14話

「そこまでにしてください」


 そう言って現れたのは、スーツを着たデッサン人形の様な、木人とでも呼ぶべき異様な気配を放つ何者か。


「っち!」


 興を削がれたイワクニは舌打ちし、地面に八つ当たりする。振り下ろされた斧が雪を舞い上げた。


「あ、俺雀卓持って来てるんで皆でやりません?」


 ソウジが役目は終わったとばかりに提案する。


「よく飽きねえな……」


 場違いな発言に苛立ちを募らせるコウガ。ソウジの肩に腕を回して少し離れたところに連れていく。イワクニとタツミもついていくと、折り畳み式の麻雀卓を広げ、四人で始めてしまった。


「いやぁ、素晴らしい。幕僚長と特将補三人相手に善戦とは」


 それを尻目に、手を叩きヒヅキを大仰に称賛する木人。言葉遣いこそ丁寧だが、どこか白々しい印象を受ける語り口だった。


(こいつか……)


 警戒していた何者か。プテラとホロウ、ラムやデイタの情報を防衛省に流し、加えてコウガに別の世界とやらの存在を仄めかしている存在。目の前の木人が、その何者かだと確信する。


「貴様は……何だ?」


 痛みに耐えながら立ち上がり、木人を見据えて問う。


「何、ですか。我々はグルフォスと名乗らせていただいております。安寧を求め、世界枝せかいしを巡る者、とでも言いましょうか」


世界枝せかいし……別の世界とやらが、実在していると?」


 コウガの発言を思い出していた。確か別の世界に行く、と言っていたか。


「ええ、していますよ。可能性の分だけ、世界は枝分かれして存在しています。この世界の概念でいうと、並行世界が近いですかね」


(よく喋るやつだな……)


 木人の放つ異質な雰囲気。次の瞬間に何をしてくるかわからない。長く話し続けるのは危険だが、少しでも多くの情報を引き出そうと質問を重ねる。


「ラムとデイタに関して、何を知っている?」


「おや、よく調べていますね」


 木人が感心する。限られた情報の中から、木人がラムとデイタの情報を持っていると突き止めたことに。


 しかし木人が思うほど大層なことではない。この世界に於いて存在し得ないだろう見るからに怪しいものが、デイタやラム、プテラ等の未知の存在について何か知っていると勘繰るのは普通のことだ。


 この世界の概念や歴史を理解していながら自らの異常性を棚に上げて話を進める木人は、やはり白々しかった。


「あれらは全く異なりますので、まずはラムさんの方からお話ししましょうか。我々は彼女のような存在を『原初の一片ひとひら』と呼んでいます。各世界枝に一つのみ生まれる、神々の力を継承した魂。その宿主」


 神、魂。


 実在するか、定かではない。訝るヒヅキを他所に、然も当然のように木人が続ける。


「そしてデイタさんですが、その前に……先ほど可能性の分だけ世界が存在すると言いましたが、もし世界のありとあらゆる事象を予測・演算できるとしたら、どうなると思いますか?」


 今度は木人がヒヅキに問う。


「その話とデイタに何の関係がある?」


 脈絡のない質問に眉根を寄せた。


「つれないですね。答えてはいただけないのでしょうか?」


 散々質問している手前、そう言われると弱い。何が言いたいのかは皆目検討がつかないが、ヒヅキなりに答える。


「……その仮定が成り立つとは思えないな。人間は常に正しい選択を取っているわけじゃない。時として間違うこと、間違いとわかっていて選ぶこと、直感だけで選ぶこともあるだろう。その全てを予測することなど不可能だ」


 前提が成り立たないのなら、いくら話そうが空論に過ぎない。


「そう思うのも仕方ありません。机上の空論だと捉えていただいても結構ですが……では貴方のおっしゃるような、個々の非合理性すらも理解し得るとしたら? そんな、我々よりも超高次元の存在が世界を観測したとしたら?」


