはない仕事だということだ。


 私有地にてゾンビと遭遇した場合、それを駆除することについて法律上は何の問題もない。

 わざわざ駆除業者に依頼しなくても自分の手で始末してしまって構わないのである。そうした事例は増加傾向にあるようだが、それに伴って駆除失敗の報告も増えていて、ゾンビとりがゾンビになったという話も決して少なくない。

 結局何が言いたいのかといえばゾンビ駆除は業者に任せてくれた方が安全だし楽ちんだということだ。こちらは慣れているし事後処理のことだってそれなりに知ってる。料金は――自分でやるよりかかるのは仕方ないが、政府から補助が出てるからそんなに割高ではないはずだ。

 まあ駆除業者が自分らの仕事を否定するわけなんてないんだけどね。

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