第209話 夢の残り香
ぐっすりと寝込んだ夢の中で、奇妙な夢を見る。
マリアローゼとしての更に幼い頃の記憶と、前世の記憶が入り混じって、
今の家族と日本の何処かにあるような風景の街に旅行に行く夢だった。
途中で、前世の家族と出会うのだが、気づく事もなくすれ違うだけで言葉は交わさない。
起きてから、見覚えのあるあの家族が前世の家族だったと気づく。
そうやって前世の記憶を忘れていくのだろうか、とマリアローゼは少し寂しい気持になった。
でも、沈んではいられない。
ルーナを心配させてしまうのはとても申し訳ない。
「おはよう、ルーナ」
明るい声で、マリアローゼはルーナに笑顔を向けた。
朝早くに出発したマリアローゼは、シルヴァインの膝の上で眠そうに目を瞬いた。
ほんの少し夢見が悪かったせいかな?と思うが、天気のせいもあるかもしれない。
今日は窓の外がどんよりした灰色だ。
空には白と灰色の雲が重そうに垂れ込めている。
「眠たかったら眠ってもいいんだよローゼ。今日は長旅になるからね」
「何故ですの?」
何処かに寄るのかしら?とマリアローゼは目をぱちくりさせた。
「プロンには寄らずに、王都に直行するからだよ」
「まあ、では神殿騎士の方々は?」
昨日、マグノリアがプロンの教会も調べると言っていたのを思い出しながら、マリアローゼは聞き返した。
シルヴァインはマリアローゼの頭を撫でつつ答える。
「プロンに滞在するよ。王宮騎士のオレアだけ王都に報告に帰るので同行する。
俺達の王城への挨拶は明日の午後だから、変更はないしね」
マリアローゼはシルヴァインに寄りかかって、頷く。
王城には王子が二人いる。
旅を助けてくれたアルベルトにはお礼を言わなくてはならないし、
弟のロランドは旅に出る前に大事な指輪を預かったので、返さなくてはいけない。
二人と一緒に過ごした時間が、何だか途轍もなく昔のように思えた。
従兄弟だと考えると身近に感じなくも無いが、王子だと思うと随分遠くの存在に感じる。
でも二人とも良い子なのだ。
ああ、やっと家に帰れるのだわ……
マリアローゼは微かな馬車の揺れと、シルヴァインの温かさと、
ゆったりと髪を撫でる感触に心地よくなり、いつの間にかすやすやと眠ってしまった。
公爵邸に到着したのは深夜で、馬車の中で寝たり起きたり食事をしたりしていたものの、はっきりと目覚めたのは、翌朝の事だった。
その日は夢も見ずに、起きて辺りを見回すと見慣れた風景が広がっていて、
安心と懐かしさと嬉しさに、思わずマリアローゼは涙ぐんだ。
今までと少し違うのは、枕元に置いてある木彫りの熊の置物だろうか。
マリアローゼはハッとすると、勢いよく起き上がった。
「お嬢様…!よくぞご無事でお帰りになられました。使用人一同、お嬢様のお帰りを嬉しく思っております」
交替でマリアローゼの不寝番を務めている、リーナが涙ながらに訴えた。
昨日は深夜に到着したから、使用人も殆ど寝ていただろうけれど、
そんな風に思ってもらえていたのか、とマリアローゼは胸に温かいものを感じる。
「ありがとう、リーナ。わたくしも皆の元に帰れて、とても嬉しく思いますわ」
「お、お嬢様ぁぁ……」
わっと、マリアローゼの座っているベッドに泣き伏せるリーナの背中を、
マリアローゼは小さな手で撫でた。
確かに、大変な旅ではあったけれど、大袈裟ではないだろうか?
だが、もし逆の立場で、襲撃があったとか毒殺が…とか聞いたら気が気ではないかもしれない。
勿論そこまで詳しい内容は伝わっていないだろうけれど。
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