13話

 父の体が力を失い、倒れる。真っ白な雪が赤く赤く、染まっていった。


「……ぇ?」


 いきなり目の前に倒れ込んだ父。絶望の淵で、やっと会えた一筋の希望。何が起きたかわからなくて、信じたくなくて。伸ばそうとした手が行き場をなくした。


 野次馬からは悲鳴が、警備員からは怒声が飛び交う。


「……お父さん?」


 ラムには周囲の喧騒など聞こえていなかった。自分だけが取り残されたまま、周囲の景色が拡がり、離れていくような錯覚。遠ざかっていく狂騒。残っているのはラムと倒れる父の体だけ。


「ねぇ、起きてよ……ねぇ……」


 震えて掠れた声が、窄んでいく。父の体を、ゆっくりと揺らした。


「もう悪いことしないから……」


 しかしいくら揺すっても、もう一度動き出すことはない。父の手を取る。その冷たさが雪の所為だと信じたかった。


 ふと自分の手を見て、慌てたように離す。穢れた手。男を殴打した感触と血が過る。触れていると父まで穢してしまいそうで、もう一度手を取ることができなかった。


「こんなで、ごめんなさい……」


 家族三人で笑いあった日々を思い出す。


 在りし日の思い出。困難でも、またいつか。心のずっと奥深くで祈り続けた日々は、もう来ない。


 穢れた自分が幸せを享受してはいけない。


 母の中にラムはいない。


 父は、死んだ。


「う……ああ……」


 全て壊れてしまったと理解したとき、罅割れていたラムの心が砕けた。


 両手で顔を抑えるラム。その顔にノイズがザッ、ザザッと途切れ途切れに表れる。その度にラムの顔と、これまでラムが変身してきた人物の顔が移り変わる。


「誰……?」


 いくつもの人格がラムの中に形成され、自我が埋もれていく。


「私はどれ? 私はわたしはワタシハ!」


 不安に押しつぶされ、暗闇の中で必死に藻掻く。けれど自分を探り当てることはできなかった。


「もう、わかんないよ……」


 ラムが潤んだ声で呟いたとき、突如として大地が脈動し、世界が揺れた。


 ◇


 硝煙と雪がすれ違い、火薬の臭いが漂う。


「コウガ! 何のつもりだ、何故殺した!」


 ヒヅキが胸倉を掴み怒声を浴びせるのは、新たにE3T2Bの幕僚長に起用された男。


「クズを始末しようとしただけなのですがね。うっかり」


 コウガに反省する様子はなかった。冷ややかな態度で、敵意はない、と両手を上げる。


「ふざけるな! ラムを殺す必要がどこに……まさかこのタイミングで父親が来たのも貴様が……」


 ヒヅキが声を荒げ問い詰めていた時、異変が起こる。


 地震が発生した。身体能力が人並外れて高いヒヅキでさえ、立っているのが精一杯な程の揺れ。


「なんだ!?」


「おっと」


 激しい揺れに振り回される体を制御する。


 しかし普通の人間にはそうもいかない。唯でさえラムの父が射殺され、混乱状態にあった。そこへ更に降りかかった災害。既に死傷者が出始めていた。


 異変は続く。


 地面が割れ、地中から白い根のような何かが勢いよく飛び出した。それがラムの周りを取り囲み、絡みつく。


「ラム!?」


 ヒヅキが叫ぶ。


 絡み付いた白い何かは形を変えていき、ラムの背後で翼をもつ少女を模った。天使を思わせる神秘的な姿。その筈なのだが……彫刻めいた白き少女からは一切の感情を感じられず、どこまでも異質に酷薄に映った。


