まーじだりおーん 木工少年異世界転移す~

紫電のチュウニー

異世界転移 まーじだりおーん 

 僕の名前は木作形也キザクケイヤ。十三歳だ。

 今年から中学校に通い始めたけど、全然馴染めないでいる。

 中学入試も無事終わり、部活を決めて安心したスタートだった。

 けれど、小学校とは全然違い、勉強が急に難しくなり興味が持てない内容ばかりとなった。

 

 特に苦手な科目が地理、世界史。日本という小さな島国にいて、いきなり海外へ興味を

持つなんて出来ないよ。行ったことも見たこともないし。

 外国の人と話す機会なんてまったく無い。

 こんな授業やっても意味あるのかな? 

 僕は勉強なんかよりも、工作をしているのが好きだ。

 小さい頃からプラモデルを作ったり、パズルを組み立てたり。

 プラレールやレゴが大好きだった。

 小学校高学年からは父の勧めで木工を始めた。今までより遥かに難しく

なってしまったけど、とても楽しくて毎日行っている。


「はぁ。今日の授業もやっと終わったぁ……もう僕一人だけか、残ってるの」


 独り言をつぶやきながら両手を上に挙げて伸びをする。


「まーじだりおーん……ふぁぁ」


 謎の欠伸をしながらの伸び。目をつぶってううーんと伸びをするのは気持ちいい。

 一日これだけ勉強すれば疲れるよね。大人の人たちはよくこんな苦行に耐えてきた

ものだよ。尊敬するなぁ。僕は中学一年で心が折れそうだよ。


「ふぃー、部活部活っと……あれ?」


 僕は……森にいた。学校の教室が森になった? 自分の席……椅子と席はある。

 それ以外何も存在しない森だった。


「な……なにこれ? ホログラム? 誰かのいたずらだよね? どういうこと?」


 地面を触ってみると、確かな感覚だった。草が生い茂り……虫も見える。

 美しい緑で少し肌寒い。椅子にかけていた学生服を慌てて着込む。


「……おかしい。ホログラムとかじゃないし気温や空気がまるで違う。僕、どうしちゃったの?」


 わけがわからないまま辺りを見回す……と、人の話し声らしき音が奥から

聞こえてきた。どうしよう……こっちに近づいてくる。


「お、そこにもいたか! 随分とおかしな服を着ているが……君も参加者だろう? 仲間とはぐれたのか? おや、もしかしてそれが制作物?」

「え? 外国人の方? 言葉は……通じるみたいだけど」

「ほう! こいつはすごいぞ! ケルナ、見てくれよこれ」

「まぁ! 本当だわ! この金属は鉄かしら。それに随分としっかりした作りね。

椅子の方は堅そうだわ。けれど、ありえないくらい水平よ、これ」

「大した技術だ。おい、君の名前は? 見た所まだ子供に見えるが」

「あ、あの! なんか突然変な事になっちゃって! 助けてください! ここ、どこですか?」

「うん? 遠方から参加しにきた冒険者じゃないのか? 親御さんは?」

「僕、学校に行ってて。教室で伸びをしてたら突然こんなところに……」


 耳の長い二人は顔を見合わせて驚いている。頷きあい、こちらを再度見た。


「よくわからないが、記憶喪失か何かかもしれない。これだけの物を持ってきた奴を

無碍にすることはできん。まずは自己紹介だ。できるか?」

「は、はい。僕は木作形也です。十三歳です。ケイヤって呼んでください」

「まだ十三歳か。私はケルト。こっちはケルナ。見ての通りエルフだ。

お前さんのその木細工、出品すれば確実に売れるだろう。時間があまりないから、それを持ってまずは会場まで行こう。

話はそれからゆっくり聞いてやる。何をするにも金は必要だからな」

「あなた、どこから来たのかわからないけど、最初に見つけてくれたのが私たちで

よかったわね。そっちの椅子の方、持ってもらえるかしら? こっちは……

あら、すごいわ! 見て兄さん、これ中に本がしまわれてるわよ!」

「本当だ! 横には荷物入れか。これも面白い形状だ。

 ほうほう、ここを金具で止めて……しかもなんて頑丈さだ。

これなら金貨二十……いや三十は出してでも欲しがる奴はいそうだぞ。

荷物入れと本は君が持ってくれるか」


 二人は学校机をまじまじと見ている。金貨? お札じゃなくて? 

