第3話 イケメンたちのデート攻略

「リョウタさんったら、そんな簡単なことじゃないのに」

 美羽が思わず叫んだ。

「リョウタ、さん? 裕星、何言ってんだ?」

リョウタが裕星の言葉遣いに驚いて振り向いた。




「あ、いや、リョウタ、散々考えろ、簡単な答えじゃダメだぞって言ったんだよ」

 美羽がなんとかつくろおうとした。




「はあ、なんだか今日の裕星は頼りないなあ。本当に体調悪そうだ」

 リョウタが両手を肩までひょいと上げながらため息をついた。





 ――ふう、メンバーの皆さんと話すと調子が狂っちゃう。思わず自分に戻りそうだわ。



 すると、番組スタッフが控え室のドアをノックして入ってきた。

「ラ・メールブルーさん、時間です。お願いします」






 ――よし! 美羽は裕星の姿のままファイトポーズで自分に活を入れた。




 その姿を見ていた陸は、あまりの裕星の奇妙な行動におののいて、眉を上げ首を捻ったのだった。





 ステージはこじんまりとした街並みのセットになっていた。上手側に椅子が並べられ、メンバーたちが座るようになっている。70名の一般客の最前列には審査員席があり、有名な女性タレントたち三名が既に腰かけていた。


 番組の主旨は、メンバーたちが一人ずつくじを引いて中央に出ていき、モデルの女性とデートの設定で演技をする。それを審査員と観覧客がメンバーごと対応の出来ばえに応じて採点するという恋愛シミュレーション系だ。



 美羽はスタジオのアットホームな雰囲気を見てホっと胸をなでおろした。

 ――これなら、落ち着いてなにか考えられそうね。私が考える裕くんらしい対応をすればいいよね?





 ADのカウントダウンの合図で番組が始まった。


 司会者はテレビでよく見る有名なお笑い芸人のジェームズ坂本だ。


「さて、皆さん、お待ちかねのラ・メールブルーのスペシャル特番ラ・メールブルー略してLMBの『イケメンのデート攻略法教えます』が始まりましたー! さっそくゲストの方々とメンバーを紹介します」


 そう言うと、年齢も部門も様々なゲストの女性タレント三名を紹介し、次にメンバーに自己紹介をするように振った。



 突然振られた美羽は驚いて、つい立ち上がってしまった。

「ぼ、ぼくは、あの、ラ・メールブルーのボーカルの海原裕星です」

 すると、会場に集められたエキストラの客たちが一斉に大笑いしている。中にはあちらこちらで悲鳴と共に「可愛い〜!」という声も聞こえてきた。



 美羽は周りを見回して恥ずかしそうに急いで席に座った。



「海原さん、緊張してますか? いつもと全然違うテイストで来ましたね! それとも緊張してるフリで笑いを取りに行きました?」

 司会者がうまくフォローしてくれたので、美羽は苦笑いしてごまかしたのだった。


 会場の客たちからはザワザワとささやき声が漏れてきた。

「ねえ、今日の裕星はなんだか可愛いよね?」

「裕星らしくなくておどおどしてるというか、緊張してる裕星を初めて見たかも」





 番組はとうとう本題に入って行く。司会者が大きなボックスを抱えて戻ってくると、「それでは一人ずつ演技の順番のクジ引いてもらいましょう」とメンバーの前にある小さな丸いテーブルの上に置いた。



 くじには演技の順番とお題が入っている。最初に促され裕星の姿の美羽がボックスに手を入れて一枚引いた。

 紙を開くと『3番 夏祭りデートで財布を忘れてきたときの対処の仕方』と書いてある。



 ――はあ? デートにお財布を忘れて来ちゃった設定なの? 随分と無茶苦茶ね、どうしよう、どうしよう。恋人ってあの綺麗なモデルさんたちのことなの? うーん、裕くんだったらどうするんだろう。考えても分からない。もういい、こうなったら思いついたとおりにやってみよう!




 一番のくじを引いたのはリョウタだった。リョウタのお題は『デート中いきなりフラれたときの対処の仕方』だ。かなり難しそうだと司会者に脅かされ、天井を見上げて考えていたが、うん、と頷いてステージの中央に頭を掻きながら出てきた。



「さあ、リョウタ君、行きますよ! お願いします。デート中いきなりフラれたときの対処です」


 司会者が4人のモデルの女の子の内から一人を選んで前に出した。




 すると、モデルの女性はあらかじめ覚えていたセリフを言い始めた。


「実は、私、もうあなたのことが好きじゃないの。他に好きな人が出来たから別れてほしい」


 すると、リョウタは少し眉を寄せてムッとしたような表情になったが、「いいよ。でも、それなら俺にも最後にお願いがある。今夜流れ星を見るのに付き合ってくれ。ずっと思っていた願い事があるんだ」


「何を願うの?」






「君がそいつと別れて俺に戻ってきますようにって」


 すると会場の客の間からキャーと悲鳴のような歓喜が沸き起こった。


 司会者も「ヒュー、いいですねえ。簡素だけど気持ちこもってましたね」と褒めている。


 審査はゲストの三人の女性がそれぞれ持ち点が10点ずつと、会場に来ている観覧者の女性70人がそれぞれ一点ずつで、合計100点満点で競うものだ。電光掲示板に出たリョウタの合計点は83点だった。





「最初からいい点数が出ちゃいましたね。さてお次の方は?」


 すると、二番くじを引いた光太がスッと手を上げた。


「おお、ラ・メールブルー1のモテ男、佐野光太さん。ではお題をどうぞ」


 すると光太が「デートで結婚してほしいと言われたときの対処の仕方です」と紙を読み上げた。





「なんと! いきなり女性に結婚を迫られるわけですね? それは重大な場面ですね。ていうことはご本人はどういう立場なんだろ? 結婚したいのかしたくないのか」

 司会者がニヤニヤしながら光太をステージ中央に立たせると、また別のモデルの女性を連れてきた。




「それでは佐野光太さんで、『デートで結婚を迫られたときの対処法』です。どうぞ!」




 光太は大きく深呼吸をして女性と対峙した。するとモデルの女性がセリフを言い始めた。


「ねえ、私たち付き合ってもう5年になるでしょ? 今年こそ結婚しない?」



 すると光太は真面目な顔で女性を見つめて話し始めた。

「それってプロポーズ? それじゃあ、答えはノーだ」


「ええっ?」

 女性がプロポーズを断られて台本にない展開に驚いている。


「君からプロポーズさせたくない。必ず僕からするから、それまでもう少しだけ待っていてほしい」



 すると、また会場がキャーという悲鳴でどよめいたのだった。



「さすがですねえ。さすが世の男性の生きるお手本、佐野光太! これじゃあ、女性の方もいつまでも待ちますよねぇ。いやあ、僕も参考になります。ありがとうございました」




「おお、出ました、90点! すごい点数ですね。これを上回る点数は果たして出るのでしょうか? それでは三番手は……」


 美羽が恐る恐る手を上げた。

「おお、海原さん、彼はダークホースですよね! トップを取ったかと思えば、最下位になる。順位がいつも変動して予想がつかないですからねぇ。さて、海原さんのお題は何でしょう」




「夏祭りデートに財布を忘れてしまったときの対処法です」


「財布を忘れてデートに来ちゃったんすか? これは意外と難しそうだなあ。では頑張ってください」



 美羽はステージ中央に行くと、客の姿が真正面に見えて一瞬たじろいでうつむいたが、意を決したようにフーッと深呼吸をしてゆっくり顔を上げた。

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