第190話 叔父上、来襲

カツカツと高らかな軍靴の音が響き、扉から入ってきたのは騎士鎧に身を包んだ美青年だ。

青みがかった銀髪も、氷の様な瞳も父とよく似ている。

父よりも髪が長くて、緩やかにウェーブしているが、何より違うのは纏っている雰囲気だ。

にこやかで穏やかな笑みを浮かべたその人は、立膝をついて左胸に手を当て、挨拶をする。


「フィロソフィ公爵夫人にして王国の薔薇と謳われる、美しき義姉上、

我が親愛なる兄、フィロソフィ公爵の命により、弟ジェレイド、罷り越しましてございます」


「ふふ、相変わらずですね、ジェレイド。よく来て下さいました」


「そして!我が一族の宝にして、我が命。愛しの姪御マリアローゼ!!!」


テンションがおかしい。

跪いたまま両手を広げて、歓喜の表情を浮かべる美青年…もどきがマリアローゼの目に映っていた。


「驚かせてしまったかな?二年振りだから、僕の事は忘れてしまっただろうか」


恐ろしいスピードでにじり寄ってきて、手を握られて、マリアローゼはひっ、と短い悲鳴を上げた。

立ったら怖がると思ったのだろうけれど、低い姿勢のまま高速で近寄られた方が怖い。

挙動の不審さと、なめらかに動ける筋力の凄さに、色々圧倒されたマリアローゼは、若干離れるように母の方へ身体を傾けながら答えた。


「あ……いえ、少しだけ覚えておりますの……」


尻尾だけですが。


とは取り合えず言わずに、形だけは美しい容姿を見詰める。


「ああ、感激だよマリアローゼ……忘れないでいてくれたなんて。

さあ、叔父上に二年ぶりのキスをおくれ」


と頬を差し出され、マリアローゼはミルリーリウムを窺った。

ミルリーリウムはくすくすと笑いながら頷く。


いいんですか……


抵抗はあるが、ほんのちょびっとだけ、差し出された白皙の頬に唇を寄せる。


「はあ……っっ、この為に生きてきたと言っても、過言ではない!

義姉上、本当に本当にマリアローゼをこの世に送り出して頂いた事、感謝致します」


「貴方にも昔からお世話になってきたものね。わたくしが諦めずに頑張ってこられたのも貴方のお陰よ」

「そんな、勿体無いお言葉です。それにしても、ああ、こんなに愛らしく成長して…」


隣に座る母にぺこりと礼をして、マリアローゼに向き直って笑顔を向ける。


世話になった…?

父と母は幼い頃から婚約していた筈なのだが、何を世話したのだろう。

そして、わたくしが生まれるのを諦めなかったのは叔父の存在も理由の1つなのかしら…?


聞いたことの無い事実が出てきて、マリアローゼは繁々と目の前のジェレイドを見詰めた。


「何故、去年はいらっしゃらなかったのですか?」


何を置いても放り出しても駆けつけそうな人なのに、どうしてなのかとても疑問だったので、思わず聞いてみると、ジェレイドは胸に手をあてる。


「拗ねているのかい?寂しかったのかい?ああローゼ、これからは一緒にいられるからね!!」

「いえ、そういう事ではなく……」


ずいずいと寄って来るジェレイドに、眉を下げて困った様にマリアローゼが否定するが、ジェレイドがふと悲しげな顔をした。


「本当ならマリアローゼとの逢瀬のついでに、新年を祝いに王都へ訪れる予定だったのだが、去年は酷い寒波に見舞われた上に、領民達に風邪が流行ってしまってね。

予防に予後に保護をしなくてはならなくて、領地を離れるわけにはいかなかったのだよ」


「まあ……」


予想外の返答に、マリアローゼは驚きを隠せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る