 どんどん不安になるが、僕は変な世界に紛れてしまったのかもしれない。


「さぁ、行くわよ……うそ、これ軽いわ……鉄じゃないのね」

「一体どういう加工を施したらこんなにつるつるな表面の木材になるんだ……

凄まじい技術が集約されているに違いないぞ!」

「た、ただの学習机なんですけど……」

「学習机というのか。いやー、私が欲しいくらいだ。買えないけどな!」

「ねぇ、これを提出したら内の宿に来なさいよ。色々話も聞いてあげたいし」

「……どちらにしても行く当てがないのでお願いします。僕どうなるんだろう」

「見知らぬ土地で一人、不安だろう。だが安心するといい。ここは技術者にとことん優しい地、フィブラフォレスト。

君がもし技術者であるならば、森の民一同歓迎するだろう」

「フィブラフォレスト……技術者を歓迎? それじゃここでは好きなだけ木工をしてもいいんですか?」

「木工ということは木材加工技術者か? 冒険者の中には幼年齢で巧な技術を持つものも少なくない。ケイヤはどの程度

の技術を?」

「兄さん。そんなに問い詰めたら嫌われるよ。それよりもまずは……」

「ああ、すまない。まずこれからの流れだが、君が持ち寄ったあの机と椅子をフィブラフォレスト祭の大会へ提出する。そこでは賞とは別に競売が行われる。集まる種族は

ドワーフ、人、エルフ、ハイエルフ、コボルト、ゴブリン、オーク、スペランカー、ダークナイト、ミノタウロスなんかだな」

「はい? 人以外よくわからなかったんですけど」

「珍しい種族も来るからな。おっと、足元には気をつけろよ。この辺は堅いツルの草が多い。いい紐の材料にもなるんだけどな」


 椅子を持ちながら二人の後についていく。

 どうやらここは町のすぐ近くみたいだ。

 一体どうやってこんなところに来たんだろう。

 あの時は確か大きく伸びをして……そう、確か。


「まじだーりおーん……」

「うん? マージダリオンがどうかしたか?」

「……それってどういう意味なんでしょうか」

「この世界の事よ。マージダリオン。ここはその中心部ともいえる場所。知ってるでしょう?」

「いえ……僕は違う世界から来てしまったよう……です」


 落ち込む僕を見て心配そうな顔をする二人。

 ケルナさんが僕の肩に手を置き、安堵させてくれる。


「大丈夫よ、心配しないで。家に帰ったら詳しい事情を聴くから」

「ありがとうございます……」


 少しだけ不安が紛れた。だが明らかに違う世界。

 これならもっと外国の勉強とかしておくべきだったかな。


 少し歩いた地点でも大分景色が変わったが、ようやく家や

生活感がある物が見えるようになってきた。

 中央には大きな木と舞台がある。あそこが展示場所だと

一目でわかるほど、商品が陳列されていた。


広い舞台だ。その上に製作者名だろうか? の看板と商品が

分かれて置いてある。そして……「ケルトさん! あれ、あれなんですか!?」

「うん? プロテクション魔法のことかい? ああやって結界を張って盗難を防止しているのさ」

「プロテクションまほー? 何です、それ?」

「防御結界魔法初級。といっても適性がないと使えない。

同じ色のプロテクションで解除可能だが、七つの色に見えるのはわかるか? あれは七段階のプロテクトをかけている。

舞台の上の商品は、七色同時に解除しないと取り出せないのさ」

「難しいですが、魔法……魔法があるんですね!? おとぎ話とかでよくきく! つまりさっき言ってた種族というのも。これはもしかして……夢物語でみるような世界!?」

「うふふ、夢物語っていうのは神話や遺物の話かしらね。

魔法は日常にあって当たり前のものよ」


 思わず目が輝いてしまう。魔法、魔法かぁ。使ってるのみてみたい! 

