第9話
和歌の立ち位置が決まった後、となりに並び座るユキに視線を向けた桔梗が優しく声をかける。
「ユキと言ったかね? お前はこれから十五になるまで下働きをしてもらうからね。お高の言う事を聞いて、よく働くんだよ」
煙管を咥えながら、にこやかな顔でユキに声をかけた。
周りの者は皆、何も知らない田舎者の小娘だと馬鹿にしていた。ここがどういったところで、何をする所なのかも知らずに連れて来られたのだろうと。親に売られたよくある身の上の娘だと、そんな風に憐れんだ目で見ていたのだ。
「わかりました。二月の真冬で十五になります。そうしたら、私は客を取ることになるんで? それまでは何でもします。どうぞよろしくお願いします」
ユキは和歌の真似をして、畳に手をつき頭を下げて見せた。
「なんだ、おめえ。まさか男を知ってるわけじゃねえだろうな?」
花見の問いに和歌はギクリとする。ここに来るまでの道中、毎晩自分と小太郎の秘め事を隣で見て来ている。寝ている風ではあったが、気が付いていないわけがないのだ。それが花見たちの耳に入れば、自分だけでなく小太郎も罰を受けることになるだろう。隣のユキが何を言い出すかと気が気ではなかった。
「まさか! うちと末吉はそんな仲じゃねえです。
狭い家ん中、同じ部屋で家族全員寝ていましたから。父ちゃんと母ちゃんが夜にしていることも知っています。それで弟と妹が産まれるのもちゃんと理解してます。それに、同じ集落の中にいたよそん家の姉ちゃん達が、泣きながら行きたくねえって話しているのも聞いてたんで。山を下りるって聞かされた時に、売られるんだって。だけど、もうすぐ母ちゃんがまた子を産むから、だからうちが稼いで皆のためになれるならって。それでいいんです」
「そうかい。良い仲の子がいたのかい。でも、何もなかったと。
小娘だと思ったが、身売りをする意味は分かってるってことか。まあ、泣いて暴れられるより、ずっと良い。聞き分けの良い子は好きだよ。
まだ細かいことはわからんだろうからね。それは追々、姉さんたちに教えてもらうと良い。しっかり頑張りな」
桔梗の言葉に「はい」と元気に答えるユキの言葉に、嘘は無い。
売られた事実はしっかりと受け止めるだけの知恵はついている。何もわからないままに売られ、苦しむだけの小娘ではないのだ。
それから、二人は別々の日々を送ることになった。
和歌は芸者としての芸を身に着けることに重点を置き、しごかれながらそれでも耐え続けた。売り物の顔や身体に傷をつけるような虐めはあり得ない。
店にとっての商品に傷をつけるということは、それをした者にも罰が与えられる。当然のことだ。
それでも、商売女の世界に虐めが無くなることなどあり得ない。生まれが少し良いだけで、見目が美しいだけで優遇されることに対する妬みや嫉妬は、ぐるぐると渦巻き彼女を苦しめる。だが、武家の娘としての教育は、並みの娘に比べての比ではない。
どこに行っても階級は存在する。生まれながらにそれらを身に受け生きて来た者にとって花街の虐めなど、和歌にとっては大したことではなかった。
そして、ユキは十五歳になるまでの短い期間下働きをすることになる。それは彼女にとって、今までの日常でしかなかった。水仕事も力仕事も、それらは生活であり当然のことだ。日々家族のために身を粉にして働くことと、店の姉さんたちのために働くことに違いはない。自分の為ではなく、誰かのために働くことに戸惑いも違和感もない。ユキには当り前の日常なのだから。
芸者置屋と春を売る遊女屋は、店は違えど花見が経営をしていることは同じだ。だが、それぞれの女衆がその身を同じ場に置くことは無い。
彼女たちが顔を合せるのは、花見や桔梗の面前のみ。
当然、和歌とユキもあれ以来顔を合せることは無かった。
芸者と遊女は根本的に売るものが違う。
芸者は芸を売り、遊女は己の身体を使い男に春を売る。
だが、「芸は売っても体は売らぬ」と言った心意気は、大きな遊郭などの話しだ。己の身体と矜持を捨てた遊女に対する忖度を含んだ言葉であり、地方の花街に身を置く町芸者にそれは通用しない。芸も売るが、春も売る。そうでなければ借金を返すことも、自分一人食っていくことすらできはしないのだから。
商売の町ともなれば、接待の先に待っているのが一夜の春だ。
遊女小屋で済ます相手は安い相手。大店や政治が絡めば、頭もよく口も固い女が良いに決まっている。
遊女のようなどこの田舎出ともわからぬ娘ではなく、垢ぬけた出自のしっかりとした娘を仕立てた芸者の方が、よほど好まれるというものだ。
だが、上客がつけば高値の値が付くこともある。気に入られれば妾の話しも降って来るだろう。その人生を買い取らずとも、旦那として金銭的な援助を申し出ることもある。有名な芸者の旦那を名乗ることは、芸者本人にとっても、旦那と呼ばれる客にとっても己の地位と名声を確固たるものへと導く。
名の売れた有名芸者を囲うほどの力のある者だと、その権力を知らしめることにつながるのだ。
芸者自体は年を取っても続けることは出来る。芸は年々磨かれていき、後継を育てることもまた芸者の仕事のひとつなのだから。
比べて、遊女は過酷だ。花の命はとても短い。
客が喜び買ってくれるのは、若く美しい裸体のうちだけ。
歳を取り、遊女としては薹(とう)がたった女に客の手は伸びない。年齢とともにその身の価値も下がっていく。若く綺麗な頃の半値でも客を取らなければ、借金を返すこともままならない。値を下げても客が付かなくなった遊女は、見世の格を下げ転売され鞍替えをする。
そうして、中央の見世から段々と端に追いやられ、終いには夜鷹並みの値段でその身を売ることになるのだ。
だが、そこまで生き延びられる者は極わずかなのもまた事実。
一夜に何人もの男を相手にし、時に病気や妊娠の恐怖を伴う。
子が出来ぬようにと様々な方法を試みたところで、所詮は民間療法のひとつであり、確実な避妊の方法など有りはしなかった。
子が出来れば堕胎する。子を産んだところで育てることは許されず、里子に出されてしまう。それも、本当に生き延びているのかもわからない。
腹が膨らめば客を取ることも出来ず、それだけ借金返済が滞り年季明けが遠のいてしまう。
病気をもらう事も少なくない。遊女は客を選べないのだから。
いつ、どの客にうつされたかもわからない病気を抱え、医者にかかる金もないままに朽ちていく人生の何と多いことか。
客を取っても、生きていくに必要な金はそこから徴収される。寝食代だ。
雨露をしのぐ宿代に、腹いっぱい食べられる飯代。それらは借金とは別に取り上げられ、客を取っても取っても借金が減らない仕組みになっている。
妊娠しても自分で子を堕ろす。冷たい川に下半身を沈め冷やしたり、ほうずきを使って子を堕ろすことも自分でこなす。そんな日ですら客を取らされ、欲望に満ちた男達を喜ばせるのだ。
年季明けを待つことなく、その生を終えた娘たちは無縁仏として捨てるように葬られる。そんな彼女たちに、本当の春が来ることはないのかもしれない。
ここまで無慈悲な未来が待ち受けているとは、この時の二人は微塵も思っていなかった。
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