第280話 家宝
応接間に戻ると、既にステラはドレスに着替えて、テーブルに着いていた。
夫人は、静かにステラを見詰めて、優しい声音で話しかける。
「初めて会うわね。わたくしは貴女の母、イーリスの母、貴女にとっては祖母にあたります」
「お祖母…さま……」
立ち上がって出迎えたステラが、圧倒されたように夫人を見上げている。
マリアローゼは邪魔をしないように静かにミルリーリウムの傍らまで歩き、隣に腰掛けた。
ステラの表情からは何も読み取れないが、取り合えず責める気配は感じられない。
「貴女の母はわたくし達と婚約者を捨てて、貴女の父と駆け落ち同然に結婚したのです。
その時、我が家とは当然縁が切れておりますけれど、公爵家にお世話になると聞いてご挨拶に伺いましたの。
貴女の処遇は改めて貴女の成長を見て話し合いましょう」
「…あ…は、はい。侯爵夫人、感謝致します」
突き放したような言い方をしてはいたが、つまりは侯爵家に迎え入れる道もあるという事は伝わったようだ。
ステラも身分を弁えた返事を、改めて返した。
もっと、お涙頂戴な感動の再会になるのかと、マリアローゼは思っていたのだが、
庭での話し合いの結果、改めて仕切りなおしたのだろう。
「公爵夫人、孫娘との再会をお許し頂き、誠に感謝致します。重ねて、旅程を遅らせてしまったお詫びも申し上げます」
夫人の深々とした最上の礼に、ミルリーリウムは笑顔で応えた。
「いいえ、家族の絆はとても大切なものですもの。お嬢様は丁重にお預かり致しますわ」
「宜しくお願い致します。それと、お詫びの印にこちらを、フィロソフィ嬢に贈らせて下さいませ」
夫人が従者に目線を投げると、スッと小さく細長い箱を従者が運んできて、ミルリーリウムの前で跪いて掲げた。
「まあ、何かしら?」
従者が開けて見せた箱には、首飾りが一つと耳飾が一組、黒い布の上で淡くて青い輝きを放っていた。
「これは………」
と流石にミルリーリウムは言葉を切って、マリアローゼを見詰めた。
母への贈り物だったら、見る前に断っていたのだろう。
日程を調整して面会時間を作った程度の事だとしても贈り物を受け取る事もあるだろうが、流石に貴金属は無い。
マリアローゼへという事だから、仕方なく受けたのだが、想定以上の品物だったのだ。
ミルリーリウムの表情を察するに、ただの貴金属というだけではなさそうだとマリアローゼは結論付けた。
ラクリマ侯爵家は小規模な領地ながら、良質な宝石の産出する鉱山を有しており、そこで採れた最上級の宝石には「ラクリマの涙」という名称が冠される事がある。
中でもその小箱の中にあったのは、ラクリマ家の女性に代々受け継がれる家宝とミルリーリウムは判断していた。
「是非、お譲りしたいのです。わたくしの孫を救って頂いただけでなく、わたくしの心も穏やかにして頂きました。
どうかお受取りくださいますよう」
頑として聞き入れなさそうな風情の夫人を見て、母も困り顔をしている。
本来ならステラの為に持ってきた物だった可能性もあるので、返答も難しい。
マリアローゼは立ち上がって、お辞儀をした。
「それでは、大切にお預かりさせて頂きます。今のわたくしでは見合うとは思えませんから、デビュタントまであと5年。わたくしも鋭意努力致しますので、またラクリマ夫人にお目に掛かった時に、改めてご判断くださいませ」
秘技、問題先送りの術である。
最終的に誰に渡すかも含めて、5年後にまたお話しましょう!という提案だ。
これならば、渡したい夫人も受け取りたくない母も問題ないでしょう、とマリアローゼは微笑んだ。
ふふ、と夫人は相好を崩した。
厳しい貴族女性の顔ではなく、孫を見るかのような優しい笑みだ。
「公爵夫人。わたくしは貴女が羨ましゅうございます」
「ええ、何より得がたい宝物ですわ」
立ち上がってミルリーリウムがマリアローゼを抱きしめると、控えていた副執事のアルデアが首飾りの箱を侍従から受け取り、厳かに最敬礼をすると、部屋を出て行った。
「それでは、わたくしは失礼致します。デビュタントでお会いできるのを楽しみにしております」
「わたくしも楽しみにしております。どうかご健勝でおられますよう」
挨拶を終えて、ラクリマ侯爵夫人は侍女と侍従を連れて帰って行った。
マリアローゼが振り返ると、ステラは静かに微笑んでいる。
「ありがとうございました、お嬢様。これから、宜しくお願い致します」
「ええ、ステラ。一緒に頑張りましょうね」
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