第4話 女性の気持ちが分かる男

 ――こんなに大勢の人の前で演技するのは緊張するわ。それに、私は今裕くんなんだから、裕くんらしくカッコよくしなくちゃ。でも……やっぱり自然体の方がいいのかしら



 裕星がステージの中央に上がっただけで、もうすでに客席からはキャーと歓声が上がっている。


 恥ずかしさで美羽が下を向いていると、司会者が新しいモデルの女性を連れてきた。


「ねえ、裕星。食事に行こうか?」

 さっそくモデルが声を掛けた。



 美羽はポケットを探るようなしぐさをした後、あちこち辺りを探すふりをした。

「あ、しまった」


「どうしたの?」



「財布を置いてきたみたいだ」


「ええっ? どうするの? どこにも行けないじゃない! 食事もしないで帰るつもり?」


 女性が口をとがらせて背中を向け怒るフリをした。



 美羽は次に何を言おうかと考えたが、何も頭には浮かばない。焦って目を瞑って落ち着こうとしていた。しかし、その時、ふと、以前裕星としたデートを思い出した。


「――食事は、するよ。それとデートもちゃんとする」

 美羽は精一杯裕星らしくキリリとした表情で女性を見た。



 会場の女性たちもシンとして裕星を見守っている。



「ええー? だって出来ないじゃん。お金ないとどこにも行けないでしょ。どうすんのよ!」



「お金がなくてもデートはできるよ。俺のとっておきの場所がある。今から最高のディナーができるところに行く」



「ええ、お金がないのに? それってどこよ?」



「俺の部屋だよ。そこで俺の手料理を振る舞うつもりだ」



 すると、会場から一斉に割れんばかりの拍手と悲鳴が起こり、女性たちの興奮が最高潮に達したのだった。点数はそれを裏付けるかのように今までで最高の98点だった。



 美羽は、自分が出した答えが予想をはるかに上回って女性たちにウケたのを見て、裕星がどれだけ多くの女性ファンに愛されているかと辺りを見回しながら驚いていた。




「素晴らしい! いやあ、本当にすごいですね! キザでもないし、格好つけていないのに、自分の部屋にさらりと呼んじゃう辺り、さすが海原裕星。今までの対応で今日の対応が一番素晴らしかったですね! 海原さんはやっぱりダークホースだなぁ」


 司会者もべた褒めだった。しばらくは会場からの歓喜の悲鳴が止まなかった。




「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ最後に僕が残ってるんだからね。裕星さんばっかそんなに持ち上げたら、僕がやりづらいっしょ!」

 陸が立ち上がって司会者を指をさしながら文句を言っている。



「ごめんなさい。陸くんが残っているのを忘れてました!」

 ハハハと会場中が笑いの渦に巻き込まれている。



「陸くんのお題をお願いします!」



「僕は『ランチデートで店先に並んでいると、怖い人に絡まれたときの対処の仕方』です! よーし、頑張るぞ!」とガッツポーズを見せている。



 司会者が連れてきた最後のモデルの女性を前に出し、司会者自身が柄の悪い人を演じ出した。


「へいへい、よう、姉ちゃん。可愛い顔してんなぁ。そいつじゃなくて俺と付き合わない?」


「ちょっ、ちょっといいですか?」

 陸が慌てて手を振って司会者を止めた。

「なんか、へいへい姉ちゃんって、いったいいつの時代の人ですか? もう少し別の言い方ありませんか?」


 すると司会者が、「いやあ、すいません。柄が悪い人って言ったら、僕の年代ではこれしかイメージになくて。それじゃあ改めて──――ようようよう、お前ら、俺と順番代われよ。こんなにいっぱい並んでちゃ、いつになったら食べられるかわからないからなあ。ほらほら、どけ!」と凄んだ顔でセリフを言った。



 陸はまだ不満そうだったが、ぐいと女性を自分の背後に隠すと、「止めてください。皆さんに迷惑でしょ? ここは皆さん朝早くから並んでるんです。そんなことをしたら僕より皆さんが怒りますよ!」と言った後で、会場をドヤ顔で見回している。



 しかし、会場の観客たちはまだ続きがあるのかと待っているのか、あまりにもしんとして静かだったので、「あれ? 終わったんですけどぉ。なんか文句でも?」と陸が客たちに向かって口を尖らせた。



「い、いやあ、文句はないけど、ちょっとひと捻りがなかったですねぇ。女性に対するというよりも、チンピラに対処するという題に変わっちゃいましたよ」と司会者が笑った。



「あー、そうかあ」

 陸が頭を抱えると、ドッと会場が湧いたのだった。



 案の定、点数は伸びずに68点。やはりロマンティックさに欠けていたせいだろう。





「ということで、本日の最優秀者は海原裕星くんでした! やっぱり彼はいざというときも女性の気持ちがわかる人なんですねー、容姿ばかりじゃないからモテるんですよね!」

 難関だった生放送の番組は拍手の渦の中で無事終えることができたのだった。






 控室に戻る途中で、リョウタが裕星の後ろから声を掛けてきた。


「へい、裕星。何かあったの? いつもは最下位か中途半端な順位のやつが、今日はけっこう女性の気持ちが分かる男だったじゃない?」



 ――だって、私は女だからよ。女性を喜ばせる言葉くらい分かるわ。


 美羽は、ふふと笑ってコホンと咳払いを一つすると、「ああ、美羽のお陰かもな。いつも不器用な俺に助言をしてくれるから」と裕星がよくやるニヒルな顔で答えておいた。



Goshおやまあ,やっぱり美羽さんの力かぁ」


 ――良かった! リョウタさんにもバレていなかったのね。


 美羽は、思わずホッと胸を撫で下ろしたのだった。











 *** 教会 礼拝堂 ***




「美羽、手伝ってくれないかしら? 今日はお客様に、都内のカトリック教区の司教様がいらっしゃるの。大事なお客様だから丁重に接待してくれる?」

 シスター伊藤が美羽の姿の裕星を呼んで耳打ちした。



「シキョウって何ですか?」


「美羽、正気なの? 忘れてしまったの? 司教様はカトリック教会のまとめ役、そうね、監督とでもいうのかしら。だから、とても偉い方なのよ。お願いできる?」



「―—あ、は、はい。わかりました」

 裕星は受諾したものの、接待と言われても一体自分は何をしていいのかも分からなかった。


 美羽には笑顔で参拝客を迎えれば大丈夫だと言われてきただけだ。それ以上の仕事など聞いていないからだ。

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