第181話 ユリアの本気モード

「第二位、マスロ市長からの贈り物は、トロフィーと賞金になります!

トロフィーはまだ出来ていませんが、製作出来次第お贈り致します!楽しみですね!」


市長が、壇上に上って参加者に手を振り、シルヴァインに会釈して壇上から降りてくる。


あら?この方教会にもいらしてたような?


「おお、マリアローゼ様、以前にも今回も幼いながら見事な治療を施して頂き、町民一同感謝しております」


ぺこぺこ頭を下げて、にこやかに笑いかける人の良さそうなおじさんである。

そういえば、別の町で治療を断られた人々を教会で引き受けてくれた町でもあるのだ。


「市長様も、町の人の事をお考えになる立派な御方ですのね」

「いやいや、私などとてもとても…ですが、ここは風光明媚な土地ですので、いつでも遊びにいらしてください」

「是非、またこちらに、今度は本当に遊びに参りたいですわ」


にこにこと手綱を両手で持って語る幼く愛くるしいマリアローゼに、市長はうんうんと優しく頷いた。

そこで、壇上からユリアに、じゃあ、マリアローゼ様、と呼ばれて、再び壇上へとあがる。

手綱は市長が引き受けてくれたので、マリーちゃんは引き続き地面の草をむしゃっていた。


「さてーー!栄えある第1位には豪華!豪華すぎるぞ、この賞品!

この小さな女神、マリアローゼ様と湖一周デーーートーーー!!」


ウオオオオ!と本日一番の沸き上がりを見せた会場に、熱気にマリアローゼは目をぱちくりさせた。

そして痛い視線を向けられて、それが兄であることがひしひしと伝わってきて、敢えて見るのは避けるのだった。

傍らのユリアの服をくいくいと引っ張って続きを急かす。


「そして、オマケにシルヴァイン様も付いてきます。女性の方も奮ってご参加下さい」


キャアアア!とユリアの下がったテンションと棒読みに反して黄色い声が上がる。

男性よりは少な目だが、女性達も見物にきていたのだが、この反応を見ると参加を決めた人もいそうだ。


「ちなみに、網は禁止です。釣竿か銛を使用して、捕らえて下さい。こちらにある計量係が計測し、大きさと重さで点数を競います。

以上、水難事故を起こさないよう、十分に気をつけてお楽しみ下さい。

ユリアは司会ですが参加者でもありますので、皆さんには負けませんよ!!

5分後に開始、3時間で終了です!」


最後は何だか啖呵を切って切り上げて、ユリアは壇上からおりて、マリアローゼに手を差し伸べた。

その手を借りつつ、壇上から降りると、市長から手綱を受け取った。


「マリアローゼ様、宜しければ宿で羊をお預かりしましょうか?」


シェフのエスタに聞かれて、マリアローゼはにっこりと頷く。


「そうしてくださる?でもお腹を空かせているみたいですから…」

「はい。草が食べられる場所につないでおきますね」

「ありがとう存じます」


スカートをつまんで、ちょこんとお辞儀をしたマリアローゼの手をとり、ユリアが歩き出した。


「さーーー鬼が待ってますよーー」

「ひぇぇ…」


鬼は…シルヴァインは、思ったよりも平静を保っていた。


「俺も一緒に乗る、っていうのはマリアローゼの案かい?」

「ええ、流石に二人きりは無理ですので…」


マリアローゼの上目遣いと、返事に、ふう、と溜息をついて、シルヴァインはマリアローゼを抱きしめた。


「そんな怒らないでくださいよー。元々私しか優勝しませんから!」


むぎむぎと神官服をその場で脱ぎ始めるユリアに、マリアローゼは固まった。


「え?な、何をなさってますの?」

「水着ですよ。下に着てますので」


確かに、昔風の下が半ズボンになっているワンピースタイプの水着を着込んでいた。

しかも足元には大きな銛…船に据えつけるボウガンのような大きな弓に装填するような重量と大きさの銛である。


この人、本気だ…!


さすがにシルヴァインも眉を顰めたまま無言で見守っている。


「さあ、そろそろ開始の鐘が鳴りますよ!」


その重そうな銛をひょいと肩に担ぎ上げて、口にマウスピースのようなものを嵌めたユリアが、湖へ駆け出した。


「いっくぞーー!」


あれは、水中呼吸を可能にする魔道具か何かだろうか。

本気しかないユリアを見送って、マリアローゼは言葉をなくしたままのシルヴァインと暫し見詰め合ったのだった。

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