第212話 他愛ない約束
次にマリアローゼは沢山の酒を積んだワゴンを押して、ウルラートゥスの元へと向かった。
従僕やルーナが自分が押すと申し出たが断り、マリアローゼはふんすふんすとワゴンを押して歩いて行く。
「ルーナはここで待っていてね」
と、小屋の入口付近で待機させ、マリアローゼはウルラートゥスに声をかける。
「ウル、今帰りましたわ。以前お約束したお土産も持ってきましたの」
声をかけると、ごそごそと人の動く気配がして、カチャリと扉が開かれた。
「約束?土産?何の事だかわかんねぇが、まぁいいや。入れ」
「失礼致しますわね」
マリアローゼはゴロゴロとワゴンを押して、部屋に入ると、扉を押さえてみていたウルラートゥスが、
目を真ん丸くしてそのワゴン一杯の酒に目を留めた。
「以前、仰っていたではないですか。次に来る時にお酒を持ってきて欲しいと…
……それなのに、わたくしったら忘れてしまって、こんなに遅くなって、申し訳なく…」
としゅんとしながらスカートを摘んでいると、言葉の途中でウルラートゥスが大きく笑い声をあげた。
「ハハッ、おっまえ、そんな事気にしてたのか」
「しますわ。だって約束したのですもの」
一頻り笑った後、ウルラートゥスはどっかりと椅子に座った。
「約束……そうか、約束、な」
何処か思い詰めるような雰囲気に、マリアローゼはこてん、と首を傾げた。
従魔師は定住の地を持たない。
それは今でも迫害を受けるからだ。
不信感と恐怖から、人には避けられるのが常の力を持っている。
そのウルラートゥスに、安住の地を与えたのはジェラルドだ。
それは、ウルラートゥスさえ制御し得る強さを、ジェラルドが持っていたからに他ならない。
だとしても、多大な感謝を覚えてはいる。
でも、目の前の少女は、そんな力もなく無防備に飛び込んできて、
ウルラートゥスを戸惑わせていた。
それに、約束
約束なんて、守られた事はなかったし、何時しか他人との約束などしなくなっていた。
本人ですら忘れるような、他愛も無い小さな約束だったのに。
ウルラートゥスは大きく息を吐いた。
様子を窺っていたマリアローゼが心配そうな視線を送ると、ウルラートゥスはふっと表情を緩めて、
そして段々と口の端を釣り上げて笑む。
「こんなに酒を持ってこられたら、何か返さねぇとな」
「じゃあ、お願いがございますわ!」
ぴょこんと飛び上がるように、マリアローゼは嬉しげに寝そべる犬型の従魔達を見た。
「あの子達を触らせてもらっても宜しくて?」
「はぁ?そんなんじゃ返礼にはならねぇだろ」
とは言うが、そんな些細な事を要求してくるのが面白くて、ウルラートゥスはクツクツと笑った。
「かまわねぇよ」
「では、失礼しますわね。…怖くありませんわよ」
と宥めるように、自分よりも大きく隆々とした体躯を持った犬に手を伸ばす様も、可笑しく
ウルラートゥスは笑いを堪え切れなかった。
怖がるのはフツーお前の方だろ、と茶々を入れかけて、言葉を止める。
何と言っていいか分からない感情が湧いてきて、涙すら出そうになったからだ。
マリアローゼは手を伸ばして犬を優しく撫でる。
犬も、主人を気にしつつ、マリアローゼの匂いを嗅いだり、その手を舐めたりしていた。
「ふふっ…いい子ね」
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