 そう思っていたらちょうど商品を運び入れるさいに見れるようだ。


「ほう! こいつは凄いな。そっちの坊やが持ってきたのかい? これなら俺でも金貨三十枚で買うぞ」

「ダメダメ。これは賞登録して競売にかけるの。この子の生活資金にするんだから」

「そりゃそうだな。いやー実に楽しみだ。それでその坊や、見た所人族だが製作者なのかい?」

「どうやら木工という木材加工技術を持っているようだ」

「おいおい本当か? 最高に足りない人材じゃないか。ちゃんと自己紹介しないとな。

俺はヨゼフィスってんだ。商品の登録販売を行っている。

もしここに住むつもりなら俺を頼りな。忘れるなよ!」

「ありがとうございます。まだよくわからないけど……僕はケイヤです」

「ケイヤか、いい名前だ。それじゃまたな!」


 ヒゲモジャで少し小さいヨゼフィスさんという方に挨拶をした。同じ種族ではなさそうだけど、僕にはよくわからない。


「彼はドワーフのヨゼフィス。ちょうどいい顔見知りができたな。作った木材加工品は彼に話をしていくといいぞ」

「あー--! お父さんだー-! お父さーん!」

「お、ケミィ。ただいま。いい子にしてたか?」

「うん! このお兄ちゃんはだぁれ?」

「森で道に迷っていた人だよ。凄い商品を持ち寄ったんだ」


 凄い可愛い女の子がケルトさんに抱き着く。同じ年齢くらいだろうか? 


「初めまして、ケイヤです」

「初めまして! 私はケミィだよ。わぁ、面白い形だね、これ」

「そこかしこにとんでもない技術が詰まっている。お前にわかるか? ケミィ」

「どれどれ……うん、確かに凄いね。どうやって水平にしたんだろう。それに角が丸いし棘もない。おまけに鉄? と木材の加工だね。

 もしかしてここ、取り外せる? ……ううん難しいのかな」


 机を熱心に見ている姿がまた、可愛かった。僕の頬が少し赤くなる。


「ほらほら二人とも、ちゃんと登録しにいって!」

「はぁーい。思わず見とれちゃったよ。凄いね」

「学習机なんだけどなぁ……僕は自分の制作机が好きだったから」

「制作机? それって、作れるの?」

「え? どうかな。でも木工は好きだから作れるとは思う。でも道具がないや」

「それじゃこれを出来る限り高く売って、道具を用意しないとね!」


 そうか、僕はこの世界でも木工が出来るかもしれない。

 それを売ればお金になってどうにか生活出来るのかな。

 ……やってみよう。帰り方もわからないし。それに……こんな可愛い子に期待されてるなら応えないと! 


