第174話 同じ匂いが漂う
馬車で揺られながら、マリアローゼは物憂げに窓の外を見ていた。
行きはこの山越えの道中で馬車が故障して、大規模な戦闘が起きてしまったのだ。
外には時々、護衛騎士と神殿騎士に混じって冒険者の姿も見え隠れする。
町の間で貸し借りが可能な馬と、借りた馬車で公爵家一行に随行してくれていた。
茂る美しい初夏の緑が目に涼しい。
流れる景色を見ていると、あの陰惨な出来事がまるで嘘のように思えてくるほど平和な景色だ。
途中に道を横切るように流れる小川で一旦馬車を止め、
公爵家の調理人達が作った片手で食べられる軽食が冒険者や騎士達に配られ、馬も水を与えられる。
ただ、停まっていたのは短い時間で、すぐに足並みを揃えてマスロへ向かう。
ある者は馬上で、ある者は荷馬車の上で、軽食に舌鼓をうちながら。
「お兄様、お食事ですから、お膝から降りますわ」
よいしょ、とシルヴァインの筋肉質な腿の上に手を置いて、尻を浮かせようとして、
マリアローゼは片手でぎゅっと抱きしめられた。
それだけで、小さな手では支えられずに、すとん、と再び脚に戻される。
「あら?お食事は…」
「このままで食べられるよ」
にっこりと微笑まれて、マリアローゼは言葉を失った。
前は椅子に座らせてくださったのに…
何か言いたげなマリアローゼを完璧な笑顔で封殺したシルヴァインは、
油紙に包まれたサンドイッチを口に頬張る。
頬が膨らむほど豪快にもぐもぐと食べる姿は、想像の中の貴公子像とはかけ離れていた。
が、小鳥のようにちまちま食べる方がいいかと問われれば、前者の方が断然良いので、マリアローゼは兄の食べる姿を見守っていた。
「ん?食べさせてほしいのかな?」
「えっ、いえ、大丈夫ですわ。自分で戴きます」
ルーナが銀盆に載せて差し出した、油紙に包まれたサンドイッチを慌てて受け取ると、マリアローゼもかぷりと食いついた。
「あら…このお味は鴨かしら…?」
「はい。仰る通りです。昨日の夜に冒険者ギルドから届いたそうです。
治療と治療薬のお礼にと」
ルーナが、笑顔で鴨の来歴を語る。
調理場で小耳に挟んだのかもしれない。
返せるものがない、と言っていたのに…大丈夫なのかしら?
マリアローゼはモグモグと、脂ののった鴨と、葉野菜の食感を楽しみつつも、思い浮かべた。
「気になさらないで宜しかったのに…でも、すごく嬉しいし、美味しいですわ」
「そう思って貰えるだけで、彼らも喜ぶと思いますよ」
同じくモグモグと食べていたカンナが、一旦手を止めて笑顔でそう言った。
ユリアは口に頬張っているからか、無言でぶんぶんと首を縦に振っている。
「はぁ……叔父上が来るのか……」
何とも意外な事に、シルヴァインの情けない声が背後から聞こえて、
お昼寝を終えてぴちぴちなマリアローゼは振り返って仰ぎ見た。
「叔父さま……ってどんな方ですの?」
「……覚えてないのかい?……ああ、去年は来なかったものな……」
覚えてないのかと問われて、うーん……とマリアローゼは考え込むが、靄がかかったように思い出せない。
乳母のことや、当時いた小間使いなど、生活に密着していた人は断片的に思い出せるのだが、
叔父の事については…
「しっぽ……」
「ああ、うん。後ろ髪を括っているからね。君は何だか気に入って尻尾を引っ張っていたよ」
何て事を。
マリアローゼは驚いて、ぷっくりしたほっぺを両手で包んだ。
記憶を取り戻す前の行動だが、割と傍若無人だったのは以前からのようである。
「……叔父様は怒らなかったのですか……」
「……いや、喜んでいたね……」
顔色を無くしたマリアローゼと、どんよりとしたシルヴァインを見ながら、
ユリアは目を見開いた。
同じ匂いがする……
何故か隣に座るカンナも、ユリアを見詰めていた。
その視線に気付いたシルヴァインもユリアを見詰める。
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