第297話 お嬢様の弱点
昼食を用意されている天幕は、山の頂に広がる草原に立てられ、数m先はなだらかに広がる草原と、断崖絶壁がある。
断崖からは地面が無い分遠く麓の町までよく見渡せて、絶景と言える景色だった。
高い場所に恐怖を感じるマリアローゼは、断崖には近寄らずに、倒れても崖の端にも届かないような位置から恐る恐る絶景を眺めた。
隣に控えるルーナの手をぎゅっと強く握って、少し背伸びをしながらちょこちょこと歩いて景色を堪能すると、天幕までいそいそと戻っていく。
「眺めが良いのですけれど、やはり高いところは怖いですわ……」
敷物に座って、自分を抱きしめるようにしてふるふると震えるマリアローゼを見て、シルヴァインは優しく微笑んだ。
「ローゼにも苦手な物があったか」
「沢山有りますわ!」
と即座に答えたものの、苦手なもの、を思い浮かべても余り思い浮かばない。
食べ物には少し不得手な物もあるが、絶対に嫌と言うほどでもないし、ジェレイドやユリアのぐいぐい来るところも慣れてしまえば苦手と言うほどでもなかった。
「お兄様にもございますの?」
ふと思いついて問いかけると、シルヴァインはフッと甘やかな笑顔を浮かべた。
「俺の弱点は、ローゼかな」
「またそんな事を仰って…」
と言いかけて、マリアローゼはシルヴァインをじっと見詰めた。
からかっていたとしても、はぐらかしていたとしても、確かに弱点なのは間違いではないかもしれない。
くるん、と巻いた髪の先を掬いとって口づけを落とすシルヴァインの肩越しに、赤い髪がちょろちょろと動くのが見え、シルヴァインの気障ムーブよりもそちらが気になって目を向けると、崖の近くで双子がふざけあっている。
「ミカエルお兄様!ジブリールお兄様!危のうございますわ!!!」
マリアローゼが蒼白な顔で叫ぶのを聞いて、二人は一旦動きを止めて振り返るが、二人は顔を見合わせてニカッと笑いあう。
「ローゼが心配してるぞミカエル」
「心配してるローゼも可愛いなジブリール」
などと暢気な事を言っている二人に、マリアローゼはもう一度叫んだ。
「お戻りくださいませ!そんな所でふざけるのは、お止めになって!」
心配されるのが嬉しいのか、二人はふざけるのを止めたものの、戻ってくる気配はなく、
マリアローゼは目に涙を浮かべた。
流石にそれを見たノアークが立ち上がり、シルヴァインが「おい」と呼びかけたその時、
一つの人影が双子達に颯爽と歩み寄って行くのが見えた。
双子の元へ歩いて行ったのはジェレイドだ。
ジェレイドは笑顔のまま、双子の襟首をそれぞれ掴んで宙吊りにすると、両手を突き出したまま崖の際に立った。
「どうする?二人とも。ローゼを泣かせたのだから此処から落としてもいいけど、戻るかい?落ちるかい?」
「「戻ります!!」」
その言葉に威圧的な笑顔を浮かべたジェレイドは、ブン、と両手を後ろに振って、双子を地面に転がした。
吃驚しすぎて涙すら止まって、悲鳴もあげられなかったマリアローゼは口を両手で押さえたまま固まっている。
草まみれでヨレヨレになった半泣きの双子を慌てて庇うと、マリアローゼは泣きながらジェレイドに抗議した。
「お叱りになるにしても、今のは酷すぎます、レイ様!本当に落ちたらどうなさるの!」
「君を困らせる奴が悪い。それに、僕は魔法で浮かせるくらいなら可能だからね」
そうか、ここは魔法がある世界なのだったわ…
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