「……」


 ヒヅキにはこの話の意図が掴めなかった。木人に怪訝な目を向け、先を促す。


「正解は、です。超高次元の存在によって一つの世界枝が観測された時、他の可能性の枝は否定され朽ち果てる。最後に残るのは必然性の骨子となった、たった一つの世界」


「……何が言いたい?」


 荒唐無稽にも聞こえる論理を展開する木人。


 ヒヅキは、はぐらかすつもりかと射貫くような眼差しを向け要点のみを問い質す。


「あれは、そういう存在だということです。幸い、覚醒には至っていませんが」


 木人が言う。つまりデイタが覚醒なる状態に至れば、たった一つの世界を残し、他の全ての世界が滅びるということだ。


(信じ難い話だ。世界枝せかいしなるものが実在し、剰え神だの、世界の全てを把握する存在だのと。だが、こいつの言っていることが仮に真実だとして……)


 ヒヅキには、到底話の全容は理解できなかった。あまりにも突飛な話すぎて。


 しかし。


「御高説痛み入る。それで、グルフォスと言ったな。安寧を求めるなどと嘯いておきながら、貴様は何故混乱を齎す?」


 これだけは明確にさせなければならない。ラムを追い込んだのはおそらくこの木人だ。変身能力と強要された行為の暴露。姿を見せなかったラムの父親があのタイミングで現れたこと。そして殺したこと。


 全てはこの混乱を生み出すためなのだろう。理由が何であれ許すつもりはないが、知っておく必要がある。


「我々に興味がおありで?」


「冗談に付き合う暇はない」


 ヒヅキが銃口を向ける。


「本当につれない御方だ」


 やれやれ、と木人が肩を竦めた。


「私の目的は実験です。原初の一片と『天使』が接続した場合、何が起こるのか。そうしますと、恐らく世界の滅びからは免れないので、既に腐り始めていたこちらの世界枝を選ばせていただきました」


(また訳の分からぬことをペラペラと……)


 未知の情報の多さに頭が痛くなるが、


「つまりこの状況。ラムを追い詰めたのも、プテラの軍勢が現れたのも、貴様の仕業で相違ないか?」


 全ての元凶は。


「……そうだとしたら?」


 愉快気にネクタイを締めなおす木人。


 返事を口にした途端、ラムが引き金を引いた。


 弾丸が木人の頭部に命中し、カンッと硬質な音とともに衝撃を受けて仰け反った。


 だが。


「……少々、お転婆が過ぎるのではありませんか?」


 平然と姿勢を正す。


「……可愛げがあっていいだろ?」


 ヒヅキのこめかみを汗が伝う。銃弾を受けて平然としているのは何の冗談だと。


「ええ。ですが私は荒事に関しては不得手ですので、あちらで楽しんでいる方々に可愛がってもらうということで」


 木人が慇懃に示すのは、麻雀を楽しんでいる四人の軍人。随分と白熱している様だが、タツミが状況を察して男性諸君に伝える。


 しぶしぶ、といった様子で四人はヒヅキと木人に歩み寄った。


「殺さないんじゃなかったのか?」


 後頭部を掻くコウガ。もしかすると麻雀の方の調子が良かったのかもしれない。水を差されて苛立たしげだ。


「彼女はラムさんと仲がよろしいとのことで。ラムさんの精神が安定してしまった際に目の前で彼女を殺し、再び精神を破壊する為の保険、にするつもりだったのですが……まあ死体を見せても変わらないでしょう」


