第265話 突然の訪問者
「旦那様ではなくわたくしが行きますわ。ローゼ、少しいいかしら?」
「はい、お母様」
何の用事かは分からないが、母のご指名なので、席を立って食堂から出て行く母の後ろを着いていく。
連れて行かれたのは玄関ホールの横にある、控室だ。
馬車の用意を待つ場所でもあり、客人が待たされる時も使われることがある。
その部屋に入ると、マリアローゼと同じくらいの歳の少女が、目に涙を溜めて震えながら椅子に座っていた。
明るめの金の髪に、暗い青鈍色の瞳で、頬には雀斑もある。
洋服は粗末ではないけれども質素で、手は貴族とは思えない程荒れていて、その小さな手で大事そうに
封筒を胸に抱えている。
「それは、明日の招待状かしら?」
母が問うと、少女はびくりと肩を震わせた後で、こくん、と静かに頷いた。
その動きで、目に溜まっていた涙が零れ落ちる。
「まあ……」
マリアローゼはハンカチを出し、その涙を拭ってあげようと手を伸ばしたが、少女は身を竦めた。
「よ、汚してしまいますから……」
「大丈夫ですわ」
事も無げに言うと、マリアローゼはそのままハンカチを目に押し当てる。
「乙女の涙は清らかなものですの。汚れとは無縁ですわよ」
などと、何処で読んで来たのかという台詞を聞いて、ミルリーリウムはふふっと笑み零れた。
続けてマリアローゼが少女に質問を投げかける。
「貴方お名前は?その招待状を持っているという事は貴族でして?」
「……はい。ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません。ステラ・テララと申します……」
おどおどと脅えたように立ち上がったステラは、それでも姿勢よく挨拶のお辞儀をした。
着ている物に見合わない、美しい所作である。
「テララ子爵の……とても可愛らしい響きのお名前ですね」
びっくりしたように、ステラが伏せていた顔を上げた。
信じられないというような目の色に、マリアローゼは首を傾げる。
「明日は来て下さいますの?」
「いえ……着て参りますドレスもなくて、それに……折角招待状を頂いたので、
記念に……公爵様のお屋敷を見ておきたくて」
言い淀んだ後で、それだけを言うと、ほろりとまた涙を零す。
「貴方のご両親はお優しい方ですの?」
とマリアローゼが踏み込むと、明らかにステラは動揺した顔を見せた。
「あの、わたくしは、妹と違って出来が悪いので……表に出てはいけないのです」
「そう。では教育が必要なのですね?」
その言葉に、ステラはギュッと目を瞑って、更にふるふると震えた。
何か嫌な事を思い出したのだろう。
マリアローゼは安心させるように声をかけた。
「安心してくださいませ。わたくしに良い考えがございます」
母を仰ぎ見ると、少し悲しそうな視線をステラに注いでいたが、マリアローゼを見て、微笑んだ。
「ステラさん、マリアローゼの元で行儀見習いをしませんこと?」
「……いえ、そんな……ご迷惑がかかりますから……」
「ステラ、運命を変える機会はそう何度も訪れませんわ。このままお家に戻りたいのですか?」
遠慮は時に、自分を窮地に追いやる命取りともなる。
それでも貫き、救いの手を拒む者もいるかもしれないが、そんな人間を追いかけて無理矢理にでも救う、そんな奇特な生物は物語の王子か、深く愛する家族くらいだ。
自分の運命は、自分で決めなくてはいけない。
「いいえ。いいえ…戻りたく、ないです」
「でしたら、此処に留まりなさいませ。あとはお任せになって」
マリアローゼの言葉に、迷いながらもステラは頷いた。
それを確認して、ミルリーリウムが声をかける。
「エイラ、彼女の面倒を見てあげて頂戴ね」
いつの間にか来たエイラが、ステラを連れて部屋を出て行く。
不安そうに振り返るステラに、マリアローゼは微笑を見せた。
「また明日、お会い致しましょうね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます