第9話 雪女の幸せ。
そして、アレから月日は、あっという間に過ぎた。
俺は、無事に卒業して、妖界大学に入学した。もちろん、妖怪学部に入った。
今年度は、人間の新入生は、俺だけだった。後の数十人は、みんな妖怪だった。
入学と同時に始めた、饅頭屋でのアルバイトも順調だった。
店主の小豆洗いさんは、とてもやさしくて親切だった。名前の通り、小豆を愛している。うまい小豆を人間たちに食べてもらうのが、生き甲斐のようだ。
入ってわかったのは、見た目は、みんな普通の人間の姿をしていても、実は、妖怪だったりオバケだったりするので、見た目が同じ人間だけに、新入生の俺には、その区別がつかない。
「そのウチ、わかるようになるから」
と言ってくれたのは、ガイコツ先輩だった。すごく痩せているのは、きっと、骨だからなのかもしれない。
教授先生たちも、見た目は普通の人間の姿をしている。
おじさんの先生や若い女の先生もいた。だけど、中身は、きっとすごい妖怪なんだろう。
人間の新入生は、俺だけなので、いろんなクラブから勧誘された。
だけど、実際に、見たり聞いたりすると、とても俺のような人間には、務まりそうもない。
野球部のエースは、200キロという剛速球を投げるピッチャーだった。
それをいとも簡単に、ホームランにする四番バッターもいた。
こんなチームは、どこと試合をするんだろう? 人間では、到底太刀打ちできない。
サッカー部やテニス部など運動部も、どう考えても人間のチームでは、勝てそうもないほど最強に強かった。
とてもじゃないが、運動部には、入らない方がよさそうだ。
中でも、柔道部、レスリング部、空手部など、格闘技のクラブは、人間離れしていて、投げられたら確実に死ぬと思う。
かといって、文化部はどうかと言えば、これまた常識離れしているものばかりだった。吹奏楽部や合唱部は、ものすごく上手だ。プロ級と言える。
だけど、それもそのはず、みんな妖怪だからだ。音感もよく、声の張りもすごい。
聞くときは、耳栓をしないと、脳みそを揺さぶられる。
美術部や手芸部は、芸術の域だった。賞を取ってもおかしくない。
美的感覚が人間とは、かけ離れている。
それじゃ、普通の人間たちは、どんなことをしているのかと聞いてみた。
「適当にやってるよ」
「みんな、俺たち人間に合わせて適度に力を抜いてくれるから」
「普通に、コンパもやるし、サークル活動もやってるよ」
「飲み会とか楽しいから、今度、キミも来たらいいよ」
「でも、可愛い子がいたからって、声なんてかけたら、どんな目に合うかわからないから、迂闊にナンパとかしない方がいいぜ」
いったい、どんな目に合うんだろう? もっとも、ぼくには、雪さんがいるから、ナンパなんてしないけど。
「でも、あいつの彼女、妖怪って言ってたぜ」
「知ってる、知ってる。ろくろ首だろ」
妖怪と付き合っている人間もいるんだ。俺だけじゃなくて、ちょっと安心する。
「今度、歓迎会するから、キミも来てくれよな」
人間は人間で、ここの学生たちは、妖怪たちともうまくやってるらしい。
差別することなく、分け隔てなく、楽しい学生生活をしているのが、俺にはうれしかった。
結局、俺は、妖怪研究会に入った。少しでも、雪さんのことを理解したくて決めた。
先輩や顧問の先生たちは、みんな人間ではない。人間の部員は、俺を入れても四人だけだった。
新入生の俺には、誰が人間で、誰が妖怪なのか、見分けがつかない。
でも、先輩たちは、普通にわかるらしい。まずは、そこから始めないといけない。
実際、大学生活は、楽しかった。授業も真面目に聞いた。個人的に、興味があることばかりだったから、勉強するのが楽しかった。
そして、学校が終わると、小豆洗いさんの饅頭屋でバイトをしている。
俺は、接客を主に手伝うようになった。お客さんたちの評判もいい。特に、子供たちには、団子が人気があった。
バイトが終わって、ウチに帰ると、雪さんのおいしいご飯が待っている。
親父は、今日も帰ってこない。狼男さんの会社とも提携もうまく言ってるらしい。