 淡々と事務処理でもこなすように、殺害の指示を出す。


「そういうことかよ、『精神力は魂への干渉を妨げる』っだったか? ……んじゃ、やるぞお前ら」


 コウガが声をかけると、


「っしゃあ!」


「えー」


「……はぁ」


 片腕を切り飛ばされたイワクニはやる気に満ちていた。


 反面、ソウジとタツミには進んで人を害する趣味はなかった。世界を跨ぐためにグルフォスの協力は不可欠。それ故、交換条件として戦っているに過ぎない。


 ヒヅキはそんな軍人たちには目もくれず、戦闘に備えていた。


「ラムはずっと、一人で戦ってきた……」


 ぽつりと呟き、機械刀を拾い上げる。この場の誰にも聞こえぬ、小さな声。


 利き腕を折られたため、刀を普段のようにイメージ通り振るうことはできない。それでも意思を貫くには、己で切り開くしかない。


 孤独に戦っているのは、自分だけじゃないから。


「優しいから、助けを求めない」


 ラムの笑顔を思い出す。強がって、差し伸べた手すら取ることをしない。そんなことにも慣れてしまった美しい仮面。


「誰かが強引に手を取るべきだったんだ……」


 持って生まれた力と、それを利用しようとする悪意に翻弄された友人。過酷な境遇にたった一人で耐えてきた。そんな、弱みを見せない友人の心が今、悲鳴を上げているから。


「その誰かに、私はなりたい……!」


 激しい心火が瞳に宿り、敵を見据える。熱く、かつ冷酷に。ただ己が信念を果たすため、排除すべき障害として。


「狂ってるよ、お前……」


 両足を撃ち抜かれ、利き腕を折られ。何度も蹴られて肋骨も折れているだろう。その状態で尚、軍の精鋭四人を相手取る気でいる。その精神性は強靭を通り超えて狂気の域に達している。呟きこそ聞こえていないが、コウガの目にはそう映っていた。


「死にたいのは、全員でいいか?」


 鬼気迫るヒヅキの姿に、ソウジとタツミがたじろぐ。圧倒的に有利な筈。しかし不安に駆られずにはいられない。本能が警鐘を鳴らしていた。


 生態系の一段上に立つ存在から睨まれたような、心身を掌握されているかのような。


 燃え上る殺気に戦慄を覚えた。


「イキってんじゃねえよ!」


 イワクニが突っ込み、大振りの一撃を繰り出す。プテラ相手なら通用するのかもしれない。


 だがそのような分かりやすい攻撃を見切れぬヒヅキではない。躱し、反撃へ転じる。


 しかし反撃しようとしたところへソウジの放った弾丸が迫る。ヒヅキは狙いをソウジに変え、弾丸を斬り裂きながら肉薄する。


 初めから銃を持った敵が四人と分かっていれば、反応できる。


 その動きには、やはり普段のヒヅキのような洗練された技術はない。人間を殺すなら、過剰な威力は必要ない。荒々しく、不格好でも、敵の命にさえ届けばいい。


「うそー! おれぇ!?」


 泡を食ったソウジに機械刀が振るわれる。


 その刃が、薙刀に遮られた。


「流石です」


 伝わる強い衝撃に、タツミが零す。


「助かったぁ」


 安堵するソウジ。


 そして動きの止まったヒヅキに、タツミ以外の三人が一斉に射撃した。


 ヒヅキは迫り合う刃を傾け、薙刀の刀身で滑らせる。振り抜き様に身を低くして薙刀を回避しつつ、薙刀を鞘に見立てた居合が円を描く。回転して放たれた一刀が、全方位を斬り裂いた。


 最も近くにいたタツミの両足と、反応が遅れたソウジの片足に深い裂傷が刻まれた。悲鳴が混ざり合う。立っていることすらできず、両者とも倒れこんだ。


 跳躍して避けたコウガとイワクニ。斬撃でずれる街並みに冷や汗を流す。


「俺が行かねえとダメか……」


 傷が深く、できれば全力戦闘は避けたかったコウガ。だがそうも言っていられない。鎖を断ち切られ、短くなった槍を携えて駆け出す。後にイワクニが続いた。コウガは距離を詰めながらも銃を撃つ。


 ソウジに止めを刺していたヒヅキ。倒れたソウジから機械刀を引き抜き、コウガとイワクニを迎え撃つ。


 弾丸を斬り飛ばし接近。コウガの流れるような槍撃と銃撃を、弾き、躱した先にイワクニの上段の一撃が繰り出された。咄嗟に機械刀を振るう。斧と機械刀がぶつかり、周囲に衝撃が走る。