「なんだ、あれは……!?」


 少女は、ラムの肩にしな垂れかかるように抱き着く。すると少女の体が、僅かにラムへめり込んだ。更に白い管のようなものが少女の体から伸び、ラムに突き刺さる。


 胃の内容物が急に込み上げてきたかのように嘔吐するラム。しかし吐き出したのは内容物ではなく異質な何か。溶けた蝋のようにも見える白い何かを吐き出し続けた。


「ラム! ……ラム!」


 ふらつく足場に耐えながら、ヒヅキが何度も呼びかける。


 しかしラムに意識はなく、ヒヅキの声は届かない。光を失い感情を湛えぬ瞳で、首を吊ったように力なく項垂れる。


 やがてラムの体が浮かび上がり、一際大きなノイズに包まれた。


 時を同じくして、空には鉛色の雲がかかり、強風に乗って激しい雪が吹き付け始めた。


 雷鳴を合図に、上空に無数の罅が入った。昆虫のような手によって向こう側からゆっくりと抉じ開けられていく光景は、この世に終焉を告げるかの如く。真っ白な空間が口を広げ、分厚い雲を遮った不気味な白が空の多くを埋め尽くした。人類は遍く根源的な恐怖を呼び起こされる。


 やがて生じた裂け目、ホロウから史上類を見ない数のプテラが這い出てきた。以前現れた鎌を持つプテラも見える。


 それだけではない。未確認の個体の姿さえあった。


 頭部が後方に発達し、六足で地を踏みしめる、太く長い尾の生えたプテラ。相変わらず異なる生物を掛け合わせたかのような異形。その体高には、街で最も高いビルですら半分にも届かない。顎から飛び出す程に発達した鋭利な牙は、研磨された岩石のように厳めしい。攻城兵器より尚破壊力のある牙が、人工物の悉くをかみ砕き始めた。


 更に巨大な骸骨のプテラがいた。四つ腕が生えた人間のような骨格。それは翅を羽ばたかせることなく宙に浮かんでいた。掲げた四つの手のひらに光球が発生し、光の筋が地上へ向けて放たれる。高熱のエネルギーが飛来し、そこにある一切を溶解していった。光線の通った後には、熱せられた地面が赤く輝いている。そこへ雪が落ちては、ジュウッと音を立てて蒸発していた。


 世界中でサイレンが鳴り響いた。以前のように平和ボケした人間はもういない。未曽有の危機を迎えた人類は我を忘れて逃げ惑う。安全な場所など何処にもないというのに。


「一体、何が……」


 プテラの軍勢が繰り広げる惨劇。それを目の当たりにして、ヒヅキが呆然と呟いた。


 不意に、銃声が響く。


「っ……!?」


 こめかみに迫った弾丸。ヒヅキは超反応を見せ、それを紙一重で避けた。


「貴様……!」


「うっかり」


 ヒヅキに睨まれたコウガは銃をホルスターに収める。


「何がしたいんだっ!」


 プテラの対策として編成された内閣府直属の特殊部隊E3T2B。その組織において特将補に任命され、一国の保有する最高戦力に並び立つヒヅキ。そんな彼女でさえ敗北を喫した鎌のプテラ。それよりも脅威度が高いと思われる新種が数多く現れ、被害が拡大している。


 国の、ともすれば人という種そのものの存亡が危ぶまれる状況だ。


 にもかかわらず、道理に反する行動をとる新たな幕僚長。その飄々とした態度がヒヅキには不気味に映った。


「この世界はもう、ダメらしいんですよ。なので私は別の世界へ行くことにしました。それぞれの世界を世界枝せかいしと呼ぶそうです。ヒヅキさんも御一緒にいかがですか?」


「……そのふざけた話を吹き込んだのは誰だ?」


 ここ数か月、ヒヅキが軍のデータベースを調べ、信のおける者と話を共有したところ、防衛省へと情報提供している何者かの影が浮かび上がってきた。おそらくコウガが情報を得たのも同一人物だろう。前幕僚長の退任にも大きくかかわっていると睨んでいる。