「やってみます! それで、これらを売るにはどうすれば?」

「ちょっと待ってね。ヴェイーシア! カルーラル! いるんでしょ!」

「あーいるよ。上から見てた」

「やっかましいのぅ。でっけぇこえ出さなくてもきこえちょるわい」

「うわ!? でっかい鳥!?」

「こいつらは監視と商品登録の係なのよ。ロック族とウィルバード族」

「凄い。喋る鳥だぁ……」

「ほうほう。これは凄いねー」

「わし、これ欲しいのう。よい骨休め場所になりそうじゃ。食料を下にいれられそうじゃし」

「ええ? 使いにくくないですか?」

「なんじゃ、もっと使いやすそうなものを考えられるのか?」

「え? ええ。多分。鳥ならどう考えてもカゴの方がいいだろうし」

「ほほう……どうやらそこの小僧は知識が詰まっているようじゃ。頑張って値を上げさせてやろう」

「本当? 助かるわ。こいつらは森の守り手。仲良くしておいて損はないわよ」

「色々ありがとうございます。ケルナさん」

「まぁ可愛い。いいのよ、気にしないで」

「それで登録名称はどうするんじゃ?」

「学習机と椅子……です」

「学習机と椅子……だな。ほう、これは学習能力を高めるためのものか」

「そんなところ? だと思います」

「どれどれ、ちとみてみるかの……ほうほう、これは確かに学習効果を高める効果が付与されているようだな」

「付与? え? どういうこと?」

「へぇ。エンチャントまでついてるなんてね。また値段があがるわ」

「ますます欲しい……我が家にも一つ……いやもっと稼いでからでないとな……」


 なんかわからない事だらけだけど、僕の学校にあったものがそんなに? あれって金属部分以外は工作で作れる程度のものだよね……そんな高くはないはずだけれど。

 それに学習能力を高めるってどういうこと? 勉強しなきゃって気分にはなるけど。そういうこと? 


「それじゃ名を登録する。君の氏名は?」

「木作形也です」

「それで刻んでもよいのか?」

「刻む? といいますと」

「職人の名義だ。以後作品はその名称で販売される」

「ええ!? まさかのブランド? これ自体は僕が作ったものじゃないんです」

「そうか、それならば今回は販売物代理人名義としてそちらの名前で登録しよう。職人名はまたの機会に。

考えておくのだぞ」

「はい、わかりました。いいのかな、これ売っちゃっても。

でも他に売る物も無いし……もし日本に戻れたら弁償しよう……」


 学校も不測の事態ならきっと許してくれるだろう。金貨を頑張って稼いで返そう! 


「……これでよし。それではこの木札を受け取るがよい。受賞した場合はまず赤く先端が光る。そして落札価格が決定したら木札に価格が刻まれる。よいな、無くすでないぞ! お主以外が持ち寄ってもただの木の板だからな」

「わかりました。ありがとうございます。ええと、ヴェイーシアさん、カルーラルさん」

「うん。またねー。僕は基本的に監視が忙しいから、詳しい事はカルーラルにね」

「はい!」


 挨拶を終えると、ケルトさんたちと共に宿へと向かった。

 この森はかなり広いみたいで、宿も複数あるらしい。

 案内されたのは木の香りがすがすがしい、木の宿。

 温かみ溢れる造りだった。とても綺麗だ。

 僕が憧れるログハウスみたい。頑丈そうだ。


 ――――


 昔家族旅行でこういう家に泊まったけど、とても楽しかった。

 僕はこういった自然の中で生きていたかったのかもしれない。

 父はよくこういっていた。


「学校だけが全てじゃない。けれど学校で学べることもおおい。

テストの点数で回りと競い合う必要はないんだよ。ケイヤはお父さんと違って、自分だけの特別をもって欲しい。

それは技術だったり能力だったりでも構わないが、例えば……ケイヤの行動が誰かの笑顔を作ったとしよう。それはケイヤにとって、立派な物づくりな事なのだから」

「あなた、そうは言ってもいい学校でて安泰な生活を送ってくれないと困るわ。テストは大事よ。勉強しないと安定した生活なんて無理よ」


 お父さんとお母さんはいつもこういった話をしていた。

 どちらが正しいのか、僕にはわからなかった。それでも……僕はお父さんの言っている言葉に強く惹かれた。

 もし二人ともに勉強しなさいしか言わなかったら、きっと辛かっただろうな。


 僕は昔から物を作る事が好きだった。それを尊重される世界で

生きられるかもしれない。それなら……頑張ってみたい! 


