第210話 ルーナの躍進


「も、申し訳ございません…お嬢様。とても嬉しくて…」

「いいのです。わたくしを思ってくれて、とても嬉しいですわ。

 そろそろエイラが来る頃かしら?」


と言うと、リーナはふるふると首を横に振った。


「いえ、それが……今後はお嬢様付きの侍女のお仕事は、ルーナがするそうです」

「まあ、それはとても嬉しいけれど、エイラはどうするのかしら?お母様のお世話を?」


マリアローゼの問いかけに、リーナはこくりと頷いた。


「それから、新人教育も任されるとお聞きしております。領地に付いて行く侍従や侍女と、小間使い全てを

 エイラさんと、第一執事のアルデアさんが改めて教育するそうです」


「まあ、それは大変なのですね。ああ、わたくしもやる事が沢山ありますわ…!」


リーナは話しながらも、てきぱきとお茶を用意して、マリアローゼの好きなミルクたっぷりの

温かくまろやかな朝の紅茶を淹れていた。


そこへ、ノックの音がして、「どうぞ」とマリアローゼが声をかけると、ルーナが部屋に入ってきた。

新しいお仕着せをぱりっと着たルーナは何処か誇らしげで、マリアローゼも自然に笑顔になる。


「おはようございます、マリアローゼお嬢様。よくお眠りになられましたか?」

「ええ、朝までぐっすりでしたわ」

「それはようございました。リーナさん、後は私が」


ルーナが言うと、リーナはこくりと頷いて、マリアローゼに向かいお辞儀をする。


「失礼致します、お嬢様」

「ゆっくり休んでね、リーナ」

「はい、お嬢様」


笑顔を向け、ルーナに目礼して、リーナは部屋を後にした。

マリアローゼはリーナが淹れてくれた紅茶を手に、ルーナを見詰める。

この世界は階級社会だ。

貴族の話だけではない。

その規則は使用人の間にも厳然と横たわっているのである。


外から急に来て、若くして一足飛びに侍女となったルーナをやっかむ者がいてもおかしくはない。

マリアローゼは心配げに問いかけた。


「ルーナが侍女になったのは心強いし嬉しいけれど、嫌な目にあってはいなくて?」


「ご心配頂き有難う存じます。ですが、今のところそういう事は起きていません。

より身分の高い役職の方がお決めになられた事ですし、反抗される方はこの公爵邸にはいないと存じます。

それに……」


一旦言葉を区切って、ルーナは鮮やかに微笑んだ。


「その程度の事に負けるようなルーナではございません。

この忠誠心は、誰にも負けないと自負しております。

未熟な部分は補って参りますので、どうか私にその機会を与えてくださいませ、お嬢様」


「ええ、ええ、勿論ですわ、ルーナ。わたくしは、貴女が誇らしくてよ」


思わずマリアローゼは、ベッドから降りてルーナを抱きしめた。

ルーナもきゅっとマリアローゼを抱きしめる。


「本当は長く、こうしていたいのですが、お嬢様もするべき事が沢山あるのではございませんか?」


問われて、マリアローゼは嬉しそうに微笑んだ。


「ルーナはお見通しなのですね。では、ノアークお兄様に会いたいので、お仕度をお願いしますわ」

「かしこまりました、お嬢様」


二人は微笑み合うと、楽しげに朝の身支度を始めるのだった。

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