 コウガは質問には答えず、瞬きの間に静から動へと移り変わり、最小限の動作でヒヅキ目掛けて何かを放つ。


「っ!?」


 ヒヅキが体を捻る。先刻までヒヅキのいた空間を刃が貫いた。肩を掠め、制服が裂ける。


「質問に質問で返すなよ」


 刃がコウガのもとへ引き戻された。どこから取り出したのか、一本の槍を肩に担いでいる。豹変し、先程までの謙った態度が嘘のようだ。


「てめぇみたいな真面目ちゃんなら断んだろって、分かった上で聞いてやってんだからさー」


 ヒヅキが腰の機械刀に手をかけ、臨戦態勢をとる。


「余計な世話だ。『聞いてやった』……傲慢が透けて見える」


「ま、俺は傲慢だからな。今更バレようが構わねえよ」


「今更? 以前からの間違いだろう。不憫な男だ、避けられているとも気づかず」


 コウガの目付きが変わる。相手を見下す冷徹なものへと。


「……へぇ、煽ったりすんのな。どのみち邪魔になっから殺すけどよ、そっちの方が嬲り甲斐あっていいわ。もっと言ってみろ。負けた時無様になっから」


「黙れ」


 ヒヅキは一蹴し、芸術にまで昇華された無駄のない居合を繰り出した。


「それとやりあう訳にゃ」


 ヒヅキの居合斬りの威力はE3T2B内では既知の事実。馬鹿正直に受け止めようとする者はいない。コウガが跳躍して回避しつつ接近、


「いかねえわな」


 体を横に捻って槍を薙いだ。すると槍の柄が三節に分かれる。鎖によって繋がれたその武器は、三節棍の先端に槍の穂先が付けられたような、奇怪な武器へと変形していた。


「!?」


 目を見開くヒヅキ。予想に反したタイミングで鋭い一撃が迫る。しかしヒヅキの対応力は上を行く。機械刀を振り抜いた体勢から、逆手に持った鞘を三節棍に打ち付け軌道を逸らす。流された三節棍が地面を砕いた。


 己の振るった三節棍の勢いに振り回され、宙で逆さになったコウガ。そのままヒヅキの頭上を通過する。その極僅かな間に身を翻し、手元に引き戻した三節棍の鎖をヒヅキの首に絡ませ、背後に着地した。


「くっ」


 ヒヅキは鞘を手放し、鎖を引き剥がそうと手をかける。


(対プテラを想定していない武器……こいつ初めから人を……!)


 プテラなどの再生能力を持つ巨大な相手に、搦め手は意味を成さない。求められるのは、只管な威力。使い手が少ない武器は、その分継承されてきた技術も少ない。そのような武器に優位性を見出すとするなら、挙げられるのは次の一手が予測され難いことだろう。そしてその優位性は相手に理性があってこそ発揮される。


 プテラと戦う立場に居ながら三節棍のような武器の修練を積もうとした時点で、プテラよりも人を害することを想定していたということ。


「こんなもんか?」


 嘲るコウガ。抵抗するヒヅキは更に締め上げられ、つま先立ちになる。


 しかしヒヅキは窮地に立たされているにもかかわらず、視線は別のものへ向けていた。ヒヅキが戦っているのはコウガを倒したいからではない。何よりも優先すべきはかけがえのない友人。だからこそ、その目が捉えるのはラムを包み込む大きなノイズ。


