第211話 ノアークとマリアローゼの約束

仕度を終えてノクスを先に行かせると、ノアークの部屋の扉は開け放たれて、侍従のゾアが扉の外に立っている。

マリアローゼはノアークの部屋に招き入れられた。


「……久しぶり、マリアローゼ」


ノアークは一瞬マリアローゼを見たものの、すぐに視線を逸らしてしまった。

マリアローゼはノアークの坐している長椅子に近づき、ぎゅっとノアークを抱きしめた。


「お会いしたかったです、ノアークお兄様」


「ロ、ローゼ……」


焦ったような声をあげるが、ノアークは固まったまま動けずにいる。

マリアローゼは抱きしめた腕を外して、正面からじっと見あげる。


「影ながらローゼをお守りくださったこと、お聞き致しました。そのせいでお怪我をされたことも。

だから、誰より先に、お兄様に会って、お礼を言いたかったのです」


「俺は……役立たずの、無能だ。分かっている」


目を伏せて言う。

マリアローゼはふんす!と勢い込んだ。

身長差があると、腰周りにしか抱きつけないので、マリアローゼはノアークの膝の上によじ登った。


「……な、な……ローゼ……」


面食らったように、わたわたと手を動かすノアークを無視して、マリアローゼは顔を背けさせないように

小さな両手で挟み込む。


「いいですか、お兄様。お兄様は、誰の言葉を信じますの?わたくし?それとも他の方々?」


「それは……ローゼだ」


思わず、というようにノアークの口から零れた言葉に、マリアローゼは微笑んだ。


「では、もう諦めてくださいませ。わたくしが、お兄様を無能と謗る事は許しません。

例えお兄様自身であったとしてもです。わたくしの、大切で、愛するお兄様は、勇敢ですわ。

色々な方々に守っていただいたからこそ、わたくしはここにこうやって居ることが出来るのです。

お兄様も助けてくださった中のお一人ではないですか。誰が欠けてもわたくしはここにいなかったかもしれません。

ですから、ご自分を卑下なさらないで」


「……わ、わか…わかったから」


顔が気の毒な位に赤く染まっているが、マリアローゼはもう一押し、踏み込んだ。


「約束なさって」


「約束……する」


「では解放してさしあげますわ。本当に、ご無事で良かった」


小さな手を外すと、マリアローゼは今度こそぎゅうっとノアークの首に腕を回して抱きしめて、

それからゆっくり離れた。


「お兄様、ローゼをこれからも守ってくださる?」


「勿論だ、ローゼ」


まだ顔は赤みを残しているものの、真摯な瞳で告げられて、マリアローゼはにっこり微笑んだ。


「でしたら、絶対に死なないでくださいませね。頼りにしておりますから」


「う……ぐ…、分かった…善処する……」


マリアローゼを守れるのなら、命さえ投げ出せると思って行動していた。

が、言質を逆手にとられて、その考えを封じられてしまった。


もっと、強くならなくてはいけない。


しん、と考え込んだノアークの膝からすとん、と降りたマリアローゼはスカートを摘んでお辞儀をする。

ノアークは眩しいものを見るかのように、マリアローゼを見詰めた。


「それから、わたくしお兄様の魔法について少し思うことがございますの。

 そのうち実験に付き合って頂くかも知れませんわ。お願いしてもよろしくて?」


「……ああ勿論だ。出来る事があるなら」


魔法が使えないのだから、協力しようがないと思ってはいるものの、

否定をすれば約束を反故にしてしまうので、ノアークはマリアローゼのお願いに頷いた。


「多分ですけれど、お兄様にしか出来ないことですの。でもまずはわたくしが魔法をきちんと覚えねばなりません。

まだ先のお話です。ではまた、朝食で」


入口付近に控えていたルーナと、マリアローゼが立ち去って、

ノアークは改めてマリアローゼの行動を思い出して武骨な両手で顔を覆う。

その耳は真っ赤に染まっていた。

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