「ケイヤ君……ケイヤ君? 大丈夫かい? ずっと考え事をしていたみたいだけど」

「すみません、両親の事を思い出していて……」

「そういえばあなた、ご家族は一緒じゃないの? 森に一人でいたけれど。こちらに来てはいないのね」


 事情を説明すると……ケミィちゃんが僕の手をつかんで目をキラキラさせている。


「異世界からきたの!? 凄いわ! お友達になって!」

「わわ、近いよ……」

「こらケミィ。はしたないぞ。それにしても……随分と大変そうだな。

助けたのは私たちだ。今日は泊まっていきなさい。それにあの商品は確実に

高値で売れる。そうしたらそうだな……自分の工房を持つのはどうだ?」

「工房? 買えるんですか?」

「購入では、そんな上等なものは難しいだろうが、賞を取れれば立派な工房が手に入るだろうな」

「……僕、ずっと取り組んで見たかったんです、木工に。

学校じゃ部活で作り始めたところだったけど、もっと本格的にやってみたくて」

「まだ若いのに、偉いわ。そうそう、ケイヤ君。その服装なんだけど……ちょっと目立つから着替えない?」

「そういえば学生服のままでした。でもお金が……待てよ、今月のお小遣いが後千七百八十円あった。でもこれじゃ使えないですよね」

「な、なんだ。この金属は!」

「ええと、確か百円玉は白銅が七十五パーセント、ニッケルが二十五パーセントだったかな? 授業でならったような」


 一円玉以外は基本的に合金で、一円玉はアルミニウムなんだよね。

 そういえば硬貨に注目なんてあまりしてこなかったなぁ。これ、凄く精工にできてるんだ。


「この小さいやつだよ。軽いが強度があり、形が変わることが無い。一体どうやって文字を刻んだんだ? 他の硬貨もとても面白い紋様が刻まれている……洗浄魔法、クリアランスウオーター」

「うわぁ!? 水が!」


 急にケルトさんの手から水が出て、硬貨が洗われる。

 魔法……なんて凄い現象なんだ。


「……驚いた。これは……神の祠か何かが刻まれているのかい?」

「ええと、確かそういった類のものですね。僕は訪れた事がないけれど」

「参ったな。紙にも細工が……これは! 透かして見ると人が浮かびあがる!?」

「はい、それはお金です。偽装防止の策がいくつも施されています」

「紙を通貨に? それは本来難しい。どのような国でも実験していたが、どう足掻いても偽装されてしまう。

結局希少価値のある程度決まった金属が使われているんだよ」

「そうすると……文明は中世くらいの時代なのかなぁ。世界史、勉強しておくんだった……」


 こんな事になってしまって、自分の勉強不足を少し後悔する。

 お母さんのいう通り、勉強もできた方がいいんだろうな。

 おかしなところに来てしまっても、役に立ちそうな勉強もありそうだし。

 見極めるのは大変そうだけど……。


「これらの硬貨のうち、複数あるものをどれか一枚もらえれば、しばらくここに滞在してもらって構わない。食事ももちろん出すよ」

「いいんですか? これ、僕の国ではそんなに価値のある金額じゃないんですけど」

「構わないさ。どれも貴重な物だ。出来れば絵が入っているもののほうがよいのだが。この銀色の物かな。それと洋服はこちらの軽い金属のものでいいかい?」

「百円硬貨と一円硬貨ですね。構いません。こちらでお願いします!」


 百円と一円硬貨を一枚ずつ渡して、とりあえずの寝床と食事、衣類を確保できた。とってもありがたい。

 今月のお小遣い、使い切らずに持っておいてよかった……。


「お父さんの話は済んだ? ねぇねぇ、異世界のお話聞きたいな」

「こらケミィ。ケイヤ君はここに来たばかりなんだぞ。お前は町の中を案内してあげたらどうだ?」

「その前に、服合わせが先! その恰好のまま行かせられないでしょ! 

ケイヤ君、こっちに来てくれる?」

「はい、よろしくお願いします。ケルナさん」


 学生服を脱いで服合わせをしてもらった。少し恥ずかしいな。

 僕の洋服はいつも楽しそうにお母さんが選んでいた。自分で

選んで着たかったんだけど「絶対ダメ、お母さんの楽しみなのよ!」と

いつも決めさせてくれなかったっけ。


「へーえ。人間の男の子って小さくても結構がっしりしてるのね」

「お、叔母様。そんな恥ずかしい事急に言わないでよ!」

「あら、照れちゃって。可愛い姪っ子ね。このこのー」

「もう! 服合わせが終わったなら離れてー! 叔母様が洋服選んでる間に

お部屋に案内するから!」

「うん、ありがとうケミィさん。よろしくお願いします」

「もっと楽に話して。名前も呼び捨てでいいよ! 私もケイヤって呼ぶから!」


 女の子を呼び捨てにしたことなんてないから恥ずかしいな。

 でもそうする方がここではいいのかな? 