「っぐ……」


 利き腕なら斧を斬れていた。が、今の体ではそうもいかず。衝撃を受け止め、強く踏みしめた足、その傷口から血が溢れた。


 隙の生じたヒヅキに、背後から刺突が迫る。刃を傾けて斧の軌道を逸らし、振り向き様に少しでも体をずらしながら薙ぎ払う。避けきることはできず、肩口を槍が貫くが、


「はああああァッ!」


 叫びで痛みを誤魔化し、機械刀を振り抜いた。肩に刺さったままの穂先が傷を広げ、鮮血が噴き出す。


「止まれよ、人として……!」


 コウガは痛みで止まらぬ獣のような迫力に悪態をつき、槍を手放し後方へ跳ぶ。


 ヒヅキが体の限界を超え、気力で放った渾身の一振り。握る手から力が抜け、機械刀が手から滑り落ちて雪に沈む。


 勢い余って足を踏み外したヒヅキの背を、イワクニが蹴り飛ばした。


「かはっ」


 踏みつけるような蹴り。衝撃が骨に伝わり、肺から空気が漏れる。


 だがヒヅキは止まらない。蹌踉めく足を叱咤し、衝撃さえも利用して駆け出す。肩に刺さった槍を引き抜き、投げ捨てると、着地するコウガに迫った。


 背後からはイワクニが追う。


 追いつかれる前にコウガを降さねばならない。


 対してヒヅキの思考を読んだコウガ。蹴りで牽制する。折れた腕を狙った中段蹴り。体格で勝る分コウガが先に動ける。躱されるならそれでもいい。イワクニが追いつくまでの僅かな時間を稼ぐのが目的。


 しかしヒヅキはコウガの読みから逸脱する。重い蹴りを、折れた腕で受け止めた。


「っ、イカレてんのか!?」


 無鉄砲な判断に目を疑った。


 ヒヅキは痛みに歯を食い縛る。コウガの残る軸足を払い、宙に浮かせ仰向けに。続け様に上段回し蹴りを下へ振り抜き、弧を描く刈り取るような鋭い一撃がコウガの裂傷を抉った。


「が、は……」


 くの字になったコウガの口から血が漏れる。その体が雪に崩れ落ちた時には、意識が飛んでいた。


 ヒヅキがコウガの髪を無造作に掴み、イワクニへの盾にする。


「っち……」


 忌々しげに舌打ちするイワクニへ、コウガを放り投げた。


 イワクニはコウガを受け止めると、脇に捨てる。


「……あとはお前だ」


 口元の血を拭い、最後の一人を見据える。


「最後に残ったのが俺ってのは、不運なもんだな」


「馬鹿を言うな、放っておいても問題ないから後回しにしたんだ。蝸牛かぎゅう


「殺す」


 殺意を高めたイワクニが距離を詰め、斧を薙ぐ。


 ヒヅキはスライディングで斧の下を潜る。反応したイワクニが踏みつけるも、手足で地面を押して跳ね上がった。すれ違い様に切れた腕の断面を掴み、指をめり込ませる。


 肉が押し込まれ、血が噴き出した。


「てめええぇぇぇ!」


 激痛がイワクニの怒りを増幅させる。振り解こうと暴れるが、ヒヅキは腕に噛み付きしがみ付く。


 斧が振るわれた。イワクニの後方、手を出し難い位置へ、窮屈そうに繰り出された一撃。


 ヒヅキは腹筋で下半身を持ち上げると、イワクニの首に足を絡ませて上体を起こす。そこから体を勢いよく後方へ倒し遠心力と体重をかけて、体格差のあるイワクニを持ち上げた。首から鈍い音が鳴り、そのまま宙返りするように雪へ叩き付けた。


 巨体が受け身も取れず、強かに雪へぶつかった。動かなくなった体に雪が降りかかる。


 四人を降し、荒くなった呼吸を鎮めようとするヒヅキ。その耳に、拍手が聞こえてきた。


「たかが人間がよくやりますね。身体能力、精神力ともに抜きんでている。まさかあの状態から勝利するとは」


 木人がヒヅキの戦いぶりを絶賛した。ショーでも見た後のように高揚した口調で囃し立てる。


「……死にに来たのか?」


「貴女に私は傷つけられませんよ。生命体としての格が違います」


「だろうな」


 木人は先刻、荒事は不得手だと言っていた。だが、ヒヅキの認識は違う。本当に弱いのであれば、気性の荒いイワクニが従う道理がない。脅すなり縛り上げるなりして従わせれば良いのだから。


