第173話 釣りがしたいお嬢様

申し訳ない気分と謎が少し晴れて、マリアローゼはユリアに苦笑を返した。


「おうちでは表情豊かですのよ。よく笑ってらっしゃいますし」


「マリアローゼ様相手だと、色んな表情が見れますねぇ。

あ、そうだ。王都方面に向かう冒険者の方々が、お嬢様の護衛を兼ねてマスロまで同行するみたいですよ」


ユリアに伝わっているという事は、既に父も許可した決定事項なのだろう。

ここで、フィロソフィ家の騎士団の迎えを待つ予定だったのだが、

早めに繰り上げてマスロで合流する事になったのかもしれない。

その方が、治療して残してきた冒険者の様子を見れるので、都合が良いので兄の調整があったのだろうか。


「あら、そうなんですの?ご迷惑じゃないかしら…」


「いえ、寧ろお金を取りたい位ですよ」


ふんす!ととんでもない事を言い出すユリアに、マリアローゼは眉を下げた。


「えぇ……護衛して頂く方がお支払いするものですわ……」


「マリアローゼ様とご一緒に旅が出来るなら、お金を払うのが当然、まであります」


「ありません……」


やりとりを聞きつけたカンナが、マリアローゼの困った顔を見て、慌てて割って入った。


「困らせると、シルヴァイン様に言いますよ。王都で旅が終わる事になっても…」

「ひぇっ」


最後まで言い切る前に、ユリアはガタタッと音を立てて、椅子から飛び上がった。

そしてそのまま壁際にダッシュする。


「ユリアは置物、ユリアは置物…」

「暫く放置で大丈夫です。お食事も隣の部屋にルーナさんが用意してますよ」

「ありがとう、カンナお姉様」


にっこりと満面の笑顔を向けて、マリアローゼはルーナの淹れた紅茶をこくりと飲み干すと、

今日着る洋服を選び出した。

ペールブルーと白のドレスと帽子を選び、用意を終えて戻って来たルーナに手伝って貰いながら着替え、

隣の部屋へと移動する。


「今日の予定は聞いたかな?」


朝から爽やかなイケメンスマイルのシルヴァインが、紙面から顔を上げて尋ねる。

マリアローゼは、スカートを摘んでお辞儀を返しながら答えた。


「ええ、お兄様」


「叔父上も明日の夕刻にはマスロに到着するそうだから、見舞いの後はまた湖でも行くかい?」


「そうですわね……折角ですから釣りをしてみたいですわ」


「釣り」


問いかけたのはシルヴァインなのだが、予想外の答えに思わず思考が停止してしまった。

いつもの事だが、マリアローゼは突飛な事を言い出すのである。

聖女の審議の為に向かっていた行きと違い、帰りなので開放感に溢れている5歳児なのだ。


「まぁ…狩りと言い出さないだけ良しとしよう…」


「嬉しいです。楽しみですわ、お兄様」


嬉しそうに笑顔を溢れさせるマリアローゼを見て、シルヴァインも微笑を浮かべた。

何だかんだ言っても、マリアローゼには甘いのである。

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