「うん。それじゃケミィよろしくね」

「こっちだよ。いいお部屋だから安心してね」


 ケミィに案内された部屋は、二階の落ち着く木目調で整った家具のあるお部屋だった。

 室内は凄く綺麗で、掃除も行き届いている。

 ケミィがカーテンのような布をめくると……「わぁ! 何て綺麗なんだ!」


 僕は思わず叫んでしまった。そこに映し出されたのは、二階から見る森の中の町。二階といっても結構高いんだな。


 色々な種族の行きかう人々が、遠目に見える。


「いいお部屋でしょ? 気に入ってもらえた?」

「うん。凄く気に入ったよ」


 と話した所で僕のお腹が物凄い音を立てて鳴る。

 給食を食べてからもう五時間くらいになるし、無理もないか。恥ずかしいな。


「うふふ。お腹空いてるのね。何か作ってきてあげるから待っててね」

「え? ケミィがご飯を作るの?」

「うん。ここは私とお父さんと叔母様で経営してるのよ。

腕を振るうわね」

「うん。ありがとう」


 ささっと急いで部屋を出ていくケミィ。お父さんと叔母様……ってことはお母さんは? 

 そこから先は聞けない。聞いちゃいけないと思った。

 僕と変わらない位の年齢なのに、凄くしっかりしているように見えるのは、頑張って家の手伝いをしているからだろう。


 部屋で少し落ち着き、これからどうすべきかを考えた。

 僕はこのままでいいわけがない。

 自分に出来る事で、ケルトさんたちに恩返ししたい。

 部屋にあった椅子に座りそう考えていた。

 どれだけ出来る事があるかはわからないけど……そうだ、学校の本! 

 部活の本を含め何冊かを机の引き出しにいれていたのを持ってきたんだった。鞄の中から本を引っ張りだす。

 部活の本。これには道具の説明や扱い方が書かれている。

 今の僕にとっては凄く大切な本だ。

 学校机の評価を聞いていた限り、この世界には水準器がないのかもしれない。

 

 まずはあれをどうにかして作らないと。それから長さを図る測定機器もだ。

 最低限この二つがあれば、寸法を意識しつつ色々な物を構築できる。

 それから紙やすりなどの研磨剤。教科書にどれも丁寧に書かれている。

 これらを用意するにも、もっとこの場所の詳しい話を聞かないと。

 ここは森だから材料となるものはそれなりにあるのかな。

 

