第197話 沈黙は銀

「お早う御座います義姉上、そして愛しのマイスウィートハート、マリアローゼ!」


突然扉が開いて、騒々しくジェレイドが入ってきた。

従僕は扉を開くので精一杯で、ジェレイドの来訪を告げる間もない。

その時にはもう、マリアローゼはシルヴァインという豪華な椅子に座らされていた。


「おはようございますレイさま」

「おはようございます、ジェレイド」


マリアローゼとミルリーリウムの挨拶ににこやかな微笑を見せたジェレイドは、マリアローゼを膝の上に抱き、後ろからがっちり抱きしめているシルヴァインに目を留めて、すうっと一瞬目を細める。


「おやおや、朝から暑苦しいね、シルヴァイン」

「おはようございます、叔父上。そんな謙遜なさらなくていいですよ、叔父上には敵いません」

「マリアローゼへの愛情なら、確かに僕には敵わないね」


爽やかな朝に、にこやかで剣呑な応酬が始まる。

龍と虎が背後のオーラにいそうな感じだ。

マリアローゼは微笑を保ったまま、二人の応酬を聞き流していた。

墓穴を掘るから、口出ししないように事前にシルヴァインに注意されている。


「では参りましょうか」


ぱん、と手袋をした手を打って、ミルリーリウムが立ち上がる。

譲る気が微塵もなさそうなシルヴァインに笑顔を向けて、ジェレイドはスッとミルリーリウムに肘を差し出した。

ミルリーリウムも心得ていて、その腕に手を絡めて歩き出す。

シルヴァインも後ろから抱きしめていたのを、胸元に抱きなおして、その後に続く。

マリアローゼは体力が刻一刻と奪われていくようで、そこだけが心配の種だった。


ふう、と唇を尖らせて溜息をついたマリアローゼに、ギラッファがシルヴァインの隣に並んで声をかける。


「お嬢様、ご用意の方は恙無く済んで御座いますので、ご安心下さい」

「……ありがとう、ファー。心が軽くなりましたわ」


別のことで悩んでいたのだが、ギラッファが知り得る心配事はお土産のお酒の件だ。


そう。

主人の顔色ひとつで、彼らは研ぎ澄まされた神経を使うのだ。

ルーナの前で安心して色々曝け出してしまっているが、淑女として気をつけなくてはいけない。

マリアローゼはにっこりとギラッファに微笑みかけた。


「ファー?まだそんな呼び方をしていたのか」


何故かシルヴァインが、呼び名に突っ込んできたので、マリアローゼはきょとん、とした。


「だって、呼び易いのですもの。ファーは嫌かしら」

「いいえ、お嬢様。愛称で呼んで頂けるなど、恐悦の極みでございます」


もっと幼かった時からの呼び名で、勿論その時は発音が難しかったからなのだが、今も出来れば短い方がいい。

ギラッファは、穏やかな笑みを更に深めて、マリアローゼに恭しく会釈をした。

大人の魅力たっぷりの、余裕ある対応だった。

穏やかイケメン大人枠が好きな女子だったら、倒れるほどの破壊力である。

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