第279話 淑女教育

「では、テララ子爵の要求された養育費に応えられたのは…ラクリマ夫人の独断でしたの?」

「ふふ。仰るとおりですわ。わたくしはずっと孫の事が気になってもいたし、手助けをしたかったのです。でも、子爵の人柄は存じておりましたので、最初は弁護士を通してステラを引き取ると申し出たのです。

ですが、断られたので、本当に小額のみ与えておりました。せめてステラの利用価値があれば、命を失わせる様な事はしないと」


ラクリマ侯爵家にとって小額でも、収入が限られる子爵家にとっては重要な収入源だろう。

今回、ケレスがどう話を進めたのか分からないが、それが断たれる可能性を踏まえて子爵は同意したのだろうか?

それとも言及せずにだまし討ちにしたのだろうか?


マリアローゼはふむ、と唸って、夫人を見上げた。


「ですが、ステラを迎え入れるには夫人の独断という訳にも参りません。先代侯爵様や侯爵様ともお話し合いをされたのでしょうか?」


鋭い切り込みに、夫人は少し表情を翳らせた。


「いいえ、まだですわ。今回は取るものも取り合えず、会うことだけは許可して頂いて参りましたの。

もし反対されても、わたくしは引き取りたいと思っておりますが、まだ準備は出来ておりません」


「もし、ステラがイーリス様の悪癖を受け継いでいたとしても、同じ様に受け入れたいと思われますか?」


「それは……」


マリアローゼは容赦なく追及してしまい、踏み込みすぎた事を後悔はしたが、夫人の目が揺らぐのを見て、聞いてよかったのだと思い直した。


「今まで捨て置かれた分、わたくしの元で礼儀作法や勉学は出来ると思います。ですが、わたくしも未熟ですし、ご両親が導けなかった方を、わたくしやわたくしの家族が導けると過信はしておりません。

どうか、その点を包み隠さず、侯爵様達とお話し合いなされてください」


大人すぎる幼女の意見に、流石に夫人は目を瞬かせた。


「フィロソフィ嬢は賢いというお噂を聞き及んでおりましたけれど、本当ですわね……ええ、お約束致します。

きちんと話し合いを重ねた上で、改めてお迎えに参ります」

「わたくしを幼いと侮らず、誠意あるお返事を賜りましたお人柄に敬服致します。エルメ・ラクリマ侯爵夫人」


マリアローゼは丁寧に、最上のお辞儀をしてみせた。

それをみた夫人も立ち上がり、同じ様にお辞儀を返してみせる。


「マリアローゼ・フィロソフィ嬢、どうぞわたくしの孫を宜しくお願い致します。

貴女の元であれば、立派な淑女になれますでしょう」


自信は全くないが、マリアローゼはこくん、と頷いて微笑んだ。

少なくとも礼儀作法や勉強なら任される事は出来るのだから、後は本人次第なのである。


「では、戻りましょう。別のお花もお見せいたしますわ」

「まあ、楽しみですこと」


心の靄が晴れた二人は、のんびりと公爵邸に向かって連れ立って歩き始めた。

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