「ケイヤ君、いるかい?」

「はい。います! ケルトさん?」

「開けるよ……あれ、ここにもいないか。ケミィ見なかったかい?」

「僕のご飯を作ってあげるって言って、急ぎ足で出ていっちゃいましたけど」

「そうか……もしかしてカムの森に材料を取りにいったのかもしれない。

もうじき日が暮れる。様子を見に行ってみるか」

「あの! 僕に行かせて下さい。僕の食事を作ってくれようとしてるんです。少しでも手伝いたくて」

「いいのかい? そうしてもらえると助かるが……危なくないとは思うけど、戦いの経験は?」

「た、戦い? いえありません」

「ふうむ。そうすると……アンチャ、キロチャ。一緒についていきなさい」

「アンチャー」

「キロッチャー」


 二匹のカエルのような生物がいるけど、カエルと違って凄い派手な色だ。


「綺麗な薄赤色がアンチャ。黄色がキロチャだ。どちらも従属された魔生物だよ」

「従属? 魔生物?」

「詳しいことを話していると日が暮れる。カムの森はこの宿を出て南に行ったところだよ。十分気をつけてな。それと、使えるかわからないがこの短剣も貸しておこう」

「はい。軽い……よく切れそうですね」

「それには聖印が刻んであるからね」


 色々気になる言葉が多かったけど、アンチャとキロチャを連れて宿を出る。

 ケルトさんは忙しそうに接客対応をしている。

 忙しくなる時間なのだろう。


「二匹とも、よろしくね。宿を出て南ってこっち?」

「アンチャー!」

「キロッチャー!」


 元気よく飛び跳ねる二匹の大きいカエル。結構可愛いかもしれない。

 森へ入ると、とてもよさそうな木が沢山生えている。日本で見たような木もあったから、加工は同じ要領で行えるかもしれない。

 しばらく森を歩くと……「アンチャー」

「アンチャ、どうしたんだい? ……これ、ケミィのスカーフ?」


 とっても嫌な予感がした。スカーフが落ちていた方向へ走ると、すぐ近くに倒れた木の下敷きになっている誰かがいるのに気付いた。

 

「ケミィ! ケミィ! しっかりして! 大丈夫?」


 呼びかけても意識はない。けれど、息はある。怪我をしていたらどうしよう。


「二匹とも。どうしよう。大人の人を呼びに……」

「ウグルルルル」

「キロッチャー!」


 すぐ近くでうなる声が聞こえた。まさか、オオカミ? ここは森だから、そんな生物がいてもおかしくはない。


 預かったナイフを両手で持ち、身震いする。どうしよう。怖い。

 でも……女の子置いて一人、逃げるわけなんていかない! 


「ぼ、僕が守らないといけないんだ。絶対にケミィは守らないと!」

「グルウウウウウ!」


 飛び出してきたのは真っ白な……可愛いリスのような生物だった。

 真っ白なリスなんて見たことが無い! 

