第208話 誰よりも尊い貴方の為に

教会の件を収拾していたマグノリアが訪れたのは、晩餐後暫くしてであった。

居間に通されたマグノリアは、その場にいるフィロソフィ公爵家の面々に、挨拶の後静かに話し始める。


「マリアローゼ様のご心配の通り、彼は教会の資金を着服し子供達を飢えさせていた、のみならず

王都の貧民街の教会に於ける人身売買に一部加担もしていたと思われます。

司祭本人は詳しい事は知らないようですが、養子を斡旋すると言われて孤児を引き渡し、金品を受け取っていた事は判明致しております。関わった者は全て捕縛しましたので、王都に送致した上で罰を受けさせます」


「そうでございましたか…」


神を信じて、善き事の為に戦うマグノリアに、この現実は辛くないだろうかと、

マリアローゼは心配げにマグノリアを見詰めた。


「レスティアやマスロでの調査は、問題なかったので報告は致しませんでしたが、

プロンでも調査は致します。朋輩がこのような無慈悲な罪に手を染めるなど慙愧に耐えません。

マリアローゼ様には、心休まる暇も無い旅の中で、教会の失態ばかりお見せした事、

大変心苦しく思っております」


「いいえ、いいえマグノリア様」


膝を屈しようと身を屈めたマグノリアの前に、マリアローゼが立ち上がってその手を小さな両手で握った。


「以前にも申し上げましたけれど、わたくしは教会よりも神よりも、貴女を信じておりますの。

こうして、身を賭して正してくださっているではありませんか。

どうぞ、頭をお下げにはならないで」


何故、何時も正しい人が辛い思いをさせられるのだろう。

自分の罪ではないと言うのに、真摯に謝罪しようとするのが、何故罪人ではないのか。


マリアローゼの瞳から大粒の涙が零れた。


「過ちを犯したものの為に、正しき行いをする方が、どうして…罪を負いますの……

わたくしは嫌ですわ……」


ひっく、ひっく、としゃくり上げながら訴えるマリアローゼに、マグノリアは唇をきゅっと引き結んで、

それから跪いて、マリアローゼを見上げながらその涙を拭った。


「では、謝りません。その代わり、これからも過ちを許さず、相応の罰を下すよう努めます。

マリアローゼ様が泣くと、私も心が痛みますので、どうか泣き止んで下さい」


「はい……」


すんすん、と鼻を啜って、マリアローゼはこくん、と頷いた。


「マリアローゼ様、マグノリア様、私も居りますから、どうぞ大船に乗ったつもりで…」

「泥舟じゃないといいけど」


応援してくれる明るいユリアの声に、溜息交じりのシルヴァインの突込みが入って、

マリアローゼはふふっと思わず笑顔になった。

涙の跡が乾いていないその頬を、マグノリアは優しく撫でる。


「やはり、貴女には笑顔が似合う。貴女が心安んじて笑顔でいられるように、奮励致します」

「わたくしも、その働きに報いる事が出来るように、頑張りますわ!」


立ち上がったマグノリアに、ふんす!とやる気を込めて、マリアローゼは笑顔を向けた。


「はい。では、詳細については公爵様に報告書をお送りしますので、今日は失礼致します」


「あなたの働きに感謝致しますわ。ご苦労様でした」


ミルリーリウムが笑顔を向け、マグノリアも笑顔を返して会釈をして部屋を後にする。

ルーナはすぐさま、温かいお湯で塗らした布で、マリアローゼの顔を拭った。


「さあ、お嬢様、お休み致しましょう」

「むぐむぐ…ええ、そう致しますわ」


拭かれながらも頷いて、マリアローゼはスカートを広げるようにつまみ、膝をちょこんと折ってお辞儀をする。


「それでは、お休みなさいませ」

「ええ、お休みなさいローゼ。良い夢を」

「お休みローゼ」

「お休み、マイスウィーーートエンジェル」


一人だけ奇妙な挨拶の人がいたので、突っ込みたくはあったが、マリアローゼはスルーを決め込んだ。

明日の朝も早いのである。

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