第198話 意外な約束

だが、返答が気に入らないのか、シルヴァインは不機嫌な顔のままだ。

フン、とシルヴァインにしては子供っぽく鼻を鳴らして、傍らの侍従を睨んでみせる。


「主人に問われたら嫌だなんて言えないだろう」

「いいえ、心よりそうお答えしておりますので、そちらは否定させて頂きます」


今度は否定してきたギラッファの答えを、何故か目の前を歩いているジェレイドが揶揄ってきた。

少しだけ振り返って見せる微笑が、悪気たっぷりだ。

腹黒イケメン、とはこういう人なのだろうか?とその笑顔をマリアローゼは見守った。


「おやおや、飼い犬に手を噛まれたのかい?」

「甘噛み程度で動じる主でもありませんので、ご心配には及びません」


悪意の篭ったジェレイドの揶揄にはシルヴァインではなく、ギラッファが礼儀正しく答える。

口を挟む隙もない応酬で、ギラッファは何時もどおり穏やかに微笑んでいる。


つまりは、わたくしをだしにして、

ギラッファもシルヴァインお兄様を少しからかっただけ、という事なのかしら?


マリアローゼはこてん、と首を傾げた。

シルヴァインは少し苦い顔をしていて、マリアローゼの仕草を見てやっと微笑んだ。


「あんまり縁者以外の人を愛称で呼ぶものじゃないよ、しかも男を」

「でも呼びにくいのは嫌ですの。ウルラートゥスもウル、でちょん切って差し上げましたわ」


それについては、シルヴァインだけでなくギラッファも、ミルリーリウムも、ジェレイドすらも驚いた顔をした。

他の従僕達も、驚いた顔をしている。

ぴたり、全員の足が一瞬止まった。

済ました顔で歩いていたのはエイラくらいである。


「あの男に会ったのか?」


最初に問いかけたのはシルヴァインだった。

怪訝な顔で、覗き込んでくるので、マリアローゼは腕の中で頷く。


「ええ、わたくしの先生の一人ですわ。別にウルと呼んでも文句はなさそうでしたし……

ああ、いえ、正確には文句を言ったけど、納得したのでしたわ」

「ああ、残念……その時の顔が見てみたかったですわ」


ミルリーリウムが手を口元に当てて、くすくすと笑い、ジェレイドもそれに頷いた。


「あの気難しい男が先生ねぇ……面白いな。丸くなったのかな。折角だから訪ねてみようかな」

「もしお会いになるのでしたら、わたくしの後にして下さいませ。ウルとは約束がありますの」


マリアローゼの言葉に、ミルリーリウムとジェレイドは目を丸くして顔を見合わせた。

余程珍しい事なのだろうか?とマリアローゼは不思議そうな顔で二人を見る。

そして、ミルリーリウムはくすくすと笑い、ジェレイドも笑顔で振り返って頷く。


「了解した。逢瀬は邪魔しないでおこう」


逢瀬と言うと何だか色っぽい響きなのだが、全然そんな雰囲気ではない。

沢山の犬と、それを束ねているボス犬に、大好きな餌を与える感覚に似ている。

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