 油断してナイフを下ろしてしまい、噛みつかれた。


「痛い! やめて!」

「ウグルウウウウウ!」

「やめて! お願いだよ。君を傷つけたりしないから! 刃物なんて向けてごめんよ!」

「ウグルウウウウ……うー」

「大丈夫。怖くない。この子を助けたいだけなんだ」

「うー?」


 僕がナイフを放り投げて、何もしない事をアピールすると、白いリスは噛むのをやめて、噛んだ所をなめ始めた。わかってくれたみたいだ。

 よく見るとこの子は怪我をしていた。どうしたのだろうか。


「アンチャ。キロチャ。ケミィを助けたいんだけど、獣が襲ってこないか見張っててくれるかい?」

「アンチャー!」

「キロッチャー!」


 二匹は周りを見渡すように動く。

 僕はケミィに近づいて様子を見る。木の間に挟まれて動けないだけで、直接木がのっかっているわけではないようだ。


「そーっと。よし、よかった。どうにかなりそう……」

「うー」

「君もケミィを心配してたのかい?」

「うー」

「そうか。それで僕がケミィをどうにかすると勘違いして……ごめんよ。

それにありがとう。ケミィを見てくれて」

「うー!」

「キロチャ、ナイフを持って行ってくれるかい?」

「キロッチャ!」

「君の怪我、治せないか町の人に聞いてみるから待っててね。


 僕がケミィを背負い連れて行こうとすると、その子はついて来ようとする。


「この子も一緒に連れてっていいのかな……」

「アンチャ!」

「キロッチャ!」

「大丈夫だよって言ってるのかな。おいで。君もケミィを見ててくれたんならお礼をしないとね。この怪我もよくしてあげれるかなぁ」

「うー!」


 ケミィをおぶり、真っ白いリスはアンチャの上に乗った。

 アンチャとキロッチャを連れてカムの森入口あたりにいくと、心配そうにしたケルナさんが駆け寄って抱きしめられた。


「ケミィ! ケイヤ! 二人とも大丈夫? 心配したわ」

「むぐ、苦しい……です。大丈夫です。倒れた木の間に挟まれてて。

幸い怪我はないみたいです」

「木に挟まれて怪我をしてないですって? あら、アンチャが連れているの、精霊アンディークウスじゃない。この子が守ってくれたのね」

「そうだったんですか? でもこの子、怪我してて。見てあげれますか?」

「ええ、もちろんよ。それにしてもよかった。洋服を持っていこうとしたら、森にケミィを探しに行ったって。まったくもう、ケルトったら!」

「僕が探しに行くっていったんです! ごめんなさい! 心配かけてしまって」

「そうだったの……いいのよ。ケミィを助けてくれてありがとう。

さぁ、宿に戻りましょう」


 気を失ったままのケミィを連れて宿に戻ると、ケルトさんも心配していたようで、ケミィを見て青ざめていた。

 話を聞くと平謝りされたが、首を横に振り僕が謝った。


「最初、この子をオオカミだと思って凄く怖かったんです。僕、情けなくて。この森にいる間に、少しだけでも戦う術を学びたいと思いました」

「そうだね。森にある木材を使うにも、どうしても獣を追い払う力くらいは必要だろう。そのあたりは私が教えよう」

「ありがとうございます!」

「さぁ、服を着替えてらっしゃい。ケミィは私が預かるわね。

それに料理は作っておいたから、着替えたら食べに来てね」


 一言礼を言い、部屋に戻ると服がたたまれて置いてあった。

 緑を基調とした動きやすい衣服。身に着けるととても心地がいい。


 下に降りると、とてもよく似合うと言われ、事処へ案内された。

 森の山菜をふんだんに使用した食事で、とても美味しかった。

 食事中突然、僕の持っている木札が光りだした。そして、数字が表示される。


「まぁ! 凄いわ。優勝よ! それに金貨六十七枚?」

「凄いな。これでしばらく生活には困らない。依頼も出せるし

ケイヤ君がやりたいことも出来るんじゃないか?」

「本当ですか? 学習机で優勝……ちょっと複雑な気分です。出来れば自分の作った物で優勝してみたいですね」

「すればいいさ。この催しは年に一度開かれている。次回は君自身の製作名を刻んだ物で勝負すればいいさ。そのためにも、優勝賞品を君だけの工房にするといい」

「そんなことができるんですか?」

「ああ。それに依頼料も十分ある。いい工房が出来るだろう。おめでとう、ケイヤ君」

「僕料理とかできなくて。宿はこちらを使いたいんですけど……」

「うん? はっはっは。君はケミィの恩人。いつまででも泊まっていってくれ。それに、あの子も制作物には役に立つ能力がある。

一緒に物を作ってみるといい。付与術を使えるからな、ケミィは」

「付与術……そういえばそんな話も聞いたような」


 この世界には僕の知らない事がまだまだある。もっと知りたい! 


「あらケミィ。起きて大丈夫なの?」

「うん……平気よ叔母様。話し声が聞こえて……ケイヤ。助けてくれて……その、ありがとう……」


 ケミィは真っ赤になりながらお礼を言ってくれた。僕も真っ赤になる。


「その……僕よりあの白いリスっぽいのに……」

「あの子が木の上で怪我をして降りられなかったから、下ろして助けてあげたの。そしたら木が倒れてきてしまって。

あの子、大丈夫そう?」

「平気よ。ケイヤに懐いてるみたいなの。今は治癒を施して休んでるわ」


 元気そうなケミィの顔を見て安心してしまった。

 食事を片付けた僕は、急ぎ白いリスっぽい子の許へ行き、撫でてやる。


「うー」

「君も元気になれそうでよかったよ。僕はこれから工房を作ってケルトさんたちに恩返しをしたいんだ。傷が治ったら、手伝ってくれるかい?」

「うー!」

「私もするから! 恩返し!」

「僕と一緒に工作、してくれるの?」

「うん! 絶対するから! 約束だよ!」


 僕とケミィとこの子の工作はこれから始まる。

 マージダリオンの、フィブラフォレストというこの場所で。

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