第199話 自分で歩きたい幼女
エルノに辿り着いたのは夕方で、行きと同じ宿の部屋に落ち着くと、
シルヴァインはやっとマリアローゼを解放して、部屋を出て行った。
ルーナは素早くベッド周りを点検して、枕元にはマリアローゼお気に入りの熊の置物を設置している。
マリアローゼは窓辺に寄って、大通りを見下ろした。
夕暮れ時だが、人通りは多い。
ジェレイドが引き連れていた騎士団に囲まれていて、更に兄の膝にがっちり固定されていたので、
冒険者達が一緒に付いて来ていたのかは分からない。
大勢がわやわやと楽しんでいたあの釣り大会が嘘みたいに遠い過去に思える。
僅かに祭りの後の寂しさみたいな感情が湧いてきたが、ノックの音で霧散した。
「シルヴァイン様が戻られました」
「どうぞ、お兄様」
窓辺からドアまでとてとて歩きながらマリアローゼは声をかける。
「先に王都に旅立った冒険者達の噂を聞いて、怪我や病のある人が教会に集まっているみたいだ」
「では、参りましょう」
特に誘う口ぶりでは無かったが、即決したマリアローゼの言葉に、シルヴァインは苦笑を返した。
その遣り取りを聞いていたカンナとユリアも席を立つ。
何時もの如く、抱き上げようとしたシルヴァインをマリアローゼは制止した。
「歩いて行きます。お兄様に抱っこされてばかりだと、わたくし足がなくなってしまいそう」
「なくなっても俺がずっと抱っこすればいいんじゃないか?」
怖ぁ……
「そういう恐ろしい発言は、婚約者の為に取っておいてくださいませ……」
ユリアも「こわぁ…」と小声で呟いていた。
カンナは苦笑している。
「参りましょうお嬢様」
薬の鞄が入った手荷物を持って、ルーナがマリアローゼの手を引いてくれて、
マリアローゼは嬉しそうに微笑んで歩き始めた。
「おや?僕のお姫様は何処へ行くんだい?」
もう一人の伏兵が声をかけてきた。
ジェレイドは既に立ち上がっている。
「教会に病人と怪我人を看に参りますの。叔父…レイ様はお疲れでしょうし、ゆっくりなさいませ」
膝を屈してお辞儀をしながら、ミルリーリウムにもマリアローゼは微笑んだ。
「行って参ります、お母様」
「気をつけるのですよ、ローゼ」
ゆったりと微笑んで、ミルリーリウムはシルヴァインにも頷いて見せた。
「大丈夫。全然疲れていないからね。僕も護衛をしよう。さあ、僕の腕の中に!」
「結構ですわ。わたくし、自分で歩けますもの」
んばっと勢いよく両手を広げてジェレイドは迫ってきたが、
するりと避けて、再びルーナと手を繋ぐと、マリアローゼは部屋から出て行く。
シルヴァイン達もその後に続いた。
「ああ、マリアローゼ。大人になったんだねえ…僕は嬉しいけど寂しいよ」
更に後ろを歩きながら、ジェレイドが悲しげに言う。
罪悪感に苛まれて、振り返ろうとした瞬間、ルーナがぎゅっと手を強く握った。
「そうですわね、ルーナ」
小声で返すと、マリアローゼは心を鬼にしてしっかり前を向いて歩き続けた。
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