第189話 マスロの特産品と美味しいケーキ

居間にはミルリーリウムとシルヴァインとカンナがテーブルについていた。

マリアローゼは、控えめにお辞儀をしてミルリーリウムの横にちょこんと座る。


「ローゼ、釣りは楽しめまして?」

「はい、お母様。とても楽しかったですわ」


優しい母の問いかけを切欠にマリアローゼは身振り手振りを交えて、湖での出来事を事細かに語りだした。

そんな娘の可愛らしい様子に、ミルリーリウムも目を細めて微笑んでいる。

可愛らしい声の響く団欒の合間に、ケーキが運ばれてきた。


「お嬢様がお気に召したようですので、マスロのチーズを使って作らせましたケーキでございます」


上面はこんがりと焼かれ、側面はしっとりとしたベイクドチーズケーキである。

マリアローゼは目をぱちくりさせて眺めてから、ぱくり、と一口含んだ。


「まあ、柑橘系の香りもして、とても美味しいですわ」


ほっぺを抑えるようにして、にっこりとルーナに微笑みかける。

きっと宿に戻ってすぐに、指示を出して作らせたのだろう。


何て優秀な侍女なのかしら…!


「ルーナ、後でいいから貴方も絶対に食べてね」

「はい、お嬢様。頂きます」


本当は一緒に食べたいのだが、公私混同をあまり他の使用人の前で披露するのはよくないだろう、とマリアローゼも我慢した。

娘の気持を汲んで、ミルリーリウムもその決定の邪魔はせずに、運ばれたケーキを口にしている。


「あら…本当に美味しいわ。これは家でも食べれるかしら?」


視線を投げたのはエイラにで、聞かれたエイラはぺこりと会釈を返した。


「はい。チーズは買い付けておりますので、恙無く」

「ふふ。お茶会にも是非出したいわ」

「では、その様に手配致します」


エイラもマリアローゼの侍女なのだが、元を辿れば母がフォルティス公爵家から連れてきた侍女である。

ルーナときちんと連携を取っていて、淀みなく答えた姿に母も満足したようだ。

優しいようでいて、甘やかさないというミルリーリウムの姿勢に、改めてマリアローゼは驚いた。

勿論ふわふわとした母の事だから、ただ単に聞いただけ、とも言えなくも無いが、そんな人では公爵夫人としての社交は務まらないのである。


そこへ高らかなラッパの音が、遠くから響いてきた。


「あら、いらしたわね」


ミルリーリウムが、紅茶を置き、窓の方に顔を向けた。

チーズケーキを堪能していたマリアローゼがこてん、と首を傾げる。


「騎士団が町に入る合図だよ。急ぎの場合や通り過ぎるだけの時は省略される事もあるけどね」


王国ではそういう慣習がある。

町に入る際に先触れが鳴らすのだそうで、それは何も貴族だからと威張っている訳ではなく、主に事故防止の為である。

騎馬隊が町に突然大挙してくれば、町の人も驚くし、子供が老人が道に出ているかもしれない。

その上での配慮なのだ。

実際に耳にするのは初めてだったので、その音がそうなのだとマリアローゼには分からなかったが、合図だと聞けば本で読んだ知識が頭の中で構築される。


慌ててぱくぱくとチーズケーキを口に放り込み、マリアローゼは居ずまいを正した。


「あらあら、そんなに急いで食べなくてもいいのに…」


くすくすとミルリーリウムが、細い指先でマリアローゼの口元についた汚れを払う。

コンコン、とノックの音と、「先触れが参りました」とギラッファの声がする。


「お通しして」


「フィロソフィ公爵夫人、ただ今到着致しました。間もなくジェレイド様もお見えになります」


「ええ。本当に”間もなく”来そうですわね」

「ええ…はい…その通りです…」


ぐったりとした様子の伝令役の騎士は、頭を下げてから廊下へと出て行く。

本当に間を置かず、廊下を歩く軍靴の音が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る