 コウガも面白くなさそうにその視線を追う。


 不意に、ノイズが掻き消えた。


「なっ!?」


「……そうなんのかよ」


 そこに居たのは、手足から鎌を生やした異形。人間を紙切れ同然に切り裂く鋭利な刃が、生存本能を刺激し恐怖を駆り立てる。通常のプテラとは一線を画す脅威。


 ──ラムは、鎌のプテラへと変身を遂げていた。


 逃げ惑う人間を背後から両断する。それは「お前が死ねばよかったんだ!」とラムを罵った女性。


「よせっ!」


 制止の声は届かない。


 ラムに敵意ある眼差しを向けた者たちが、切り刻まれていく。


「くそ、放せっ!」


 ヒヅキに焦りの色が表れる。鎖に手をかけたまま、強引にラムの方へ足を運ぼうとする。


「っこの、馬鹿力が……」


 力を緩めれば引きずられる。コウガが怪力に毒づき力を籠めた。


 ヒヅキはそれを逆手に取り一転、バックステップし肘で鳩尾を抉る。


「かはっ……」


 更に機械刀を逆手に持ち替え、背後を突く。


 コウガは堪らず拘束を解き、跳び退いた。


 再び二人が正面から対峙する。


「邪魔だ」


 ヒヅキが機械刀を持ち直し、慣らす様に払って睨む。刃が制服を切り裂き、制服の下に着用していた戦闘用のボディスーツ姿に変わる。


「あのクズに、助ける価値なんてねえよ」


 コウガも羽織っていた軍服を脱ぎ去り身軽になると、三節棍を槍へ変形させて構えた。


「あいつがこれまで、どんだけの人生を狂わせてきたと思ってんだ?」


 コウガの声に憎しみが乗る。彼の友人も、ラムによる変身の被害者の一人だった。その友人は、官僚である父を精神的に追い込むためだけに陥れられた。父を追って公務員試験に無事合格し、これからだ、というところで身に覚えのない不祥事が露見したのだ。


 コウガはこの世界から逃げ出すことよりも、ラムを追い詰めることに重きを置いていた。


「それは本人から聞かせてもらう」


 ラムは、本当に辛いと思っていることは決して打ち明けない。恐らく打ち明けることが、周囲や自身を不幸にしてしまうような環境で生きてきたから。


 本来ならこんなことになる前に、聞ければよかった。


 先に動いたのはヒヅキ。その場で斬り上げ斬撃を飛ばす。同時に駆け出し一気に距離を詰める。


 飛ばした斬撃に回避行動をとったコウガが、すかさず突きを放つ。リーチで勝る槍撃が先に届くが、ヒヅキは足を止めず紙一重で躱し肉薄する。空を突いた槍の衝撃が飛び、建造物に穴をあけた。


 懐に潜り込んだヒヅキが機械刀を振るう。


 コウガは後方へ跳び退きながら突き出した槍を薙ぎ、三節棍へ変形させて機械刀の腹を打った。機械刀を弾き、続け様に銃を撃つ。


 二つの銃声が重なり、弾丸がすれ違った。銃口を向けていたのは、コウガだけではない。


 回転する弾丸が互いの脇腹を貫き、双方顔を顰める。


 雪を踏みしめ、痛みをものともせず斬りかかるヒヅキ。その連撃は荒々しく精細さを欠いていた。だが洗練されていなくとも、脅威には変わりない。理性的な太刀筋ではない分、却って攻撃が読み辛く、コウガは今のヒヅキの方が戦い難いと感じていた。