 つかつかと後ろ手を組みヒヅキに歩み寄る木人。


 両者の間には、まだ数メートルの開きがあった。


 先手必勝。出方を予測できない相手に対し防御に回るのは愚策だと考え、ヒヅキも動き出そうとする。


「……は?」


 だがその時には、木人がヒヅキの肩にとんっ、と手を置いていた。そして軽く力を込める。


 その瞬間、ヒヅキに想像を絶する苦痛が訪れる。心臓を鷲掴みにされた、否、全器官を、全身を、ヒヅキという生命そのものを強引に歪められているような。苦痛という概念の塊に放り込まれたような。


 押し潰され、貫かれ、焼かれ、酸素を奪われ、捩じ切られる。それらを錯覚してしまう程に、ありとあらゆる苦痛を内包した何かが、ヒヅキに襲い掛かった。


「あああああああああああああ!」


 膝を折り、悶えるヒヅキ。外傷は増えていない。しかし、常人なら「死んだほうがマシ」と命を投げ出してしまいかねない地獄の底に落とされていた。全身から汗が吹き出す。


 木人の手から離れたことで、やがて激痛が引いていく。胸を押さえ、過剰に早まった心臓を鎮める。息を荒げる口元から唾液が伝った。


 見上げた視界に映るのは、得体の知れぬ怪物。謙った口調だが、要所でヒヅキを見下している。それを傲慢と一蹴できない程に、ヒヅキと木人には埋められぬ差があった。今のヒヅキには、勝てるビジョンが浮かばない。


 たった一手で彼我の実力差も、立っている次元が違うことも思い知らされてしまった。


 もう一度同じことをされれば、ヒヅキの体は耐えられないだろう。


 この状況を打開する術はない。そう理解させられてしまった。


 どれだけ足掻こうと、無理だ。


 地面を叩く。拳が、僅かに雪へ埋まった。


「私はっ! いつも!」


 無念が、未練が、雪を少しづつ凹ませる。


「肝心な時に、力及ばないっ!」


 肩が震え、落ちる雫が雪を溶かす。息が詰まり、絞り出した声は痛々しい。


「すまない、ラム……」


 ヒヅキの力では辿り着くことすら叶わぬ友の名。ただ、己の無力を嘆く。


「後悔しないように生きたつもりでっ!」


 あの時、たとえ無神経だと思われようと、事情を聴きだしていれば。


 あの時、無理矢理にでも引き寄せていれば。


「何も変わっていないっ!」


 体裁もなく、感情を吐き出す。


 浮かぶのは、プテラに両親が惨殺された光景。


 自分だけ救助隊に逃がされながら必死に伸ばした手は、何も掴めなかった。


 そして今も。


 少女の慟哭が、冬の空気で乾いていく。


 目の前の、形を成した理不尽は止まらない。


「『原初の一片ひとひら』、『プテラ』、『天使』、そして『連理』。貴女如きが足掻いたところで、運命を枝分かれさせられる次元ではないのです。お疲れさまでした」


 体温の通わぬ手のひらが、ヒヅキに終焉を運ぶ。


「悔しい……」


 最後に抱くのがこんな感情なら。


「私の人生に、何の意味があった……?」


 打ち拉がれるヒヅキ。


 覚悟なんて出来ていない。


 まだ後悔も未練も残ったまま。


 それでも理不尽を撥ね除けられぬ弱い自分には、受け入れることしかできないのだと。


 瞳を閉じる。


 しかし諦めかけたヒヅキに、に終わりは訪れなかった。


 ふと、影がかかる。


「人生に意味とか、窮屈そうだし俺は無くてもいいと思うけど」


 聞き覚えのある、生意気な声。


 どこまでも気ままに風紀を乱す、悪戯好きの声。


「今の女騎士は、すげえなって思う」


 顔を上げたヒヅキの瞳に映ったのは、木人の腕を掴んで振り返る、後輩の笑顔だった。

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