弟も二年に進級して、勉強に忙しいようだ。
「お帰りなさい」
「ただいま、雪さん」
「裕司くんは、先にお風呂に入ってますよ」
「俺は、食事してからにする」
「ハイ、今夜は、焼き肉ですよ」
「いつも、ありがとう」
「どういたしまして」
雪さんは、そう言って微笑んだ。
俺は、弟が風呂から上がってくるまでの短い間だけど、大学生活のことを話して聞かせた。
雪さんは、笑って俺の話を聞いてくれた。大学の飲み会に、雪さんを連れてきてくれとしつこく誘われたけど、絶対に連れて行かない。雪さんと付き合っていることは、学長や一部の先生しか知らない。他の学生たちには、ないしょにしている。
俺は、これから大学で、いろんなことを学ぶだろう。少しでも、雪さんのことを知りたい。人間と雪女が、幸せになるには、どうすればいいか? 今は、まだ、答えがわからない。でも、ここで勉強していれば、わかるかもしれない。
卒業までに、たくさん勉強したい。
人間として、妖怪やオバケのことも、きちんと理解して、知識として覚えたい。
そして、人間と妖怪が、共存できる世の中にしてみたい。俺は、本気でそう思っている。もちろん、俺自身が、幸せになるためでもある。
それから数年後、俺は大学を無事に卒業できた。
親父は、今や世界を股にかける、スーパードクターとして、今日もどこかの国に行っている。
噂では、ドクターXとか言われているらしいが、その意味が俺にはわからない。
ウチにもほとんど帰ってこないというか、日本に帰国するのは、一年でも数回くらいしかない。
忙しいのは、何よりだし、親がいないと自由にできるので、うれしかったりもする。
弟は、親父の跡を継いで、今や有名な若き外科医として活躍している。
親父のように、スーパードクターになりたいとか言ってるけど、それも夢ではないだろう。
それより、彼女がいない方が心配だ。俺と違って、ちゃんと人間の女性に恋をしてほしい。
そして、雪さんはというと、実は、まだ、ウチにいたりする。
恩返しなど、とっくに済んでいるというのに、いまだにウチにいるのだ。
雪女の国に帰って、雪女のお姫様としての道より、人間の世界で、俺と暮らす道を選んだ。
さらに、俺は、雪さんとホントに結婚してしまった。
俺が、大学を卒業したのを機会に、正式に結婚を申し込んだ。
雪さんは、それを受け入れてくれた。そして、俺たちは、結ばれた。
思い出すたびにおかしくなるが、俺たちの結婚式の日は、それはそれは、大変だった。雪さんは、見かけは普通の人間だけど、雪女で妖怪なので、普通の結婚式場というわけにはいかなかった。
そんな時、救いの手を差し伸べてくれたのが、学長の冬だぬきだった。
「大学の講堂を使いなさい」
と、言ってくれたので、そこで式を挙げることになった。
大学の学生たちはもちろん、雪さんの知り合いや友達の妖怪やオバケたち。
雪女たちも大勢集まって、それはそれは、盛大に盛り上がった。
一応、仲人として、学長の冬だぬきがやってくれた。
雪さんのお姉さんは、式の始まりから終わりまで、ずっと泣いていた。
それを親父が優しく慰めていた。なんだか、不思議な光景だった。
弟は、周りが妖怪やオバケだらけなので、大興奮している。
兄である俺の結婚式だというのに、ほったらかしだった。
でも、雪さんの、氷と雪でできた、ウェディングドレスの姿を見たときは、
俺たちに誰よりも大きな拍手で迎えてくれた。
「兄さん、雪さん、おめでとう」
「ありがとう、裕司さん」
弟も、少なからず感動しているようだ。
そして、学生たちも、この日ばかりは、本来の姿になって、祝ってくれた。
普通の人間の学生たちは、初めて見る同級生の正体に、驚くやら、おかしいやら
それはそれで、楽しかったらしい。
『雪姫を泣かせるなよ』と、言っていた、妖怪たちもその日だけは笑っていた。
「お前の首を切れなくて、残念だったぜ」
と、カマイタチが笑っていたが、俺としては、笑うに笑えなかった。