「いつものバカ真面目な太刀筋はどうした? 随分焦ってんなあ!」


「人を殺めるなら、これで十分だ……!」


 人間を殺すために、必殺の一撃など必要ない。刃が頸動脈を撫でるだけでいいのだから。


 友のためとはいえ、立ち塞がるものを排除するのに一切の躊躇なし。誠実な一面が強く映るヒヅキだが、一方、何処かで道を踏み外した人間でもあった。


 対するコウガの表情は険しいが、猛攻を受けても防戦一方になることなく、反撃を繰り出す。


 互いの技の応酬が繰り広げられた。実力伯仲で鎬を削る。どちらが勝ってもおかしくない激闘。


 決着の時は、不意に訪れた。


 機械刀が三節棍の鎖を断ち、その刃がコウガを袈裟斬りにした。浅からぬ裂傷が刻まれ、血飛沫が舞う。


「があ゛あァッ!」


 激痛に叫ぶコウガ。膝に手をつき、呼吸を整える。無防備な隙が見逃される筈も無く。止めの一刀が振るわれる。


 その瞬間、ヒヅキの死角で、俯いているコウガが口端を吊り上げた。


 ヒヅキの背後に大剣が迫る。虚をついた致命の一撃。だがヒヅキは背後を視認しているかのように振り向き様、一閃。大剣を両断する。


「はぁ!?」


 奇襲に対応されるとは、ましてや大剣を刀で斬られるとは思っていなかった青年、ソウジが驚愕する。


 更に左右から挟む形でヒヅキに襲い掛かる人影。


 まずソウジを蹴り飛ばす。そして一方へ斬撃を飛ばし、もう一方へ斬りかかった。大振りの斧を避け、斬る。斧をふるった男、イワクニの片腕が舞い、野太い絶叫が上がる。


 一方飛ぶ斬撃を避け、遅れて薙刀を振る少女。続いてヒヅキがその薙刀の柄を斬り飛ばす。そして追撃の突きを放とうとした時。


 挟撃を退けたヒヅキの両足を、弾丸が撃ち抜いた。


「ぐっ……」


 ソウジが向けた二つの銃口から硝煙が上がっていた。


 蹌踉めくヒヅキを少女、タツミが蹴る。ヒヅキが踏鞴を踏んだ先で、ソウジに腕を掴まれた。


 ソウジはヒヅキの肘を伸ばすと、関節に掌底を叩き込んだ。


「あ゛あッ……!」


 折れた腕に力が入らず、機械刀を落とす。突き立った刀は宛ら墓標のようだった。


「あい~」


 ソウジがヒヅキの背を蹴り飛ばす。そうして倒れたヒヅキにコウガが近づいた。


「俺一人な訳ねぇだろ、くそガキ」


 怒りに任せ、槍を振りかぶる。


「ちょ、待ってくださいよ先輩!」


 ソウジが、コウガの背後から両腕に手を回して抑えた。


「っ!? 痛ってぇな、止めんな!」


 コウガは声を荒げる。ヒヅキに斬られた傷を広げるような抑え方。その痛みが怒りを増幅させる。


「殺すなって指示が出たんすよ」


「ああ゛? なんでだよ」


「知らないっすよ。ってかキレんのやめてくれません? 一人でいいって言ったの先輩じゃないっすか」


「……うっせえな。わーったよ」


 物怖じせずズバズバ思ったことを口にするソウジ。気弱な様で図太い後輩からの抗議にコウガが折れた。ソウジに反論すると、何故かいつもコウガが大人げないような空気になるからだ。代わりに力を緩めたソウジを乱暴に振り払うと、ヒヅキを蹴った。


「う……っ」


 呻くヒヅキを見もせず、イワクニに声をかける。


「お前もむかついてんだろ。殺さない程度に憂さ晴らししとけ」


 コウガも深い裂傷を負ったが、イワクニは片腕を斬り飛ばされている。その怒りを鎮めるには、ぶつけてしまうのが早い。


「指図すんな、俺がてめえより下みてえじゃねえか」


「下だろうが」


 イワクニが悪態を吐きながら、ヒヅキの足を踏む。


「ああああ!」


 傷口を抉る様に体重を乗せた。イワクニの足が動く度、ヒヅキの銃創から血が滲む。続けて腹部を執拗に蹴りつける。


 衝撃で揺さぶられるヒヅキの体。つま先が抉るように突き刺さり、肋骨が砕けた。


「うっ……!」


 ヒヅキが口から血を吐き出す。止まることのない激痛に襲われ、視界が霞んでいく。飛びそうな意識を繋ぎ止めるので精一杯だった。


 更にイワクニはヒヅキを足で転がし仰向けにする。苦悶に歪んだ表情を見て嘲笑せせらわらった。


「足一本切れたくらいじゃ、死なねえよな」


 そう言って斧を拾い上げる。憤怒に染まったイワクニが持つと、断頭台に吊るされた刃のようだった。しかしその斧に、即死させるという意味での慈悲は存在しない。作業のように淡々と四肢を切り落とさんとする無慈悲な刃。


「やっちまえ」


「うーわ、そこまでやんなくてもいんじゃないすか?」


「尊敬してました」


 コウガ、ソウジ、タツミが三者三様の反応を見せる。


 そこへ、パンッと手を叩く音が響いた。


「そこまでにしてください」


 強引に遮りコウガたち四人の空気を一瞬にして変えたのは、スーツを着たデッサン人形の様な、木人とでも呼ぶべき異様な気配を放つ何者かだった。

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