第182話 初めての釣り
ユリアが駆け去って、暫く後に開始の合図の鐘が鳴り響いた。
「さあ、俺達も行こうか」
「はい、お兄様」
カンナとルーナが荷物を持って、付いてくる。
事前に借りて貰った舟に荷物を載せ、4人で乗り込む。
体重から考えて、シルヴァインが一人で、ルーナとマリアローゼの後ろにカンナが座る事になった。
漕ごうとしていたカンナからシルヴァインが櫂を受け取り湖の中央へと漕ぎ出す。
「ふわぁぁ…何だか凄いですわ…水がこんなに近くにあるなんて」
滑るように過ぎていく水面は青く澄んでいて、でも深くなってきたのか底までは見通せない。
手を差し出すと、すぐに水に触れられる。
「冷た……!冷たいですわ!」
初夏と思えないほど涼しいのだから、当然と言えば当然である。
むきむきとした筋肉がのった逞しい肩と腕を使って、シルヴァインが悠々と舟を漕いでいたが、ふっと微笑んで背後を振り返った。
「ほら、あの山も、あっちの山も標高が高いから雪を冠っているだろう?
あの万年雪が解けて湖に注いでいるんだからね、まだまだ冷たいさ」
マリアローゼはまだ冷えている指先を、もう片方の手で包んで温めながら、
眉を下げて困った顔をした。
「ユリアさん大丈夫かしら……?」
「叔父上もユリアも殺しても死なない系統の生物だよ。まあ、動けなくなったら浮かんでくるんじゃないか?」
「そ、そんな物騒な事仰らないで!」
まるで、一度死んでみれば?死ねるならね、とでも暗に含んだ言い草である。
水着で覆われたユリアの身体は、普通の女性だった。
腿は若干筋肉が見えたけれど、腹筋や僧帽筋や三角筋や上腕二頭筋は水着の範囲で目視は出来ない。
岸からプオーという角笛の音が聞こえる。
そういえば、ユリアが賞品紹介の合間に、記録が変更になる度に合図を出すと説明していた。
「もう釣り上げた人がいるんですね」
「釣る度に一々岸には戻れないから、岸辺で釣ってる人だろうね」
岸を振り返ったカンナの言葉に、シルヴァインも同じくかなり遠くなった岸を目を眇めて眺めながら答える。
町は湖を半周する辺りまでぽつぽつと家が続いていたが、もう半分は山裾に森が広がっていて、建物どころか道すらあるのかは分からない。
カンナがてきぱきと釣竿の用意をして、針に餌も付けて、マリアローゼに手渡す。
「マリアローゼ様、どうぞ」
「ありがとう存じます、カンナお姉様」
にっこりと微笑んで受取り、マリアローゼは静かに糸を垂らした。
傍らに並んで座るルーナは、ふんだんにフリルを施した白い日傘をマリアローゼに差しかけている。
一人で座っているシルヴァインは、慣れた手付きで釣りの準備をして、すぐに釣り始めた。
マリアローゼとルーナの背後に座るカンナも釣りを始めたようだ。
「それにしましても、ユリアさんは凄いですねえ…こんな短期間…いえ、短時間、かしら。
その間にこんな風に大会にして賞品まで用意して、盛り上げるなんて」
小さな膝に釣竿を載せて、小さな手で押さえながら、マリアローゼがのんびりと言った。
カンナはふふっと笑い声を漏らす。
「何事にも一生懸命なのは、ユリアさんのいい所ですね。きっと、手伝ってあげたくなるんでしょう」
そんな好意的なカンナの言葉に、シルヴァインがはあ、と溜息を吐いた。
「何事にも、というよりローゼの関わる事になら、確かに行動力はあるな。…ありすぎるな」
カンナとマリアローゼがふふっと笑うと、ルーナもマリアローゼの笑顔に釣られて笑顔を見せた。
「あら…?何でしょう、これ、お魚がくいついたかもしれませんわ」
膝の上に載せた釣竿に振動があり、マリアローゼは両手で握った。
釣竿と言っても、専門の道具ではなく、湖で使われる一般的な木の棒に糸がついているだけの簡素なものだ。
ぐいっと引っ張られて、マリアローゼは、きゃ、と小さい悲鳴を上げた。
「ローゼ様、お手伝いしますよ」
カンナは自分の釣竿を足で抑えて、後ろからマリアローゼごと抱きしめるように手を添えた。
気を利かせたルーナは、日傘を畳んで二人を見守っている。
「んんう……中々重いのですね……っ」
「大丈夫です。引きますよ」
力強いカンナの声と腕力に助けられ、マリアローゼは記念すべき一匹目の魚を釣り上げた。
舟に上がった魚を、シルヴァインが素早く魔法で凍らせる。
「ふぇ……すごく、重かったのに、割と小さいお魚でしたわね…?」
「いえいえ、十分育ってますよ」
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