「お前の尻子玉を欲しかったんだけどぁ」
河童も笑っていたが、笑い話には聞こえなかった。
「お嫁さんが、雪女なんて、俺たちの最高だよ」
「あたしも、素敵な妖怪さんと結婚したいなぁ」
学生たちの言葉が、俺は、うれしかった。
俺にとっても、雪さんにとっても、忘れられない結婚式となったのは、いい思い出だった。
このウチは、俺と雪さん、親父と弟の四人で暮らしている。
もっとも、弟も親父同様、忙しいらしく、余り家に帰ってこない。
何はともあれ、忙しいのは、いいことだ。なので、ほとんど雪さんと二人暮らし状態だった。
ある意味、新婚夫婦という感じで、最初のころは、俺も雪さんも緊張していた。
大学を卒業した俺は、学長の勧めで、教員として、大学で働くことになった。
まさか、この俺が、教師になるとは、夢にも思わなかった。
しかも、生身の人間の先生は、この大学では、俺が初めてだった。
妖怪相手に授業をするなんて、考えたこともなかった。
若いとはいえ、生きている年数は、俺よりもずっと長生きしている妖怪やオバケたちに毎日、からかわれながらも、教壇に立っている俺自身を思うと、夢のような毎日だった。
「先生、奥さんとは、まだ、手も繋いでないんですか?」
「キスとかしたら、唇が凍ったりしないの?」
俺が雪さんと結婚していることは、大学に就職するときに、初めて公にした。
学生たちからは、毎日、そんなことを言われていじられているが、悪い気はしなかった。
事実、雪さんとは、まだ、キスをする程度で、抱きしめたりすることはない。
もちろん、俺の大事な奥さんだから、抱きしめてあげたくなるけど、なにしろ雪女だけに、寒いというより冷たいのだ。人間の俺としては、そこだけは、どうしてもクリアできない。雪さんをちゃんと抱いてあげられるのは、いつになることやら・・・
「ただいま」
「お帰りなさい、あなた」
授業が終わって、帰宅した俺を、いつものように雪さんが出迎えてくれた。
結婚してから変わったことは、俺のことを『あなた』と呼ぶようになったことくらいだ。
でも、俺は、相変わらず『雪さん』と呼んでいる。雪さんは『雪』と呼んでほしいと言ったけど今まで、呼びなれていただけに、いきなり呼び捨てにはできなかったのだ。
「裕司は、今日も病院に泊まりなの?」
「ハイ、そのようです。裕司さんも大変ですね」
弟のことは、裕司くんから、裕司さんに呼び方が変わった。
いつまでも子供じゃないから、それも仕方がないと思う。
しかし、弟は、いつまでたっても、雪さんのことは『お姉ちゃん』と呼んでいる。そこは、変わってない。
「お父様から、テレビ電話で、今は、メキシコにいると言ってました」
「今度は、メキシコか。遠いなぁ・・・」
「でも、楽しそうでしたよ。ルチャリブレにはまって、しばらく滞在するみたいですよ」
親父は、順応性がいいというか、どこの国に行っても、その国の文化に染まってしまう。
「それじゃ、夕飯にしますね」
俺は、着替えて雪さんと差し向かいで食事にした。
雪さんがビールを注いでくれる。雪さんも少しは飲めるようになったが、体が氷と雪でできているのですぐに真っ赤になってしまうのが、恥ずかしいのか、余り口にはしない。
食事の仕方は、今も変わらず、何でも凍らせてから食べる。
俺は、そんなことを高校のころから見ているので、いつもの当たり前の光景だった。
このまま、ずっとこの生活が続くんだろうか?
俺と雪さんは、今の生活を、とても満足している。
この調子で、俺は幸せになれるんだろうか?
雪さんを幸せにできるのだろうか? そんな自信はないけど、俺は、前向きに生きていく。雪女の雪さんとともに、生きていく。
俺の選んだ道も、雪さんが選んだ道も、間違っていない。
後悔なんてするもんか。俺は、これからも二人で生きていく。
いつもまでも、いつまでも・・・
終わり
彼女の名前は、雪女。 山本田口 @cmllaaa
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