第296話 名付けをするお嬢様
街道をのんびりと馬車は進み、幾つかの町を通り過ぎ、王都を発って5日目に辿り着いたのが、峡谷の町ルルーレである。
連なった山々が立ちはだかり、一番低い峰に向かい道が蛇行しながら続いている。
馬達の疲労も考えて、周囲よりは低い頂上で休憩を取る。
そこからは町も一望出来る絶景の場所だった。
マリアローゼは早速羊のマリーを馬車から降ろし、頂上の草を食べさせつつ水を与え、
従魔師の所に鶏…もどきのコカトリスの様子も見に行った。
「ウィンザ、お世話をありがとうございます」
「ああ、お嬢様。いえ、手のかからない子で、何も問題は無いですよ」
ウィンザは目の辺りに黒い布を巻いていて、右肩に彼の相棒の鳥の従魔を乗せている。
更に、ユリアが預けたフクロウが腿の上に鎮座していて、足元にコカトリスの親子がいて、とても仲良さげに過ごしているのを見て、マリアローゼはほっと息を吐いた。
「何か御入用の物がございましたら、遠慮なく仰って下さいませね」
「……お嬢様は本当に、お優しい方ですね。……ああ、そういえば、名前を頂けませんか?この子達に」
そ、そういえば、忘れていましたわ……!
何度か様子を見には来ていたが、色々な用事もあって長く話は出来なかったので、すっかり忘れていたのだ。
頭を撫でられたコカトリスは、マリアローゼを見上げるように佇んでいる。
雛は親鳥の周囲を、自由に歩き回っていた。
その様子を見て、改めて二匹との絆の違いを感じて、マリアローゼはこくん、と頷いた。
「では…そうですね、こちらがコッコちゃん、子供はピーちゃんにします」
にこにこと手で指し示しながら言うが、コッコは不満そうに足を何度か踏み鳴らした。
「……え?…あら?不満ですの…?仕方ないですわね…じゃあ本名は長くしてさしあげますわ。
コッコ・アレクトーラで如何かしら」
しゃがんで問いかけるマリアローゼに、コッコは近づいて頭を摺り寄せた。
「まあ!気に入ってくれたのですね?……でも普段はコッコちゃんで許して頂戴ね?」
様子を窺うが、今度は反抗的な態度を見せずにいるので、どうやら大丈夫らしいとマリアローゼはほっとした。
そして、ちょこりと首をもたげてこちらを遠慮がちに見てくる尻尾…であり蛇である部分の頭を、
マリアローゼはナデナデと撫でながら言う。
「あなたはフィディですわよ。同じ個体なのに意識が二つありますのねえ」
「おや、分かるのですか?」
ウィンザに聞かれて、マリアローゼはハッとした。
「いえ、あの、何となくですわ、何となく……」
焦りながら手をブンブン振って見せて、マリアローゼは黄色い雛の頭も撫でる。
マリアローゼのペットとして扱っているが、従魔だという事は話していない。
本来なら勝手知ったるウルラートゥスに托すべきなのだろうが、彼は馬車や騎士団とは別に馬でこの旅路を並走している。
「ピーちゃんも良い子にしててね。では、ウィンザ、宜しくお願い致しますね」
「はい、お任せください、お嬢様」
マリアローゼはお辞儀をすると、馬車を後にした。
あ、危うくばれるとこでしたわ…!
長旅で意識が緩んでいるのかしら?とマリアローゼは外の景色を暫し眺めた。
「気を引き締めないといけませんわね……」
「お嬢様」
マリアローゼの独り言に、心配そうなルーナの呼びかけが重なり、マリアローゼはルーナを振り向いた。
「今は、のんびりなさってくださいませ」
「そうですよ!私もカンナさんもグランスさんもお嬢様をお守りしますから!」
確かに、今は害を加える人間もいないし、何か気づいても口に出して吹聴する者はいないだろう。
マリアローゼは二人の言葉に、こくん、と頷き返した。
快活なユリアの声に、横にいるカンナもグランスもこくりと頷いてみせる。
心配してくれるルーナに、明るい気持ちにしてくれるユリア、カンナもグランスもマリアローゼに
優しい眼差しを注いでいて、改めてマリアローゼは幸せを噛み締めた。
そして、マリアローゼは、嬉しそうにふわりと微笑む。
「はい。ではお言葉に甘えますわ」
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